贄
身体が揺れている感覚がある。
「が最後のおさないさんけ?」
「んだわ。なぁんであんなとごさぁ、いだんだっぺなぁ?」
「知んね。ずいぶん汚れでっけどいいのが?」
「かまやしねぇ。ひどの臭みが消えでだらいんだっぺよ。どうせバゲモンに」
心地よい振動が意識を闇に引き戻す。
「らが、ニエのほうはさっぎ最後の茹で上がったっつってだわ」
「ぢゃあこいづはヤギか? どごのヤギバだぁ?」
「ナガオガだど」
「んだよ、遠いなやぁ」
「さっさど行ぐべ。ぐずぐずしでっど夜が明げっちまぁ」
泥のように身体が重くて動かない。
ときおり誰かの話す声が耳に入ってくる。
「ってけんどなぁ。んでぇ、昼間ぁ逃げだ女は誰か追っかげたのげ?」
「シダッ、ぶねぇ」
「気ぃつげろぉ」
「タヌギとツブシにやられだやづだっぺ? 駅でジンさんが捕まえだっつってだわ」
「どうせよぉ、もうまどもに喋れねんだがら、ほっといでやっでもえがったんぢゃねぇのが?」
「目ぇが生ぎでだがら駄ぁ目なんだど。インダネッドで広められだら、やっか」
胸が圧迫されて息がしづらい。
「たっぺよ? あのでげぇほう、あ?」
「マヅさんが捕まえたんだど」
「それ二回目だっぺ? ぢゃあ、やっぱあれが? 御神体目当での盗人だったのけ?」
「んだっぺな。外の連中にゃ効がねっつうのによ」
「こいづもそうだっぺ? ったぐ、カワシマのやづぁなぁにやっでんだぁ? 選んだやづが盗人ぢゃあ話んなん」
「せー、のっ!」
顎と腰に強烈な衝撃があり、そのままそこへ何か硬いものを押しつけられているような圧迫感を覚えた私は、薄目を開けかけたところで「縛っとがねぇでいいのが?」という男の声を聴いて再びそっと目を閉じた。
「だいじょぶだっぺ。どうせドドミズでもう動げやしねぇ」
朦朧とする意識の中で別な男の声を聴いた途端、どういうわけか急に感覚が戻ったかのように身体中が痛みに疼きはじめ、私はもう少しで声が漏れそうになるのを下腹に力を入れてやりすごした。
「今年は外がら何人だ? 子供らは二か三か?」
「子供が二で、大人は四だと。来年は子供はぜんぶ外がらだわ」
何が起きたのだ。
「外がら八人も連れてこれんのげ?」
「知らね。ったぐ、毎年のこどだけんどよぉ、やったら注文の多いバゲモンだなやぁ」
「やれ騒がしいのは嫌だの、歯が硬くで邪魔だの、目ん玉は気持ぢ悪ぃがら取れだのっつってが?」
「しちめんどくせぇ。バゲモンなんだがらよ、そのまんま食えばよがっぺっつう話なんだよ、なぁ?」
男たちの声が遠ざかっていき、完全に会話の内容が聴き取れなくなってから身体を動かそうとすると、いたるところが重度の筋肉痛になったかのような、あたかも誰かが背中に伸し掛かってでもいるかのような、恐ろしいほどの気怠さを感じて私は大きく息を吐いた。
力を入れると腹部を除いて指先まで四肢が痛む。両腕を頭のほうへ伸ばしている姿勢になっているからなのか、なぜか左肩の痛みだけ尋常ではない。
どういった状況なのかと考えるよりも早く、爽やかな木の香りと血腥い匂いが鼻先を掠め、続いて痺れているような感じがする顔面の火照りに気がついた。
手足が何にも触れていないことから、はじめは逆さまに吊るされてでもいるのかとも思ったのだが、胸元を圧迫しているざらざらとした硬い物体を触っているうちに、それが身体に巻きついたロープなどではなく丸太のようなものであることがわかってきた。
自分の状態を確認しようと目を開いたものの暗くてよく見えない。それでも空気の感じから屋外にいるとわかる。たしか宿に辿り着いたのではなかったか。
胸に感じる圧迫から逃れるために寝返りを打って身体を起こそうとした私は、刹那の浮遊感を背中に覚えて何が起きるかを察知し、しまったと思うが早いか次の瞬間には強かに左半身を打ちつけて苦悶の呻きを漏らしていた。
どこか高さのある場所から落ちたらしい。埃っぽい匂いと青臭い香りから自分が地面に横たわっているのだとわかる。何から落ちたのだと思い背後を振り返ってみると、ぼうっとではあるが聳え立つ濃い黒い影が目に入った。大きな箱のように見えるが定かではない。
ゆっくり身体を動かして仰向けとなった私は、深呼吸をしようと息を吸ったところで胸の痛みに咳き込み、思い出したかのように口中に広がった血の味と、実際に殴られてでもいるかのような激しい頭痛を感じて顔を顰めた。
もしや交通事故にでもあったのだろうか。ここまで誰かに運ばれてきたようだが、その前はどこで何をしていたのかはっきりとしない。宿に着いて部屋に案内されたようにも思う。身体が重く、起き上がるのさえ億劫に感じる。私は何をしようとしていたのだ。
力を抜いて後頭部を地面に預け、靄がかかったような夜空を見つめる。月が出ていないというのに星々の瞬きがない。山の上にまで光化学スモッグの影響が及んでいるのだろうか。
夜空の靄が薄っすらと橙に色付いているように見え、背景の黒との組み合わせが夏を思わせる色合いだななどと考えていた私は、写真を撮るためにスマホを出そうとジーパンのポケットへ手を入れようとして滑り、いつの間にか自分が浴衣へ着替えていることに気がついた。
ぎしぎしという軋み音が鳴りそうな身体を苦労して起こし、スマホはどこへやったのだろうかと考えながら、そばの地面を両手で適当に掻きまわしてみたのだが、いくらやってもそれらしき物体には当たらず、運ばれている途中にでも落としてしまったのかもしれないと私は捜索を諦めた。
左側に聳え立つ物体に身体を凭れさせるようにして立ち上がり、両足を地に着けようとして平衡感覚が狂って左へよろけ、片膝をついて転倒を阻止するなり左頬に粗めの布地のような感触を覚えて息を飲んだ。
左手で顔面からそれを押しのけつつ触り心地を確かめてみると、何やら布らしきもので覆われた丸みのある硬いものだとわかる。
これは何だろうと思いながら表面に手を這わせているうちに金属のようなものに触れ、もしやこれは自分のバッグではないかと隈なく全体を撫でまわしてみた。
触り心地で判別できるほど使い込んでいるわけではないので何とも言いがたいが、寝ていた場所のそばにあるのだから私のバッグだろう。ここまで私を運んだ誰かが一緒に持ってきてくれたに違いない。そういえば、スマホはこれに入れたのではなかったか。
手探りでジッパーを探し当ててバッグを開いた私は、右手を突き入れて硬いものに指先をぶつけ、予期せぬ痛みに思わず「あっつ!」と声を上げた。こんなバッグの口に迫るほどの大きな何かを入れただろうか。
今度は慎重に手をバッグに差し入れ、憎たらしい物体の細い部分を掴んで取り出し、腕を上げて曇った夜空へと翳してみた。暗くてよくわからないが空き瓶のようなものらしい。
片膝をついたまま瓶を傍らへと置き、どうしてこんなものが入っているのだと不思議に思いながらバッグの中を搔きまわしていると、底のほうでいくつものごつごつとした硬い物体に触れた。どうせ取り出しても見えないので、指先の感触を頼りに形状や厚みでスマホを探す。
しばらく手を動かしていると表面の滑らかな薄い物体に触れ、部分的にざらっとした感触があるものの、おそらくこれがスマホに違いないと思った私はそいつを摘んで引っ張り出し、電源を入れようとボタンを求めて筐体の側面に指を這わせた。





