表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/86

間賀津四宮彦

 ようやく目が慣れてきたようで、暗闇の中でさらに色濃い影となっている真々白(まましろ)氏の顔面の輪郭が薄ぼんやりと見えてきた。炎の大きさの割に松明たいまつは弱く、人の顔を判別する照明としてはほとんど役に立っていない。


「山の上に二つ神社があるんですけど、しかも向かい合って建つ別々のものでして。これがまたずいぶんと変わって、あっ、行かれました?」


「ええ、あの、一方の神社がすみのように黒い」


「そうです、そうです。その黒い神社の向かいに建っているほうを間賀津まがつ神社というらしくてですね。そこにまつられている神様が間賀津ヨミヤヒコという、近隣に名の知れた剛胆な侍だったらしいんですね。四つの宮に山彦やまびこのヒコで四宮彦と書くらしいんですけど」


 そういえば、鳥居をくぐってすぐのところにそんな名前の書かれた制札せいさつが立っていた。だが、いわれの部分は字が消えていて読めなかったように思う。


「ちょっと待ってください。それは、ご自分でお調べになったんですか?」


「いえ、タクシーの運転手から聞いたんですよ。あとでネットで調べてみたんですけど、何もヒットしませんでしたけどね」


 つまり、漁火いさりびでは電波を受信できたということか。とはいっても、私の場合は地図の詳細が表示されない時点でネットが使えないと断じてしまったわけで、神社で通話をしていたマツナカ巡査や四叉路しさろなら電波が入りやすいと言っていたシュウちゃんの言葉からすると、ただの早とちりだった可能性が高いのだが。


「神社にまいられたのならご存知かとは思うんですけど、あそこのシンシはハチでしたよね。ハチをシンシとする神社といえばフタラサン神社が有名ですけど」


「えっと、たびたびお話の腰を折って申し訳ないんですが、シンシというのは?」


「神の使いとされる動物のことですよ。狛犬とかお稲荷いなりさんとか。漢字はそのまま、神の使いと書いて神使です」


 私が無学というのもあるが、真々白氏は知識を吸収するのに貪欲どんよくなタイプの人間であるらしい。フタラサン神社というのも聞いたことがない。私が知っているのはせいぜい出雲大社いずもたいしゃぐらいなものだ。


「それでですね、ここからが面白いんですけど」


「ええ」


「その間賀津四宮彦なる侍は、ハチを使役しえきしてバケモノを退治したという謂れがあるらしいんですよ」


 バケモノ退治とは、またぞろきな臭い話が出てきたものである。伝承などという仰々しいものではなく、おそらくはただのお伽話とぎばなしだろう。ネットで調べて何も出なかったというのなら、それにまつわる文献だってないに違いない。信憑性はないと思って聞いたほうがよさそうだ。


「バケモノ、ですか? それはまた、どんな?」


「ええ、それが、間賀津神社の向かい側、あの黒いほうを傀儡宮くぐつぐうといってですね、バケモノはあそこのお堂に封じられているそうなんですけど。あ、傀儡宮の傀儡というのは」


 説明を続ける真々白氏の言葉を聴き流しながら、私は傀儡宮の黒い拝殿から感じ取った禍々(まがまが)しい空気を思い出していた。護符らしきもので全壁面を覆われてはいたが、あれだって侍が登場するような古い時代に貼られたものには見えなかった。


「それで、そのバケモノというのは、ヤツアシ様という身のたけ一丈いちじょうにもなる巨大なクモだったそうで」


「いちじょう?」


「およそ三メートルのことですね」


 やはり作り話である。集落で悪さをする巨大蜘蛛を著名な武人が蜂を遣って退治した、という昔話でよくある類の勧善懲悪かんぜんちょうあく物のテンプレだ。それが時代とともに尾鰭おひれがついて後世に伝わったといったところか。こんな荒唐無稽こうとうむけいな話のどこが面白いというのだ。


「クモは脚が八つありますよね、だからヤツアシ様というらしいんですよね。漢字もまんま、漢数字の八にカタカナでツ、それに手足のアシで八ツ足様」


「そのバケモノを間賀津という侍が退治したから英雄として祀られている、ということですか?」


「ええ、まあ大筋おおすじはそうなんですけど」


 これ以上なんだというのか。侍が蜂を遣って蜘蛛を退治し、お堂の中に封じ込めた。終わりである。そもそも、真々白氏は何を思ってこのような話を始めたのだ。


「実はこの八ツ足様というバケモノ、もとは間賀津四宮彦その人からしょうじたらしいんですよ」


「え?」


「ええ、間賀津なる人物はですね、必ずしも良い意味で剛胆と呼ばれていたわけでもないそうで。もともとは手のつけられない荒くれ者だったそうなんです。それがあるとき、何があったのかまでは運転手も知らないと言ってましたけど、ともかく、怒りを宿した化身けしんが八ツ足様なるアラミタマに、人間としての理性の部分がオオ間賀津四宮彦なるニキミタマにそれぞれ分離したのだとか」


 アラミタマにニキミタマとは何だ。それから間賀津(なにがし)の名前も変わった気がする。


「その己から生じたアラミタマを、クモの天敵であるハチを使役して退治した、というところまでが()()()の伝承で」


「ちょ、ちょっといいですか。よくわからない単語がいくつかあるんですけど、まずアラミタマにニキミタマとは何ですか?」


「ああ、アラミタマは荒っぽい神様の御魂おんたましい荒御魂あらみたま、ニキミタマはその逆で和やかな神様の御魂で和御魂にきみたまと言われるものです」


 なるほど、二つの区別はついたが魂が分離した理屈まではわからない。所詮は空想上の話である。


「あと、間賀津からオオマガツに名前が変わったような」


「それは魂が分離して神霊しんれいとなった間賀津四宮彦の神名しんめいですよ。大いなる間賀津で大間賀津というわけです」


 人間のときが間賀津で、神になってからが大間賀津ということか。そういうものなのかもしれないが、予備知識のない私からすればただややこしいだけだ。


「それともう一つ、何の伝承と言われました?」


「シズメですよ。地鎮祭や鎮魂歌のチンと書いてシズメです」


 退治することでバケモノの怒りを鎮めた、という解釈なのだろう。なんとも人間本位な考え方である。


「これだけだとありがちな話なんですけど、このシズメの後にですね、続きとしてフウジの伝承があるんですよ。これがまたずいぶんと残酷な内容でしてね」


 まだ続きがあるのかと少々うんざりした私は、真々白氏が気を悪くしないよう「あの、僕は無学な上に人物史や郷土史にもあまり興味がなくてですね」と遠回しな言い方を用い、ありきたりな昔話を切り上げてもらおうと試みた。


「ああ、飽きてしまいましたか?」


 真々白氏から鋭い指摘を受け、思惑を見抜かれたようでばつの悪い思いをした私は、見えないだろうと思いつつも笑みを作って「ええ、まあ」と曖昧あいまいな答えを返した。


「実はですね、明日のお祭りがフウジにちなんだもので、今日がシズメに当たるものなんだそうですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ