チンピラ
完全にマツナカ巡査の主観でしか伝わっていない。最後の質問のあとに私を嘘つき呼ばわりしていたが、まさかそのせいで説明したことすべてを黙殺されてしまったのだろうか。これではどっちが嘘つきかわからない。
「賊って、あの、それも誤解ですって。駐在のマツナカさんにも言いましたけど、僕は何も盗んでいませんよ」
置いていかれては堪らないと、私は慌てて赤鬼のあとを追いながら弁明の言葉を紡いだ。
「あのですね、まず、神社に参拝はしましたけど、拝殿ですか? とにかく、建物の中には入ってませんし、荒らすようなこともしてなければ、誓って何かを盗ったりもしてませんって」
聴こえてはいるのだろうが、赤鬼がこちらを気にする様子はない。
「それから、タマ、猫を境内に入れたのは僕ではなくてですね、あの猫が勝手に入っただけで、それこそ誤解というか濡れ衣というか」
赤鬼はこの話題に触れたくないのか、それともこちらが何を言おうと聞く耳を持つ気がないのか、すでに追いつけていない私を振り切ろうとでもしているかのように歩く速度をさらに上げた。
どうやら赤鬼は臍をまげてしまったらしい。とくに気に障るようなことを言ったつもりはないのだが、何が悪かったのだろうか。ともかく、このペースで歩かれたのでは本当に置いていかれてしまう。
「あの、すいません。ちょっと」
思った以上に息が切れていてうまく言葉が出てこない。
「もう少し、ゆっくり」
荒い呼吸の合間に絞るように声をだした私は、自分の身体が軽く前傾しているのがただ疲れているからだけでなく、さっきまで平坦だったはずの道がいつの間にやら緩い上りになりはじめているせいでもあることに気がついた。
たいした傾斜ではないはずなのに身体を運ぶ一歩が重い。まるで水の中を歩いているような、もしくは後ろから誰かに足首を掴まれているような動きづらさを感じる。
項垂れるようにして視線を下げて歩いているうちに、赤鬼の姿がついに視界から消えてしまった。焦って顔を上げると、ずいぶんと先にいる赤鬼の後ろ姿と、そのさらに前方で篝火とは別の大きな炎が闇に踊っているのが目に入った。
こちらでも肉を焼いているようで、辺りには香ばしい匂いと例の消毒薬の異臭が漂っている。焼き肉の香りに空の胃袋を刺激されながらも、吐き気を催させるこの謎の刺激臭のせいで食欲がわかない。
赤鬼の姿が見えることに安心した私は歩みを止め、深呼吸を数回して乱れた息を整えてから、「ちょっと待ってくれませんかー!」とほとんど叫ぶようにしてその背中へ声を掛けた。
また無視されるかもしれないと思っていると、ちょうど焚き火に差し掛かる手前の辺りで赤鬼はピタリと足を止めてくれた。
心の中では勝手に赤鬼などと呼んでしまってはいるが、いくら無愛想でもあくまで彼は接客業に関わる人間なのだ。どれだけ嫌おうとも私が客であることに変わりはなく、たとえ会話をしたくなくとも完全に無視するわけにはいかないのだろう。
焚き火のそばまでやって来た私は、こちらに背中を向けたままで立ち尽くしている赤鬼に少しでも機嫌をなおしてもらおうと思い、「いやぁ、さすがに山に住んでいるかたは違いますねぇ」などと軽口を叩きながら近づいていった。
「都会暮らしの僕なんかと違って足腰」
「おい」
赤鬼はそう言って私の言葉を遮り、身体を反転させてこちらを睨みつけると、「次ぃまた怒鳴ってみろ。今度は火んなが放りごむぞ」とドスのきいた声を発した。
そんなヤクザ映画のチンピラが吐くようなセリフを、よく知りもしない他人に対して使う大人が実際にいるとは思ってもみなかった。赤鬼の中で私は客どころか見込み客ですらないらしい。
「火の中って、そんなことされたら火傷じゃ済まないですよ」
無理やり笑顔を作って冗談っぽい調子で言ってみたのだが、赤鬼はなおも憮然とした顔で私を下から睨みつけていた。大きな声を出したくらいで火刑にするなど中世の魔女裁判より酷いではないか。それだと中村はすぐ火にくべられてしまう。
赤鬼の無言の気迫に気圧された私は音を立てて唾を飲み込み、「えっと、わかりましたから、少しだけ歩く速度を落としてもらえませんか?」となるべく丁寧な口調で頼んでみた。
「こっぢはおめぇなんがの相手してる暇ぁねぇんだよ、あ?」
もしかしたら明日の祭りを見に多くの客が宿に来ており、その対応に追われている最中に私というイレギュラーな飛び込み客が現れ、それによって余計な仕事が増えてしまったことに赤鬼は苛立っているのではないだろうか。
「お忙しいのはわかるんですけど、僕も散々歩きまわったせいで、もうくたくたなんです。ですから」
「とっとど歩げ」
私が最後まで言い終わる前に赤鬼は一方的に会話を切り上げ、踵を返すなり再び足早に歩いていってしまった。取りつく島もない。
大声を出すなと注意をされはしたものの口を開くなとまでは言われていないので、今度こそ赤鬼の機嫌を取ってやろうと意気込んだ私は、切り口を変えてもう一度その背中へ話し掛けてみることにした。





