第9話 世界は違えど人の営みは変わらない
「ショシャナ、良いかしら?」
「え? あ、はい!」
いかんいかん、興奮してしまった。
私は慌ててセリーヌさんの方を向き、背筋を伸ばす。
そして少しだけヘリホル枢機卿の表情を確認すると……良かった、怒っていない。
まあ、呆れるように苦笑いは浮かべているが。
「あなたに頼みたいのは、ここにある《場違いな芸術品》の調査よ。その用途などを調べ、そして危険なものがないかを確かめて欲しいわ」
「なるほど。……修理はしなくても?」
「今回は一先ず、調査だけしてくれれば良いわ。メモはララとリリがするから、あなたはひたすら分かったことを口にすれば良いだけ。簡単でしょう?」
思ったより楽な仕事だ。
まあ、「今回は」ということは今後、何かあるのかもしれないが。
「分かりました。えっと、さっきのですが……」
「き、記録は、と、取りました……」
「スペルは『REISHIKI KANZYOU SENTOUKI』でよろしいでしょうか?」
「はい」
おお、仕事が早い。
これは楽な仕事になりそうだな。
それから何台かは同じ『零式艦上戦闘機』が続く。
「これは……同じ戦闘機ですが、名前が違うようですね。『F4F』というようです。所有者は……『アメリカ合衆国海軍』。ふむ、今までの『零式艦上戦闘機』よりも、丈夫そうですね。……へぇ、これは凄い」
「何か分かったの?」
セリーヌさんの質問に対し、私は頷いた。
「この戦闘機、武装が少し残っています。そして残っている『弾丸』……まあつまり“矢”の構造や形、材料が、先ほどの『零式艦上戦闘機』の内部に残っていた“矢”と全く同じです」
「……つまり?」
「この『零式艦上戦闘機』と『F4F』は実際に戦ってい、“矢”を撃ち合っていたみたいですね。ただの“異世界”人の作った置物ではなく、実際に運用された、人殺しの兵器です」
「人殺しのために作られた兵器」であることと、「実際に人殺しのために使用された」か否かは別だ。
私は前者については分かるが、後者となると分からない。
正直、本当にこんな大仰なもので戦争をしたのだろうか? と私は疑問を抱いていたのだが、どうやら本当にこれを乗り回し、殺し合いをしていたようだ。
“異世界”人は野蛮だな、全く。
「そんなことまで分かるのね。……そう言えば、あなた、どこで作られ、誰が使ったか大まかな情報が分かるとも言っていたけれど……“異世界”ってのはどういうことかしら?」
「さあ? こればっかりは証明しようがありません。私の“祝福”が正しければ、これらの人工物は“異世界”、または“異なる惑星”で作られたとしか言えないということです。まあ、そんなことはどうだって良いじゃないですか」
「……まあ、証明できないことだし、議論は後で良いわね」
その後も私は次々と『人工物鑑定Ⅳ』を駆使し、調査をしていく。
倉庫は思っていたよりも広大で、戦闘機以外の兵器もたくさんあった。
「面白いですね……」
「何か、分かったことがあるの?」
「いや、大したことはないんですけどね。このT-55という“戦車”は生産者が『ソビエト連邦』、所有者が『朝鮮民主主義人民共和国』になっていまして。こういう生産者と所有者が違う例がたくさんあるんですよ。まあ、生産者は共通して『ソビエト連邦』のようなんですけど」
尚、この『ソビエト連邦』と並んで目立つ生産者が『アメリカ合衆国』だ。
ということをセリーヌさんに伝えると、彼女はなるほどと頷いた。
「つまり親分が子分に武器を貸し与えて、戦争をさせてるってことになるのかしらね?」
「憶測ですけど、多分そうですねぇ。いやー、“異世界”人も私たちも考えることは同じなんですね」
イブラヒム普遍教会も、よく国王や諸侯に異端・異教撲滅の戦争をさせたりするが……
自分たちの常備軍である聖堂騎士団は滅多に動かさない辺りがとても似ている。
私はこれらの兵器の殺傷能力があまりにも高く、本当に人間相手に殺し合ったのかと疑問だったのだが……
自分たちとはさほど関わりがない人間同士を殺し合わせる、というのは、なるほど、合理的なやり方だな。
「ところで、考えることは同じ、というのは誰と同じという意味かしら?」
「さ、さぁ……」
まさか枢機卿の目の前で普遍教会批判をする気にはなれない。
まあ、幸いなことに私が普遍教会の悪口を言ったことはセリーヌさんしか気づいていないので良しとしよう。
「ああ! これはうちのお店にもあるやつですね」
「あなたのお店にも?」
「ええ。私も最近、《場違いな芸術品》の流通量とかを勉強しているんですけど……こういうのはかなり数多く出回っているようですよ」
私はそう言いながら黒い杖のようなものを手に取った。
魔力を流すと……うん、やっぱりだ。
「AK-47という……クロスボウの一種のようです。どうやらこの引き金を引くと、毎分六百発の“矢”が発射されるようです」
「毎分六百? 嘘でしょう?」
「さあ……私は試したことはありませんが、でも私の“祝福”は嘘をついたことはありませんからね。あ、これなんてかなり状態が良いですね。すぐにでも使えると思いますよ。後で試してみては如何ですか?」
私も今度、家にあるのを修理して試し撃ちしてみようかな。
毎分六百発も矢が出るなら、不審者だって怖くはない。
「ところで、どうしてこんなに《場違いな芸術品》があるんですか?」
そろそろ聞いても良い頃合いだろうと思い、私は尋ねた。
すると後ろの方で《場違いな芸術品》を眺めていたヘリホル枢機卿が進み出てきた。
「大昔の教皇が集めたものだよ。そうだな……確かこのエスケンデリア大聖堂が建てられた時期だったと、記憶している」
「相当な大昔ですね。その割には《場違いな芸術品》の保存状態が良い……ああ、もしかしてこの部屋、魔導具になっています?」
私は自分の仮説を確かめるために床に手を置いた。
なるほど、やはりこの倉庫全体に強力な『固定化』の魔術が掛けられている。
これに加えて、毎日のように聖職者たちが魔術を掛け続ければ……確かに数百年間、蒐集された時の状態を維持することは可能だ。
「その通りだよ。その教皇は……その、偉大な人物でね。彼の遺言を無視するわけにはいかないから、普遍教会もこうして維持管理に努めてきた。……まあ、それ以上に何かあると困る、ということがあるのだがね」
「何か、あったことがあるんですか?」
「一度、《場違いな芸術品》を処分しようとしたときがあるのだが……その時に爆発が起きてね。何が起こるか分からないから、現状維持に努めてきたんだ」
なるほど、で、私に確かめさせることで危険な物が否かを判断しようということか。
と、思いながら私は何気なく、木箱の中に詰め込まれていた、パイナップルのようなボールを手に取り、魔力を流す。
「うわぁ!」
そして思わず、取り落としそうになる。
「どうしたの!?」
「こ、これ、生きてますよ! このピンを抜いたら、爆発するみたいです。“手榴弾”って、言うみたいですね」
正確には『マークⅡ手榴弾』というらしいが。
倉庫の処分の時に爆発したというのは、これかもしれないな。
分からなければ、つい、ピンを抜いてしまってもおかしくはない。
「嘘でしょ? ……それ、軽く百はあるわよ!」
「……何ということだ、知りたくなかった。今日から、この大聖堂で寝泊まりすることは止めにしよう」
セリーヌさんは表情を強張らせ、ヘリホル枢機卿は手で顔を覆った。
まあまあ……安全装置を取り外さなければ安全なんだし、この数百年間問題なかったんだから、大丈夫でしょう。
と、慰めつつもさらに倉庫の探索は続く。
結果、決して少なくない数の“生きている”爆弾があることが判明した。
「これほど危険な物だったとは、知りませんでしたね」
「全くだ。しかしこれを蒐集した教皇は何をお考えになられていたのか……敵に備えておられたのだろうか? 確かにあの時代はまだイブラヒム普遍教会の力は弱かったそうだが……」
「民間にこれらの武器が流布するのを防ごうとお考えになられたのではないでしょうか? かの偉人が無意味なことをするはずがありません」
いやー……ただの《場違いな芸術品》オタクだっただけじゃないかな?
私としては集めた理由よりは、どうして、どうやって“武器だけ”を選別して集められたのかが気になるけれど。
「しかし……これらの武器が民間に流布し、流通しているのは大問題だ。無用な混乱を引き起こしかねない」
「そうですね。……しかし、私としましてはこれらの武器が我々に敵対的な勢力に渡る方が恐ろしいです。彼女によると、すべての武器が壊れているわけではなく、中には“生きている”ものもあるそうですし」
「確かに、それは大問題だ。教皇聖下にお伝えし、これらの“武器”に関しては回収しなければ」
「研究も必要かもしれませんね。毒を持って毒を制すと言いますし」
「しかし研究となると、極秘に行わなければならない。まずショシャナ殿を加えるとして、他に信頼できるような学者は……」
「シャルロ、ごほん、モンモランシ選教候はどうでしょうか? 彼女ほどの錬金術師ならば、不足はありません。それにかの錬金術の大家は我ら普遍教会よりも古い歴史を持っている。……《場違いな芸術品》についても、何か知っているかもしれません」
「おお! そう言えば君は彼女と個人的な親交があったな!」
何だか、私そっちのけでゴニョニョと会議を始めるセリーヌさんとヘリホル枢機卿。
ララ助祭、リリ助祭もメモに忙しい様子で、私はちょっと暇だ。
「あのー、もう帰っても良いでしょうか?」
「ああ、ごめんなさい。送っていくわ」
それから私はセリーヌさんの案内で自宅まで帰った。
そしてその帰り道、思ったのだった。
なんだか、厄介ごとに巻き込まれている気がすると。
ブクマ、評価等、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。