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第8話 空を飛ぶ機械

「そんな不安そうな顔をしなくても良いわよ。取って食うわけじゃないんだから」

「い、いやぁ……それは分かってはいますが」


 セリーヌさんがやってきてから一週間後のこと。

 私はエスケンデリア市の中央部にある、エスケンデリア大聖堂へ向かっていた。


 というのも、私の“祝福”を登録しなければならないからである。

 

 エスケンデリア大聖堂と言えば、数ある大司教座の中でも有数の歴史と権威を持つ。

 勿論、私がその権威に抱いている感情は“畏れ”ではなく“恐れ”である。


 私たちイブラヒム教ユタル派にとっては、大聖堂は敵の本拠地であり、根城である。

 身構えるのは当然のことだ。


 などと思っていると、司教座大聖堂が見えてきた。

 数百年も前に建てられたという荘厳な聖堂だ。


 やはりこういうのを見ると、私たちの神殿と比べてしまう。

 バスコ地区の神殿は雨漏りしてたからなぁ……


「セリーヌ・フォン・ブライフェスブルクよ」

「はは!」

「どうぞ、お通りください」


 聖堂騎士――普遍教会の保有する常備軍の兵士――二名が大聖堂の扉を開いた。

 扉のすぐ先は祈りのための場となっているようだ。


 正面には預言者イブラヒムと、十二人の使徒の彫刻。

 壁面には美しいレリーフが刻み込まれている。


 ……全く、預言者の姿を模るなんてどうかしている。

 こんなものは偶像崇拝に他ならない。

 

 やはり十二使徒派の連中の教義は間違っているな。

 私たち(正統派)こそが正統だ。


 と、私は自らの信仰の正しさを再確認しつつ、セリーヌさんの後についていき、奥へと進む。


 大聖堂は一種の宮殿だ。 


 本来の役割は祈祷や聖書の朗読のための場だが、その他にもエスケンデリア大司教区を含む広大なエスケンデリア教会管区を治める行政機関としての機能や、重病人を治療するための病院、訪れた聖職者の宿泊施設、そして時には防衛施設になったりする。


 私に用があるのは、行政機関の方だ。


 ふと、セリーヌさんの足が止まった。

 彼女の前には大きな扉。

 左右にはやはり聖堂騎士。


 そして正面には二人の助祭服を身に纏った少女がいた。

 一人は気の弱そうな桃色の髪の少女で、もう一人は気真面目そうな青色の髪の少女だ。

 二人とも、全く同じ顔、背丈だ。おそらくは一卵性双生児なのだろう。

 年齢は私よりも僅かに年上のようだ。


「紹介するわ。桃色の髪の方がララ、青色の髪の方がリリ。私の部下よ。年齢はあなたよりも一つ上になるかしら」


 すると双子は揃って一礼した。


「ら、ララと、も、申します。い、位階はじょ、助祭です」

「リリと申します。同じく助祭です」

「これはご丁寧に。ショシャナ・レヴィ・モーシェです。よろしくお願いします」


 私も頭を下げた。


「じゃあ、早速、猊下に……」

「そ、そ、その前に、し、身体検査を、そのぉ……」


 ララ助祭がセリーヌさんの言葉を遮る。

 セリーヌさんは眉を潜めた。


「彼女は怪しい人物ではないわ」

「で、ですが、そ、そのぉ……まことに、も、もうしあげ、に、にくいのですが、じゅ、十三使徒派の方ですしぃ……」


 十三使徒派。

 思わず私は眉を潜めた。

 それは私たちユタル派にとっての、事実上の蔑称だ。


「十三使徒派ではありません」

「ひ、ひぅ……す、すみません」


 そう言ってララ助祭は気弱そうに謝るが……しかし引く様子はない。

 リリ助祭が一歩、進み出て言う。


「ショシャナさん、大変失礼いたしました。……不躾なお願いだとは思いますが、少しだけ確認させていただいても?」

「リリ!」

「構いませんよ」


 まあ、これは“区別”だろう。

 中にはナイフを隠し持っているような輩もいるわけだし。


 身体検査を受け、さらに持ってきた工具箱の中も確認させられる。

 当然、危険な物はない。


「大変、失礼いたしました」

「ごめんなさいね、ショシャナ。さあ、行きましょう」


 聖堂騎士たちが扉を開き、その奥へと進む。

 そこには緋色カーディナルレッドの衣服に身を包んだ男性がいた。

 年齢は五十代後半、いや六十代だろうか?

 浅黒い肌から、南方系であることが分かる。


「初めまして、ショシャナ殿。私はヘリホル・チョル・コアン。位階は司教。役職は司教枢機卿。現在はこのエスケンデリア大司教区の教区長及びエスケンデリア教会管区の管区長を務めさせていただいております」


「こ、これはご丁寧に……ショシャナ・レヴィ・モーシェです。モーシェの息子のレヴィの娘のショシャナです。魔導技師をしています」


 大聖堂は敵の本拠地だ! と意気込んでいた私ではあるが、こんな大物が出てくるとは、少し予想外でびっくりする。

 司教枢機卿って……下手しなくても、国王より偉いじゃないか。

 何でこんな大物が!?


 私がしがない魔導具店の店主なのに。


「早速だけれど、君の“祝福”を見せて頂きたいのだが、良いかな?」

「は、はい!」

「では……目隠しをしても?」

「え、ええ!」


 私は頷いた。

 すると待ってましたとばかりにララ助祭からアイマスクを手渡されたので、それを着用する。


「どうぞ、これに触れて、魔力を流してみてください」


 リリ助祭が私の手に何かを触れさせた。

 言われるがままに魔力を流し、構造などを確認する。


「何か、分かるかな?」

「これは……クロスボウですね。材質は鉄、木材、獣……これは山羊の腱が使用されていますね。作られたのは今から二年と三か月と六日前。製造されたのは……ガリア王国ですね。他には……」

「いや、もう十分だ。目隠しを外して構わないよ」


 ヘリホル枢機卿に言われ、私はアイマスクを外した。

 なるほど、そこにはクロスボウがあった。


「報告された通りのようだ。……ふむ、これはレベルⅣ相当の“神秘”に該当すると思うが、セリーヌ司祭はどう思われますかな?」


「私もレベルⅣ相当が妥当であると思います、猊下」


「では、そうしよう。さて、名称だが……ショシャナ殿。何か、ご自分の“祝福”に命名したい名前はありますかな?」


 名称か。

 まあ、確かにそう言うのがないと不便なのだろう。


「いえ、ありません。何でも良いですよ」

「では……『人工物鑑定』と仮称しよう」


 私の背後では何かをメモする音がする。

 おそらくララ助祭とリリ助祭が記録を取っているのだろう。


 今日から私はレベルⅣ相当の“神秘”、『人工物鑑定』という“祝福”を持つ“神秘体質”の人間と普遍教会の公式な記録に乗ってしまうわけだ。


 はぁ……面倒だな。


「ところで……ショシャナ殿。実は折り入って頼み事があるのだが、構わないかな?」


 そら来た。

 ユタル派の小娘の“祝福”程度で枢機卿が出てくる時点でおかしいなと思ってはいたが、やはり普遍教会は私に仕事を依頼するつもりだったのだろう。


 まさか普遍教会から直々の依頼を断るわけにはいかない。

 頼み事とは言っているが、このヘリホル枢機卿と私の力の差は象と蟻だ。

 実質的には命令である。


 ……まあ、しかし、考えようによっては儲け話か。

 何しろ、普遍教会だ。

 支払い上限なんて、あってないようなものだ。


「それは……魔導技師ショシャナ・レヴィ・モーシェへの仕事の依頼ということでしょうか? ならば、報酬次第でお受けしましょう」


「商魂たくましいな。その年で随分としっかりしている。……昔のセリーヌ司祭を思い出す」


 などと私を褒めてはいるが、さて本心はどうなのやら。

 ユタル派の連中は金にガメツイ、拝金主義者だ。

 などというような悪口は、もはや耳にタコができるほど聞きなれている。


 まあ、どうだって良いのだが。


「望む額を支払おう。では、こちらに来てくれ」


 私はヘリホル枢機卿の案内のもと、さらに大聖堂の奥へと進む。

 いくつもの階段を下りたり、昇ったり……

 そうして辿り着いたのは、どうやら巨大な倉庫のような施設のようだ。


 警備の聖堂騎士たちが一礼し、扉を開ける。

 ララ助祭とリリ助祭がすかさず持っていたランプで中を照らす。


「わぁ……」


 私は思わず、感嘆の声を上げた。

 そこあったのは大量の《場違いな芸術品》だったのだ。


 私は最も近くにあった変な形の船手漕ぎボート?に手を置き、魔力を流す。


 情報が私の頭の中に流れ込んでくる。


「戦闘機? 飛行機? ええ! こんなんで空を飛べるの? あ、もっとちゃんとした名前もあるのね。えっと……零式艦上戦闘機? 零式ってことは最初に作られたってこと? 艦上ってことは船の上で使うのかな? 問題は飛べるかだけど……うーん、ちょっと壊れているみたいだね。でもこの程度の損傷なら、共食い修理できる機体がもう一つあれば余裕かな」


 などと思ってから、私は灯りに照らされた倉庫の中を、目を凝らしてみる。

 そこにはぱっと見三十台以上の“戦闘機”が立ち並んでいた。


 

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