第7話 あらゆる現象はエネルギーの移動によって生じる
「どうぞ、こちらへ」
私は一度店を閉めてから、店舗の奥、私の家兼作業場へと案内した。
「ええ、ありがとう」
セリーヌさんは興味津々という様子で辺りを見回しながら足を踏み入れた。
元々、好奇心旺盛な人なのかもしれない。
一先ず私は彼女を椅子に座らせた。
そしてガラスのコップに珈琲を二人分、そしてお茶請けのクッキーをテーブルに置く。
「よろしければ」
「あら、ありがとう。気が利くのね」
「外は暑いですから」
外は暑い。
今の季節は丁度六月。だんだんとエスケンデリア市の気温は日に日に暑くなり、日差しも強まってきている。
ピークに達するのは一月後だろうか?
まあ日差しは強いけれど代わりに湿度も低いから、日陰に入ってしまえばそうでもないのだが。
それでも暑いものは暑い。
「そう言えば……お取込み中だったかしら? だったら、悪いことをしちゃったわね。ごめんなさい」
急にセリーヌさんは謝ってきた。
はて? 取り込み中とは何のことだろうか?
あ、シメオンか。
「シメオンのことですか?」
「ええ。あなたの恋人?」
「げほっ!」
私は思わず、咽せてしまった。
恋人? あいつが?
「まさか、そんなことはありませんよ」
「そうなの?」
「ええ……ただの幼馴染です。それも、ついさっき再会したばかりでして」
あいつに対して恋愛感情があるかと言われたら、私はないと断言できる。
随分とまともにはなってはいたが、昔は近所で有名な悪ガキだったのだ。
私にもしょっちゅう、というか、私に対して集中的に意地悪をしてきた。
ブスだ、根暗だ、ボッチだ、魔導オタクだ、などと言われたことは今でも覚えている。
「そういうあなたはいるんですか?」
ちょっと言い返してみる。
まあ、いないだろうなというのが私の予想だ。セリーヌさんはどう見ても仕事人間だ。
噂に聞く限りだと聖職者はかなりの激務。
恋愛をしている余裕なんてないだろう。
「ふふ、どう思う?」
が、しかしセリーヌさんはニヤリと笑って、そんな意味深のことを言ってきた。
これはいるな。
っけ!
まあ、良いよ。私はこの店と結婚しているんだからね。
などと思いつつ、私はこの不愉快な――恋愛なんてくだらない。勿論、これは私がモテないからではない。私はモテないのではなく、敢えて恋人を作っていないだけだ――話題を切り替えるべく、私はセリーヌさんに尋ねた。
「ところで……この部屋、涼しいと思いません?」
この部屋の外は暑い。
が、しかし中はずっと涼しい。
勿論、これにはカラクリがある。
「え? ……あ、そう言えば。冷房用の魔導具? さすが、魔導具店ね」
この世には冷房用の魔導具が存在する。
部屋の空調には無論、冷蔵庫などにも使用される。
ただし……とてつもなく巨大で、高く、高コストだ。
基本的にはオーダーメイド品であり、そして家や店の建築段階で設置するような代物。
少なくとも店舗で売っているようなものでもない。
そしてまた……個人が気軽に使えるようなものでもない。
冷蔵庫なんてものを持っているのはよほど大成功を収めている飲食店くらい。
そして冷房設備を持っているのは、それこそ諸侯や大金持ちの富豪くらいなものだ。
つまり私の家にそんな贅沢な代物はない。
「いえ、違います。……あんな動かすだけで金貨が飛んでいくような代物、ありませんよ」
「それもそうね。じゃあ、どうしてこんなに涼しいのかしら? ……もしかして」
「ええ、そうです」
そう、《場違いな芸術品》だ。
私は部屋の天井近くの壁を指さした。
そこには白い箱が取り付けられており、冷たい風が出てきていることが分かる。
「この部屋を涼しくしているのは、あの《場違いな芸術品》です。エア・コンディショナー……略してエアコンと言います」
「ふーん、見て良いかしら?」
「どうぞ」
私がそう言うとセリーヌさんはエアコンの真下まで移動し、しげしげと観察を始める。
「不思議ね……空気を冷却しているわけだし、熱移動なのは確かなのだけど。魔術じゃないのよね?」
熱移動そのものはそれほど難しい魔術というわけではない。
割と一般的な魔術だ。
大規模なものとなると複雑になり、高コストになるが……魔法理論そのものは単純だ。
しかしこの《場違いな芸術品》は魔法理論とは全く異なる科学法則が応用されている。
「ええ、熱移動なのは確かです。ここからは見えませんが……これは外に繋がっていまして。部屋の熱を外部に排出しています」
「魔術は一切、使用されていないの?」
「修理の過程で、用意できなかった部品は一部魔術に置き換えていますから、厳密な意味での《場違いな芸術品》ではありません。そういう意味ではまあ、魔導具ですか。しかし基本的には強化や固定化、接着の魔術しか使われていませんし、根本的には魔術は無関係ですね」
強化は物質の耐久度を上げる魔術で、固定化は物質の変質を抑える魔術、接着は物質と物質を接合する魔術だ。
仮に氷に強化を使えばその氷は砕けにくくなり、固定化を使用すれば溶けにくくなり、そして二つの氷に接着を使用すれば繋ぎ合わさって一つになる。
魔導技師には必須の魔術だ。
「どういう仕組みで動いているの?」
「まあまあ、そう焦らないでください。まだまだ、お見せしたいものがありますから」
セリーヌさん同様に、《場違いな芸術品》そのものへの興味は私もない。
が、魔導具と同様の“工業品”としては大きな興味がある。
アブドゥル・サイードさんたちは《場違いな芸術品》を“芸術品”としか見ていないから、実は私とはあまり話が合わないのだ。
「驚くのは、ここからですよ? 凄いものを見せてあげます」
せっかくだ、とっておきを見せてあげよう。
そして……部屋の片隅に置いてある、大きな立方体状の箱を指さす。
箱の一面はまるで鏡のようになっている。
「鏡? 鏡にしては暗いけど、綺麗なガラスね。それだけで高度な技術が用いられていることが分かるわ」
「そうですね。まあ、そんなことは重要ではないんです」
私はそう言ってから、その箱の横に置いてある金庫を開ける。
そこから厳重に保存しておいた、円盤状のものを取り出した。
「これ、無傷なのが一枚しかないので、とっても貴重なんです」
「ふーん、なんか、虹色に光ってて綺麗だけど、何? 装飾品?」
そう言ってセリーヌさんは円盤に手を伸ばそうとする。
慌てて私は円盤を下げる。
「これ、とても傷つきやすいので……見るだけにして頂けると嬉しいです」
「そうなの? まあ、良いけど。それよりも、それが何なの?」
「まあまあ、待ってくださいよ」
私はそう言ってから、今度は立方体状の箱の前でしゃがみ込んだ。
そしてその下に置いておいた、もう一つの機械の中に円盤を入れる。
「じゃあ、びっくりして腰を抜かさないでくださいね?」
私はそう言うとまずは立方体状の箱――テレビ――のスイッチを入れる。
それからもう一つの機械――DVDプレイヤー――を操作する。
すると……
「うわぁ! 光がついた! 音がする! ……え? 中の絵が動いてる? どういうこと!?」
ちゃんと再生できたようだ。
もっとも、ここはまだ序の口。
面白いところまで飛ばそう。
私は少しだけ早送りにする。
「え? 人が出ててきた? どういうこと? この中に人が入っている……なんてことはないわよね? どうなってるの!?」
「さっきお見せした円盤があるでしょう? あの中には視覚・音声情報が保存されているんです。そしてこの機械でそれを読み取り、こちらの機械で映し出している……みたいです」
まあ、ぶっちゃけ私もよく分らないのだが。
確かに私は魔力を通すことで加工品の仕組みや原理が分かるのだが、そこにどのような法則が働いているのかは分からない。
例えると……そうだな。
砂糖が植物由来の物質であること、どのように精製されたことは分かるが、そもそも砂糖を食べると“甘い”と感じる根本のものは分からない、という感じだろうか?
要するに、どの部品がどのように組み合わさり、作用しているかは分かるのだが、どうしてそうなるかは私も分からないのだ。
まあ、分からずとも修理はできるのだが。
「それにしても……本当に、よく、こんな不思議なものを修理できるわね」
「まあ……それほどでも、と言っておきましょう。ですが、要領さえ掴めば、それほど大変ではありませんよ。原理は全く異なるんですが、過程そのものは魔術と酷似しているんです」
私はそう言いながら魔力を手に集め、簡単な魔術を使う。
私の手に小さな光の球が浮かび上がる。
「ご存じの通り、私たちは魔術を使う時、頭の中で魔法陣を思い浮かべ、疑似的な回路を形成し、そこに魔力を流し込むことによって魔術を使います。魔導具の場合は疑似的な回路ではなく、人工的な回路を引き、そこに魔力を流します」
私はそう言ってから軽く手を振るい、光球を消滅させる。
「このテレビも同じです。原理も、使用するエネルギーも異なりますが、エネルギーを回路に流し込むことによって現象を発生させるという過程そのものは、魔術そのものなんです」
「なるほどね。で、そのエネルギーってのは何? それが気になっているのよ。焦らさないで教えて」
待ちきれない、という様子のセリーヌさん。
まあ、気になるのも無理はない。
「分かりました。……ついて来てください」
私はそう言ってセリーヌさんを庭へと招いた。
そして庭に設置された、簡易的な小屋の中に納めてある機械を指さす。
「あれで電気を生み出しているんです」
「……電気? ああ、雷ね! なるほど、雷のエネルギーを熱や光、音に変換しているのね」
「そういうことになります。先程申し上げました通り、エネルギー変換と移動という点では、魔術と全く同じです」
魔術とは、極論してしまえば魔力を別の何かに変換する技術である。
そして電気製品というのは、極論してしまえば電気を別のエネルギーに変換する道具だ。
つまりどちらも根本のところは変わらない。
であれば、私に修理できない道理はないのだ
「ところで、その電気はどうやって作って、どうやって供給しているの?」
「それはですね……」
電気を作る機械――発電機――は、軽トラやバイクの共食い修理で余った動力炉――エンジンとオルタネーター――に、魔術的な改造を加えて、私が作ったものだ。
燃料は無論、軽トラやバイクに使用されている揮発性の強い油だ。
「と、まあそんな感じで油を燃やし、羽根を動かし、回転させ、その運動エネルギーを電気エネルギーに変換し、この導線で運んでいます。あ、ちなみにこの導線のうち三分の一は《場違いな芸術品》を修理したもので、もう三分の一は私が自作した魔導具です」
「導線」は同じものが山のようにあった。
おそらく“電気製品”を動かすには必須なのだろう。
サンプルがたくさんあれば、似たようなものは魔導具でも作れる。
……というか、これは私の持論だが、もしかしたら「エネルギーの変換・移動・保存」という点に関しては私たちの“科学技術”である魔術や魔導工学の方が優れているかもしれない。
実際、私はその気になれば無手で電気を作れる。
ちなみに「電気を作る」というだけならば、面倒な発電機なんて作らずとも、魔導具で同様のものはできる。
大して役に立つことはないが、雷を発生させる魔導具、なんてものは百年前から存在しているのだ。
それに手を加えれば良い。
なぜそれをせずに発電機を作ったのかと言えば、魔石の消費量が半端じゃないからだ。
説明は省くが、魔導具というものは非常にエネルギーの変換効率が悪い。
その点、発電機は石油を購入して錬金術でガソリンに変えるだけで良い。
……まあそれでもお金が掛かるので、今は別の手段を模索している。
私の考察が正しければ、要するに「羽根を回転させる」ことさえできれば良いわけで、ならばそれは風でも水でも畜力でも、何でも良いはず。
「なるほど……それにしても、電気、か。今まで、《場違いな芸術品》を動かせる人間がいなかった理由も分かるわ。そんなこと、分かるはずないもの」
「ですよね。私も目から鱗でして……」
「気になるのは、あなたにどうしてそれが分かるのか、という点ね」
「ああ、それはですね。私は“祝福”を持つ“神秘体質”でして。魔力を流すだけで、その構造とか仕組みとか原理とか使い方とか名前が分か……」
あ、口が滑った。
ま、不味い……か、仮にも普遍教会の、しかも異端審問官の前で「“神秘体質”を普遍教会に報告せず、隠していた」ことを話してしまった!!
……気付いてないかな?
「ふーん、私の調べが正しければ、あなたは“神秘体質”ではなかったと思うけれど。おかしいわね?」
セリーヌさんの、否、セリーヌ司祭の目がじっと私を見つめる。
私は全身から冷や汗が噴き出るのを感じた。
「い、いや……そ、それは、ですね……」
「先天性ではなく、後天性かしら?」
「え? それは……」
「それとも最近発覚したとか? 普遍教会に報告するのは、発覚から一年以内。あなたが《場違いな芸術品》を修理し始めたのはここ半年のことだから、辻褄は合うけれど、どうかしら?」
こ、これは、誤魔化せる?
上手い方向に勘違いしてくれている?
「は、はい! そうなんです!!」
「そう。それは良かったわ……もしあなたが先天的な“神秘体質”の持ち主で、十三年間、それを隠し続けていたとしたら……私の仕事が増えていたもの」
「あははは! そうですね!!」
私は笑うしかなかった。
「さっきも言ったけど、私にも庇いきれない限界はあるから。気を付けなさい。十三歳だからと言って、裁判所は容赦してくれないわよ」
「は、はい。反省しております……申し訳ありません」
やっぱりバレてた。
評価、ブクマ等をしてくださりありがとうございます
これからも応援をよろしくお願いいたします