第42話 隠れ信徒
「……どうかな?」
「……」
《場違いな芸術品》を見せられてから、一度場所を移し……
私はお屋敷にある応接間と思しき場所で、ステファノプロス選教候と向かい合って座っていた。
さすがは貴族の館と言うべきか。
我が家の応接間とは比べるまでもなく、広く、そして調度品の質も良い。
ついでに紅茶も美味しい。
私は口に着けていた紅茶をティーカップの上に置いてから、首を左右に振った。
「まず、何にあれを使うつもりなのか、聞かせていただいても?」
「ただの自衛のためだよ」
自衛、か。
自衛ということは、あれが武器であると心得ているわけか。
「自衛、ということは、武器であると知っていて私に修理せよと、おっしゃっているんですか?」
「ああ、勿論。……私は対象が武器か否かを見分ける“祝福”を持っていてね。まあ、武器か否かを見分け、そしてその性質が少し分かる程度なのだが」
「ならば、お分かりでしょう。……あれは“自衛”をするには、過剰ですよ」
自衛のための武器なら、剣でも槍でも弓でも弩でも用意すれば良い。
あんなものは、不要だ。
「勿論……しかし相手が同じものを用意しているのであれば、こちらも同じものを用意しなければならないだろう?」
……相手?
ああ、そういうことか。
読めてきたぞ。
「まさか、普遍教会を相手に戦争をするおつもりですか!」
「私もそこまで無謀ではない」
ステファノプロス選教候は私の問いを否定した。
が、しかし肩を竦めた。
「しかし相手がその気であれば、仕方があるまい」
「その気って……」
「普遍教会は我々の動きを弾圧しようとしている。それは当然、君も知っているだろう?」
「……」
確かに普遍教会はステファノプロス選教候の行動と主張と思想を、かなり警戒しているように思えた。
演説の時にもかなりの数の聖職者があの場にいた。
「ユタル人である君なら、分かるだろう? 普遍教会は信用出来ない。彼らは自らの組織を守るためならば、現体制の維持のためならば、どんなことだってする」
今でこそ、普遍教会とユタル人の関係はそれなりに良好だ。
しかしいつの時代も良好だったかと言えば、そんなことはない。
むしろ敵対していた時期の方が長い。
幾度も幾度もユタル人は普遍教会から厳しい弾圧に合い、時にはそれは暴力や財産の非合法な略奪、そして虐殺に結び付いた。
普遍教会はどこまで言っても、異端、もしくは異教の組織。
奴らは敵なのだ。
ユタル人は幼い頃から、そのことを叩き込まれる。
勿論、私もそうだ。
セリーヌさんのような人は、それ個人としては信用している。
だけれど、普遍教会そのものを信用するつもりはない。
……とはいえ、現在はかなり良好な関係になっているのも事実だ。
それに普遍教会は自分たちの組織や体制の維持ならば、どんなあくどいこともするが、しかし逆に言えばそれ以外のことに関してはさほど気に留めない。
人頭税を大人しく支払い、支配に従う姿勢を見せている限りは問題ないはずだ。
私のような一般人に限れば、の話だけれど。
「勿論、これは保険だ。まともにやり合えば普遍教会には敵わない。だから出来得る限り争いは回避するつもりでいる。それに今すぐということはないだろうしね」
仮に普遍教会の手に《場違いな芸術品》があり、ステファノプロス選教候だけが《場違いな芸術品》を持っていたとしても……
最終的に勝つのは普遍教会だろう。
動員できる兵力が違うのだ。
「……なるほど、そういうことですか」
「分かってくれたかな?」
「ええ。……ですが、この件はお断りします」
私ははっきりと、そう告げた。
するとステファノプロス選教候は……予想はしていたのか、柔らかい笑みを崩さず尋ねた。
「理由を聞いても?」
「普遍教会を敵に回したくないからです」
普遍教会に対抗するための兵器を修理する、ということはつまり普遍教会に喧嘩を売るということだ。
これは冗談抜きで火炙り案件だろう。
私だって、命は惜しい。
「そうまでして、やるメリットがありません。命はどんなディナル金貨よりも惜しい」
「それはどうかな? ……君は今の世界が、生き辛いと感じたことはないのか?」
唐突に何を言うのかと思えば。
私は首を左右に振る。
「別にありませんが……」
「それは嘘だな」
はっきりと、ステファノプロス選教候は断言した。
「普遍教会が、十二使徒派が支配するこの世界が、ユタル人にとって生きやすいはずがあるまい?」
「……」
まあ、それは、そうだけど。
「私がこれから築く国では、ずっと生きやすくなるはずだ。約束する。……そのために命を懸けるつもりはないかな?」
「本当に生きやすくなるなら、将来のユタル人のために一肌脱ごうという気持ちには、少しはなりますが……」
だけど、本当にそうなるという確証はない。
「私たちを迫害したのは、何も普遍教会だけではありません。それ以前の国々も……かつて存在した、古のエイギプトゥス王国だって、私たちを迫害しました」
「私はそんなことをするつもりはない」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
「私の国では、すべて皆、エイギプトゥスで生まれた者は『エイギプトゥス人』となる。それがユタル人であれ、グラキア人であれ、エイギプトゥス人であれ。信じる教えは違えど、我々は同じ言葉を、文化を共有し、そして同じ土地を、景色を愛している。違うかな?」
「それは……まあ、確かに、そうかもしれませんけれど」
ガリアに住むユタル人と、エイギプトゥスに住むエイギプトゥス人。
どちらの方が同胞か、と聞かれれば私はガリアに住むユタル人と答える。
が、多分話が合うのはエイギプトゥスに住むエイギプトゥス人だろう。
まず、ガリアに住むユタル人とは、言語が通じない。
ガリアに住むユタル人が話す言葉はおそらく、ガリア語だ。
でも私たちはアルム語のエイギプトゥス方言を離す。……これはエイギプトゥス地方に於いて支配的な言語だ。
同様に文化や習慣、慣習も違うだろう。
砂漠に住む私たちと、森や平野が多いガリアに住むユタル人では、根本から違うはずだ。
それにエイギプトゥスを、というよりはエスケンデリア市を愛しているという点も同じはずだ。
エスケンデリア市はユタル人にとって約束された土地ではない。
私たちはこの地では、異邦人だ。
しかしそれでも……ここは私の生まれた土地なのだ。
理性的には、教えが異なれば根本から違うだろうと否定できる。
だけど……否定し辛いのもまた、事実だ。
「でも、あなたは十二使徒派じゃないですか。十二使徒派に有利な国にしないという保証はないでしょう」
「……ふむ、確かに私は十二使徒派だ」
ステファノプロス選教候はそう言って頷いた。
が、しかし……
「だが……私は普遍派ではない」
「え?」
「私は、というよりはステファノプロス家は非教皇派の信徒だ」
イブラヒム教は大別して十二使徒派とユタル派に分かれる。
そして十二使徒派も、実は複数の派閥に分かれている。
十二使徒派の主流は普遍派(教皇派)であり、普遍教会はこれを正統としている。
一方、十二使徒派の中には普遍教会の指導を認めない派閥もある。
それは一纏めに非教皇派と呼ばれている。
しかしステファノプロス選教候が非教皇派だったなんて、知らなかった。
……というか、非教皇派なのに選教候になれるのか?
という疑問が顔に出ていたらしい。
ステファノプロス選教候は答えてくれた。
「信じられないのもムリはない。これは秘密のことだからね。……つまり隠れ信徒というわけだ。もっとも、黙認されているというのが近いがね」
つまり普遍教会はステファノプロス家が非教皇派の教義を信じていることを知っているわけか。
表向き普遍派として取り込むことで、お茶を濁している……ということだろうか?
「だから少数派に置かれる君たちの苦難はよく分っているつもりだ」
「……そう、ですか」
非教皇派は非公認異端の一つ。
一応公認異端とされているユタル派よりも、置かれている立場は厳しいだろう。
「それで、どうかな? 協力してくれないだろうか? 私は必ずや、君たちにとって住み良い国を作ってみせる」
「…………すみません。私には、勇気がありません」
私はそう答えるしかなかった。
確かに現状に不満はあるが……それ以上に今の安定を失う方が怖い。
「……そうか、それは、残念だ」
「本当に、申し訳ありません」
「いや、気にすることはない。ムリなことを頼んだのはこちらだ」
ステファノプロス選教候は柔らかい笑みを浮かべて言った。
「気が変わったら、いつでも来てくれ。それと……ここで話した内容は、秘密にしてくれないかな?」
「勿論。……主に誓って」
「それを聞いて、安心した」
そして私は後ろ髪を引かれながらも、屋敷を去った。
「兄さん、何を考えているんですか!」
「何を、とは?」
エウドキアに詰め寄られたステファノプロス選教候は首を傾げた。
彼はどうして自分の妹が、焦った表情を浮かべているのか分からなかった。
「あのユタル人の女が、私たちのことを話したら、我々は破滅しますよ!」
「心配には及ばない。彼女は信用のできる人物だ。……それに、ユタル人が『主に誓って』と答えたのだぞ?」
ユタル派はイブラヒム教最古の教えを、古い神との契約を数千年に渡って守り続けている派閥だ。
故にその敬虔深さは他の宗派と比べものにならない。
ユタル派の言う『主に誓って』という言葉は、約束を守る時の最上位の言葉だ。
商売や借金の契約書を交わすときであっても、ユタル派は『主に誓って』とは言わない。
『主に誓って』と口にしたことを破るのは、地獄に落ちることを意味するからだ。
そう簡単に主に誓うことはできない。
それを口にした以上、ショシャナは必ず約束を守ってくれるだろう。
ステファノプロス選教候はそう信じていた。
「何を甘いことを……異端者の言うことなど、信じられません!」
「エウドキア、前々から何度も言っているが……ユタル派は、ユタル人は同胞だ」
「いいえ、兄さん。同胞は非教皇派のグラキア人だけです」
「全く、兄さんは甘い……甘すぎる!」
自室に戻ったエウドキアはブツブツと呟く。
そして一年ほど前のことを思い出す。
「あの時、誘拐が成功していれば、こんなことには……」
そう言って爪を噛む。
このままでは、間違いなく、あのユタル人は友人の普遍教会の聖職者に告げ口するはずだ。
だから、その前に……
「消さなければ」




