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第37話 王様


「んぅ……どうしてさっきから、私のことばかり聞くんですか?」


 若干、ふわふわとした心地で私は尋ねた。 

 少しお酒が回ってきたかもしれない。


「あんたの話を聞きに来たんだから、当たり前でしょう?」

「……どうして私の話を?」

「みんな気になっているからよ」


 幼馴染同士、日頃からやり取りがあるので互いの近況は知っている。

 知らないのは引っ越してしまったシメオンと、それ以来疎遠気味になっていた私だけ、ということか。 

 シメオンからはすでに話を聞いたから、あとは私だけ……


 うーん、そう説明されると筋が通っている気がする。


「あんた、五年前から急に付き合いが悪くなったじゃない」

「私は昔から“付き合い”が悪いですよ。無理矢理、誘ってくる人がいなくなっただけです」


 それは主にシメオンのことで、次にデボラのことだ。

 シメオンは引っ越してしまったし、デボラは私と接触してくることが減った。


「いや……だって、あんた、忙しそうにしてたじゃない。……本格的に魔導技師としての修行を始めてたみたいだし」


 私が父から魔導技師としての技術を本格的に習い始めたのは五年前から、シメオンが引っ越す前後だ。

 ほかにもいろいろと勉強を始めたのがその時期だ。


「それに、時間ができたのかなーって思ったらあんなことになっちゃうし……」


 あんなこと?

 ……ああ、父が亡くなったことか。

 確かにあの時は一通り技術は教わり、もう教えられることはなくなったので、時間的余裕はあった。


 父が亡くなってしまったので、どうにもならなくなったが。


「まあ、とにかく! ほかにもなんか、あるでしょう? 面白い話が」

「面白い話、ですか……」


 最近、変わったことと言えば。

 パーティーに出席したことくらいか。


「……パーティーに行きましたね。ねぇ、シメオン」

「ん? ああ、そうだな」


 口に揚げた芋を咥えながらシメオンは頷いた。

 人が集中砲火を受けている時に助けず呑気に芋を食べているとは……薄情者だ。


「何のパーティー?」

「市議会議員のアブドゥル・サイードさんです。うちのお客さんなんですよ」


 と、私が答えるとみんなやや驚いた様子だった。

 新任の司祭だとか、超凄いお貴族様とかよりも、地元の偉い人の方が割と身近で、その地位の高さに実感が持てる……ということだろうか?


「その時にセリーヌさんやシャルロットさんに化粧とかを教わりました」

「なるほど、急に可愛くなったのはそれが要因ね」


 それには少し語弊がある。


「私は昔から可愛かったです。あなたたちが最近、気付いたというだけですよ」

「あんたねぇ……ああ、そう言えばあんたはそういう性格だったわね」


 やや呆れ顔のデボラ。

 ナルシストなのは自覚しているし、直す気はない。


「それにしても、あんた、最近人脈広いわね。他に面白い人はいる?」

「あー、そう言えば、ステファノプロス選教候とも知り合えました」

「「「おお!」」」


 若干のどよめきが上がった。

 ステファノプロス選教候は今、一番このエスケンデリア市で有名な男だろう。

 彼が主導するエイギプトゥス王国復興運動はみんな知っている。


「良いなぁ……ステファノプロス候とお話したなんて、羨ましい……」

「はぁ……?」


 私は思わず首を傾げてしまう。

 

 エイギプトゥス王国は百年ほど前に存在したグラキア人の王国だ。

 グラキア人、というの内海系人種の、エイギプトゥス地方から北へ海を超えたグラキア半島に住んでいる、もしくはそこにルーツを持つグラキア語の話者のことだ。


 エスケンデリア市は元々グラキア人の植民都市で、この都市を中核にその他沿岸部のグラキア植民市を糾合、さらに内陸部へとその勢力を広げて成立したのがエイギプトゥス王国である。


 支配民族はグラキア人だが、人口の大多数は内陸部に住むエイギプトゥス人や、南部のヌブ人で構成されていたらしい……というか必然的にそうなるのだが。


「ステファノプロス選教候の支持者なんですか?」

「支持者……っていうほどじゃないけど、ファン? ちょっと応援しているのよ。みんなもそうよね?」


 デボラがそう言うと頷く人が数人。

 うーん、ちょっと分からない。


「あなたたちって、十二使徒派でしたっけ?」


 エイギプトゥス王国は十二使徒派の王国だ。

 エイギプトゥス王国が復興したとしても当然それは十二使徒派の王国なわけで、私たちに得など一切ないんじゃないだろうか?


「まさか、ユタル派のユタル人よ。まあ、私の父親は十二使徒派だけど……私自身はユタル派よ」

「じゃあ、どうして?」

「逆に聞くんだけど、王様が欲しくないの?」


 王様。

 私たちユタル人も……千年以上大昔には自分たちの王を持っていた。

 ユタル派の、ユタル派による、ユタル派のための王国を建て、ユタル派の国王を戴くことはおそらく全ユタル人が焦がれる夢だろう。

 今ではユタル人は世界中に離散しているため、叶わぬ夢だが。

 

「勿論、ユタル派の王様なら、私たちの王様なら、欲しいですよ? でもステファノプロス選教候は十二使徒派です」

 

 私がそう言うと、少し馬鹿にするようにデボラは笑った。


「頭が固いわねぇー」


 イラッ。

 

「事実を言っているだけですよ。彼が王国を復興して王となっても、それは私たちの王ではありません。彼はグラキア人、エイギプトゥス人、ヌブ人の王に成り得ても、私たちの王にはならない。違いますか?」


「ダメね、ショシャナ。その考えは遅れているわ」


「どう、遅れていると?」


「グラキア人も、エイギプトゥス人も、ヌブ人も、そしてユタル人も、エイギプトゥスに住んでいるならみんな等しく“エイギプトゥス人”よ」


「そんなわけないでしょ」


 私はお酒を口に運ぶ。

 ん……頭がクラクラする。ちょっと気持ちが良い。


「誰がそんなことを言ったんですか?」

「ステファノプロス選教候よ。みんな、そう言っているわよ。ねぇー」

「「「ねぇー」」」


 みんなって、具体的に誰だ? 私の周囲にそんなことを言う人はいないぞ。

 私は横にいる芋野郎に尋ねる。


「シメオン、知ってました?」

「知らないし、興味もないし、考えたこともない」


 だよね。

 まあ、シメオンがそう思うということは私の感覚は決しておかしくはないはずだ。

 実際、シメオン以外の男共もうんうんと頷いている。


 私たちがエイギプトゥス地方に住んでいるからといって、そこに成立した国の構成員に私たちがなるはずもない。

 国は土地じゃない。人の集まりだ。

 そして人は住んでいる土地で決まったりしない。

 エイギプトゥス地方に住んでいるからといって、“エイギプトゥス人”になるはずがない。


「百歩譲って、“エイギプトゥス人”……あー、口で言うと分からないので“統一エイギプトゥス人”としますが、そんなものがあるとして、結局十二使徒派の国じゃないですか」


「ダメねぇー、ショシャナ。あなた、啓典をちゃんと読んだことある?」


「当たり前でしょう。馬鹿にしているんですか?」


 まあ、識字率の関係で案外啓典を読んだことがないイブラヒム教徒は多いのだが。

 私は読んだことがある。


救世主(マスィーフ)は分かるわよね?」

「油を塗られた者、でしょう?」


 神から遣わされた、イブラヒム教徒を救済してくれる存在である。

 預言者とは微妙に違う。

 啓典の時代には何人かいたらしいが……ここ千年では現れていない。勿論、自称している偽救世主はいるが。


「その中には解放王がいるじゃない」

「あー……そういうことですか」


 解放王。

 奴隷として囚われていたユタル人を解放してくれた解放してくれた、異教徒(・・・)の王様のことだ。

 異教徒ではあるが、古代ユタル人は心の底から感謝したらしく、啓典で彼のことを救世主であると記している。


「それにステファノプロス家はあの解放王の祖先らしいじゃない」

「それは嘘だと思いますが……」


 何千年前だと思っているのやら。

 そもそもエイギプトゥス王国自体も一度レムラ帝国に滅ぼされているわけで、そのあとに成立したエイギプトゥス王国と啓典時代の解放王との繋がりは皆無だろう。


「で、ステファノプロス選教候はどういう政策を掲げているんですか?」

「知らないわよ」

「はい?」

「知るわけないじゃない。そんな、小難しいこと」


 詳しく聞くと、ステファノプロス選教候が目指す国の実像を分かっている人は一人もいなかった。

 いやいやいや……


「じゃあ、何で支持しているんですか?」

「うーん、カッコいいから? それになんか、凄そうじゃない?」

「大人の魅力みたいなのがあるわよね」

「それに頭も良さそうだし」

「言っていることは難しくてよく分らないけど、普遍教会よりはマシだわ!」

「えぇ……」


 どうやら女子勢はみんな、“顔がカッコいい”という理由でステファノプロス選教候を支持しているらしい。

 確かに……まあ、そこそこ整った顔立ちだとは思うけど。

 いやでも……


「顔で王様を決めちゃダメだろ」

「だよなー」

「そもそも大して実績はないだろ? 口で言うだけなら誰でもできる」

「異端者だしな」

「別に言うほど美形でもなくね?」


 シメオンを始め、男共が私が言いたいことを言ってくれた。

 ちょっとだけ嫉妬が混ざっているような気もするが、しかし顔で政治家を決めてはダメだろう。

 昔はシメオンと愉快な悪ガキたちだったのに……

 

 意外にというのは失礼だけど、考えてるじゃないか。


「どうせ王様にするなら、あんな胡散臭いおっさんよりも、可愛い女の子が良いよな!」

「あー、分かる、分かる。俺は司祭様を推すぜ!」

「司祭様、良いよな! 普遍教会は嫌いだけど、司祭様は美人だから許せる」

「実績もあるもんな! 救世主ってほどじゃないけど、自治会のクソ野郎共を罰してくれたし!」


 前言撤回。

 こいつらもダメだ。

 どうせ、セリーヌさんの「あれで司祭は無理だろう」な胸とお尻しか見ていないんだろう。


「シメオンはどう思います?」

「え、俺? いや……まあ美人だとは思うけど」

「ふーん」

「ま、待て……思うけど、王様は違うだろ、王様は。王様に必要なのは、中身だろ?」


 良かった、シメオンはまともなようだ。

 そう言えば……セリーヌさんはどういう政治哲学を持っているのだろうか?

 

 将来的に枢機卿、教皇を目指すのだからそういうものを持っていてもおかしくはないけれど。


 今度、聞いてみようか。


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