第36話 同窓会
「……あと二か月で一年になりますね」
ポツリと私は溢した。
「一年? 何がだ?」
「今は四月。二か月後には六月……父の命日です」
シメオンの表情に納得の色が浮かんだ。
同時にやや心配そうな顔つきになる。
「そんな顔をしないでくださいよ。もう、受け入れましたから」
「そうか? なら、良いんだが……」
「それに命日の二日後は私の誕生日ですしね」
まあ、去年はいろいろとゴタゴタしていたせいで何も祝えなかったのだが。
「何か、プレゼントはいるか?」
「プレゼント? ……それは十二使徒派の慣習じゃないですか?」
一応誕生日を迎えたら「おめでとう」くらいは言うが、プレゼントを贈ったりはしない。
精々、食事が少し豪勢になる程度だ。
「俺は北方で冒険者をしてたから、そういう習慣が身に付いちまったんだよ。別にいいだろ? 誕生日に贈り物をしちゃいけないなんていう教義はないぜ」
「まぁ……それもそうですね」
そういう慣習がないことと、それをしてはいけないのは、全く別次元の問題だ。
くれるというなら貰っておこうじゃないか。
「で、何か欲しいものはあるか?」
「特にないです。……シメオンのセンスに任せますよ」
私が少し笑って言うと、シメオンは頭を掻いた。
「何でも良いが一番困るんだけどな……」
「まあ、常識の範囲内のものであれば、何だって嬉しいですよ」
変に奇をてらったものとかを贈られると、反応に困るけれど。
あと、「ショシャナは魔導技師だから、新しい工具を買ったぜ」とか言われても少し微妙な気持ちになる。
ありがたいにはありがたいが、贈り物で仕事道具は貰いたくない。
……ふむ、こう考えてみるとそんなに何でもよくないな。
まあでも、ここはシメオンの“常識”に期待しよう。
「そうか? まあ、考えて置くよ」
それからシメオンはポン、と何かを思い出したように手を打った。
「そうそう、ショシャナ。次の第六曜日、予定はあるか?」
「ありませんけど……でも、夕方はダメですよ?」
第七曜日の安息日は労働ができない。
そして家事も立派な労働だ。
そういうわけで第六曜日の夕方には、最低限の準備をしなければならないのだ。
「そりゃあ、そうだ。まあ、昼だな。正午から午後だ。デボラたちがお前と話をしたいと言っているんだ」
「ああ……そう言えば、食事をしようという約束をしましたね」
デボラ・ハーシム・ナタン。
一応、私にとっては幼馴染になる少女だ。
年は十五歳、父はユタル派ではないが、母と祖父はユタル人だ。
実家は高利貸しを営んでいて、そこそこお金持ちだ。
そのためか、それとも本人の気の強さと面倒見の良さからか、同年代の少女たちのリーダー格だった。
あぶれ気味だった私にも積極的に声を掛けてくれた。
まあー、親切心やお節介というよりは、半分くらい喧嘩を売られていた感じではあったのだが。
私なんて放っておけば良いのに、どういうわけか私に突っかかってきていたのだ。
うーん、でもここ数年はそういうことはなかったな。
それっきりすっかり疎遠になっていたが。
いつ頃だったか……あー、そうか。
シメオンが引っ越してからか。
彼女のことは正直よく分らないのだが、まあお互い今は大人だ。
過去の喧嘩を今ここで持ちこしてくるということはあるまい。
「うん、良いですよ、予定を空けて置きます。シメオンも来るんですか?」
「まあな。俺とお前含めて、男五人、女五人って感じだ」
なるほど。
その人数だと、来る人間はかなり絞れてくるな。
私は過去の記憶を引っ張り出し、顔と名前とそれぞれの交友関係を思い出しながら思うのであった。
さて、当日。
「……随分と、気合いを入れているな」
「そりゃあ、もう、戦いですから」
化粧をし、香水をつけ、髪を編み、一張羅を着て、アクセサリーを身に着けた私は頷いた。
最近はそこそこ見た目に気を使うようになった……
と言っても普段は適当に化粧水と粉をつけて、リップクリームを塗るだけだ。
髪は軽く整えるだけ、衣服はみっともないものを着て、アクセサリーは身に着けない。
やっぱり面倒だからだ。
が、しかしちゃんとした外出というのであれば、ちょっと気合いを入れる。
「戦いって……何と何で戦うつもりだよ」
「シメオンには分からないでしょうね」
異性が五人いて、そこへ女が五人集まれば、表面ではニコニコしていても内心ではちょっとした牽制があるのは自明だ。
まあ、セリーヌさんやシャルロットさんのように気心が知れた相手ならば別にそんなくだらないマウント合戦はやらないのだが。
今回会う相手は、親しいけれど、気心は知れていないから。
水面下の小競り合いは必然だ。
「じゃあ、シメオン。エスコートをお願いできますか?」
「エスコート?」
「ハイヒールを履いているので」
私がそう言って手を出すと、シメオンは照れているのか、顔を少しだけ赤らめた。
そういう反応をされると私も少し恥ずかしくなってしまう。
「分かった。手を出しな」
「ありがとうございます」
ギュッと、私はシメオンの手を握った。
待ち合わせ場所にはすでに八人が集まっており、私たちが最後だった。
私は笑みを浮かべ、八人に向かっていった。
「お待たせして、すみません」
勝ったな。
私は女子四人を見て、そう確信した。
見た目とか、服のセンスとかも勿論だが、何より重要なのはシメオンに手を引かれてやってきた、という点である。
強烈なジャブを打ち込んでやった。
彼女たちも強烈な一撃を貰ったと思っているのか、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ表情が変わった。
まあ、男共はそれに気付かずに鼻を伸ばしているのだが。
「ねぇ、ショシャナ」
中心人物、デボラが若干ニヤっと笑いながら私に呼びかけた。
私は表面では笑顔で、内心では少し身構えながら尋ねる。
「何でしょう?」
「あんたさ」
「はい」
「シメオン君と付き合ってるの?」
……付き合っている?
付き合う?
それは……えー、一般的には男女の交際で。
つまり、恋人同士かと、聞かれているのか?
私は顔がカッと熱くなるのを感じた。
間抜けなことに、そういう発想は一切、なかったからだ。
「そ、そ、そんなわけ、ないじゃないですか!」
「でも、手を引いて貰っていたじゃない? 仲良さそうだなぁーって」
「ち、違います! ね、ねぇ、シメオン。別にそんなんじゃ、ないですよね?」
「何の話だ?」
シメオンは首を傾げた。
どうやら男共と話すのに夢中でこちらの話を聞いていなかったらしい。
この野郎……いや、これはむしろ良いことか。
恋人? はぁ? ちげぇよ。
なんて真顔で言われたら、私は全力疾走で逃げださなければならないだろう。
「ハイヒールを履いていたから、手を引いてくれていたんですよね?」
「ん? まあ、そうだな」
「そういうことです、分かりましたか!」
「ふーん」
ニヤニヤとデボラは笑った。
な、何だ、その顔は……
「まあ、そういうことにしておいてあげるわ。後で根掘り葉掘り、聞けるしね」
「根も葉もないです!」
っく……強烈な反撃を浴びせられてしまった。
私たちは安そうなお店に入った。
選んだ席は個室……いろいろと積もる話をしようということだろう。
そんなに目立ちたくないので隅っこの席に座り、隣にシメオンを配置して弾避けにしようと私は目論んでいたのだが……
「ねぇねぇ、《場違いな芸術品》を取り扱っているって本当?」
「司祭様と仲良しって聞いたけど、本当なの?」
「シメオン君を雇っているらしいね」
「婚約しているって事実?」
「同棲もしているって聞いたけど」
何故か私は集中砲火を受けていた。
しかも何故か、私とシメオンの関係に関する質問が多い。
これは、あれか?
みんなで結託して私を倒そうっていう作戦なのか?
「ま、待ってください……いろいろと、誤解があります」
「顔が真っ赤ねぇー、大丈夫? ショシャナ」
「う、うるさいです……」
ニヤニヤと笑いながらデボラは言った。
私は小さくなって、チビチビとお酒を飲む。
この女はこうやって、昔から私をいじめてたのだ。
昔と全く変わらない……いや、やり口がより陰湿になった気がする。
「《場違いな芸術品》は本当です。司祭様とも、仲良くして頂いています。シメオンは雇っていますが……別に、全然、そういう如何わしい関係では、一切ありません! そうでしょう、シメオン」
「そ、そうだな……うん……でも別にそんなに必死になって否定しなくても良いじゃないか……」
「あ、いや、別にあなたのことが嫌いというわけじゃなくてですね、ただ事実誤認を晴らそうとしただけであって……」
「ふーん、嫌いじゃないってことは、何? 好きなの?」
「あ、あなたは黙っていなさい!!」
横から口を挟むデボラに対し、私は思わず怒鳴った。
が、しかしこの女は一切怯まず、わざとらしく肩を竦めた。
「そんなにムキになって否定しちゃって……でも、シメオン君があんたの家に住んでるんじゃないかってのは、ちょっと目撃情報があるんだけど、本当に違うの?」
「違います! ……まあ、風邪を引いた時に看病してもらったので、それは多分、その時でしょう」
あとは最近、ゲームで遊んだことだが。
……二人で夜更かしして遊んでたなんてのは、言わない方が良いだろう。
「やっぱり、あんたの家に泊まったのね。一つ屋根の下で過ごしたの」
「そ、その言い方は……」
「間違ってるの?」
「間違っては、ないですけど……っく……そうです! 過ごしましたよ!! 一晩、看病をして頂きました!!」
やり込められてしまった私は、自棄になるようにお酒を飲むのであった。




