第35話 科学と技術
「ところで、カセットってのが必要なんだろう? あるのか?」
ソファーに座ってからシメオンは言った。
もちろん。
「ええ、ありますよ。ほら、以前にパーティーに行ったでしょう?」
「そうだな」
「その時に、大勢の《場違いな芸術品》愛好家と交友が深まったおかげで、少しだけ入手が簡単になりました」
まあ大半はちょっと壊れていたりするのだが、一部無事なものもある。
数撃てば当たる、とは微妙に違うが……ゴミ山の中には宝が一つは混じっているものである。
「……と言っても、一つしかないんですけどね」
私はカセットを入れながら言った。
いつかは壊れたカセットも修理できるようになりたいが……さすがに難しいかな?
「で、どういうゲームなんだ?」
「私もまだ遊んでないので分からないんですけど……説明書を“祝福”で読んだ感じですと」
「うんうん」
「水道工事のおじさんが亀の魔王を倒しに行くお話があるでしょう?」
「あったな」
「あのおじさんが馬車に乗ってレースをします」
「意味不明だな」
私も良く分からない。
まあ、良いじゃないか。
私はテレビの電源をつけ、ゲーム機のスイッチを押し、ゲームを始める。
「良かった。ちゃんとつきましたね。あ、操作方法は分かります?」
「あのファミコンとかいうのと変わらないんだろ? なら、まあ何とかなる」
「そうですか。まあ、実は私も全然分からないので、お互い、手探りでやりましょう」
そいうわけで、早速レースを始める。
「画面は分かれているんだな。上が俺で、ショシャナが下か。あ、見つけたぞ。あれがお前だな」
「ええ、そうです……って、ぶつかってこないでください!」
「いや、これってそういう遊びなんじゃねぇの?」
「まだ私は初心者なんです!」
「それは俺もだ」
と、最初の一時間はお互い手探りだったのだが、徐々に操作にも慣れてくる。
ちゃんとした“勝負”ができるようになる。
「っく……負けた」
「また俺の勝ちだな」
「……ちょっと、待っててください。集中します」
私はそういうと煙管を取り出し、甘煙を吸う。
思考が澄み渡り、集中力が増す。
よし!
「ボコボコにしてやりますよ」
「……いや、それは反則だろ」
うるさい。
とにかく、負けたままは悔しいんだから!
さて、早速コントローラーを手に取る。
意識が画面の中に吸い込まれていく。
まるで私自身が画面の中のおじさんになったような気分で操作をする。
そして……
「よし、勝った!」
「あのさ、ショシャナ」
「何ですか?」
なぜか、シメオンの顔が少し赤い。
どうしたんだろう?」
「曲がるたびに、お前自身も曲がるのやめてくれ。その、あれだ。体が接触する」
ほんの少し、私の頬が熱くなった。
勝負に熱くなりすぎてしまったことを反省し、私とシメオンはのんびりと遊ぶことにした。
冷静に考えてみれば、別にお互い、勝ったところで何かあるというわけではないのだ。
「しかし、凄いな」
「何がですか?」
「これを作った“異世界”人と、これを修理したお前だよ。凄い科学技術だ」
科学技術、か。
うーん、それはどうなんだろうか?
「これを科学技術と定義して良いかは、議論の余地があります」
「どういうことだ?」
「科学技術って、シメオンは何をイメージします?」
今では操作も慣れ、お互い話をしながらも遊べる程度にはなっている。
しかしシメオンは強いな……
いや、私が弱いのかな?
「魔導具だろう? 違うのか?」
「いえ、そうですよ。魔導具は立派な科学技術の成果です。あと、現代の魔術も科学技術の結晶です。つまり、科学が応用された技術を科学技術と言います」
「魔術で動いているから、このゲームは科学技術じゃないってことか?」
「いえ、魔術は科学の一分野でしかないので、そういうことではありません」
私は首を左右に振った。
さて、どう説明したら良いものか……根本的な話から始めるか。
「まず、科学と、技術と、科学技術の違いって判ります?」
「うーん……何となくは分かるが、口で説明するのは……」
「簡単に説明しますと、科学というのは体系化された学問です。自然科学、人文科学、魔導科学と分けられますね。そして基本的には……」
「基本的には?」
「役に立たないものです。まあ、普遍教会は科学探求によって主の意図を推し量れると主張していますが……私はそういう考えには、ちょっと疑問がありますね」
主が世界を創造した時に、唯一にして普遍の法則を創った。
それを知ることで人間は自然を制御できるようになる。
というのはまあ、分かるのだが、しかしだからと言って主の意図が推し量れるとは思えない。
主のお考えは人間に分かるようなものではないと思うのだ。
だから我々は予言者イブラヒムの教えに、可能な限り忠実に生きれば……おっと、話が逸れた。
「科学というのは、基本的には暇な人がやるものです。役に立ちませんからね。大昔では異教徒の哲学者たちが、少し昔は修道院の修道士が、現代では聖職者や大学の教授たちが、まあ何の役に立つのか分からない議論をしているわけですよ」
「なるほど……で、技術ってのは何だよ」
「技術は役に立つものですよ。製鉄とかは典型的な技術でしょう?」
暇人がやるのが科学なら、技術は忙しい人が自分の生活向上のために研鑽するもの。
まあ、つまり職人たちの営みだ。
「つまり、科学と技術は全くの別物ってことか?」
「まあ、そういうことです。二つが結びついて科学技術として認知されるようになったのは最近でして……例えば、最近の魔導具や魔術です。昔の魔導具というものは魔導技師たちが手探りで、経験則で作り出したもので、作っている本人たちはどうしてそうなっているかは知りませんでした。魔術も同様です。魔術師たちはどうしてこういう現象が起こるのかは、認知していなかったんです」
もっとも、技術というのは役に立てばよいのだから、その理屈など、知る必要はないのだ。
呼吸するために呼吸する原理は不必要なのと、まったく同じだ。
「最近になって魔導科学が発展し、魔術法則が体系化されるようになりました。それが取り入れられて、初めて魔導具や魔術は科学技術になったんです」
他に例を挙げるとすれば医療だ。
現在の医療は“医学”として、普遍教会がより力を入れて研究・開発が行われている科学技術だ。
医者=聖職者という図式が成立するほどだが……大昔はそうではなかった。
むしろ大昔のイブラヒム教十二使徒派は医者を蔑視していたらしい。
なぜかと言えば、場合によっては医者に掛かる方が重体になることがあったからだ。
大昔の医者は自分たちの医療行為の原理などを一切気に留めなかった。
つまり一切の根拠がなかったのだ。
ちゃんとした経験則ならば信用できるが……まあ大抵は迷信の、酷い代物だったらしい。
カエルを丸のみにすれば熱が下がる、とか。
しかし時の普遍教会のある人物が――当時は“普遍”教会があったかどうかはちょっと怪しいのだが――、まともな医者や学者を集め、“医療科学”の研究を始めた。
この時、初めて医療は科学の分野になり、そしてちゃんと根拠のある科学技術に昇格したというわけだ。
普遍教会は教義を捻じ曲げて恣意的に運用するところがあるが……まあ肯定的に見れば現実主義的とも言える。
彼らのそういう態度のおかげで、私たちはまともな医者の治療が受けられるわけだ。
その人物が医療の研究をしてくれなければ、風邪を引いたとき、私はセリーヌさんにカエルを飲まされていたかもしれない。
そう思うと……ゾッとするな。
「で、このゲームが科学技術じゃないというのは、どういうことだ? 経験則でできているのか?」
「科学技術じゃない、のではなく、科学技術かどうかは私には判別できないということですよ。私の“祝福”では表面的な原理や仕組みしか分からないんです」
Aを入力すればBが出力される、ということは分かる。
しかしなぜAを入力するとBが出力されるのかが分からない。
それが私の“祝福”の限界だ。
「つまり、これがちゃんとした学問体系、科学の上に立脚されているのか、それとも経験則で作られたかはわかりません。……まあ、これだけ高度なものなら、科学技術の代物だとは思うんですけどね」
そして仮にこれが科学技術の代物であったとしても、これを修理した私は、“祝福”と経験則を利用して――つまり単なる技術で――いる。
だからこれが科学技術かと言われると、ちょーっと怪しいというわけだ。
「そういえば……普遍教会との《場違いな芸術品》の研究って、どうなっているんだ?」
「まだ始まってませんよ。研究の仕方も決まっていなければ、予算も降りてないそうで……」
研究できれば、解明できれば面白いとは思う。
でもなぁー、どうやって研究すれば良いのやら。
ちょっと、高度過ぎやしないだろうかと私は思うんだけどね。
「これを研究することで、主の意図が分かると思います?」
「“異世界”人の意図は分かるかもしれないが、主の意図は難しいんじゃないか?」
だよねー。
……あ、負けた。




