第33話 商才のない職人
「まず、これって本来は手紙のやり取りをする道具なのよね?」
「ええ、声も伝えられるらしいですよ」
「それは凄い……けど、できないのよね?」
「できないです」
セリーヌさんは腕を組んで、悩み始める。
本当に手紙のやり取りがこれでできるなら、商人相手に売れるのだが。
「……現状だと、ただの面白い玩具でしかないわね。これ、紙に移すことはできないのよね?」
「みたいです。少なくもこの道具にはそういう機能はないです」
もしかしたらそういうことができる道具もあるかもしれないが、私の手元にはない。
「うーん、エネルギーがないと見れないようじゃあ不便過ぎるし……まあそれでも好事家は買うんでしょうけど、一般需要となると厳しいわね」
セリーヌさんは渋い表情を浮かべている。
私も同様の結論に至ったのだ。
こんな玩具、一般人は大金を支払って買わない。
「そうですか? 顔も景色も、そっくりそのまま写せるって、すごくないですか?」
「凄いわよ。革新的だと思うわ。でも、何の役に立つかって、話よ。景色を切り取るだけなら、写実画で良いじゃないかって言われたら、反論できないわよ」
セリーヌさんの言う通りだ。
これが紙に写せるなら書類とかに貼りつけられるので有用性はそこそこあるのだが、この道具を通さないと使えないようじゃね。
いや、まあ……そもそも自分自身の「顔」が必要となる書類なんて滅多にないけど。
それこそ、お見合いの時か聖職任用試験を受ける時くらいか。
少なくとも一般人に需要はない。
「他に何か、特色はないの?」
「あー、そう言えば……実はいろいろ機能がありまして」
私はそう言ってから再びセリーヌさんの顔を撮った。
そしてその写真を見せる。
するとセリーヌさんは眉を潜めた。
「うぇぇ……なにこれ、気持ち悪い……目がギョロってなってるじゃない。……まさか、今の私ってこういう顔になっているんじゃないわよね?」
「いえ、そういうわけではなくてですね。撮った画像を加工することもできるみたいなんですよ」
「こんなギョロ目にする意味あるの? 不快なんだけど……」
「さあ……面白い顔にして遊ぶんじゃないですか?」
私とセリーヌさんが“加工”する意味について考えていると、シャルロットさんが口を挟んだ。
「そういう顔が“異世界”では美人なのでは? ほら、よく見ると目以外にも肌がツヤツヤに、そして真っ白になっているじゃないですか」
「ん……まあ、言われてみれば漂白剤に付け込んだみたいになっているわね」
なるほど、セリーヌさんの肌は元から綺麗だからあまり気付かなかったが……
つまり“盛る”機能があるわけか。
「これ、売りにできませんかね?」
「……これこそ、写実画で良くない?」
あ、それもそうか。
そもそも“真実”を写し取れるという点が、写実画と写真の決定的な違いなのに、“捏造”できるのであれば、それこそ写実画と変わらない。
「それを考えると、なんというか……こんな凄い技術を使って写実画と同じことをするなんて、“異世界”人も頭悪いんですね」
「もしかしたら絵を描くのが下手なのかもしれないわよ?」
などとセリーヌさんと話していると、やはりシャルロットさんが渋い表情を浮かべている。
せっかくなのでその顔を写真で撮影する。
まあ、撮影したところで特に役には立たないけれど。
「写真以外に機能はないんですか?」
「そうですね……一応、ゲームも中に入っています」
ゲームにも二種類あって、“通信”を利用するものと利用しないものがある。
後者であれば、私たちでも遊べる。
「でも、それはスマートフォン次第なんですよね。入っているか、入っていないか、どんな種類が入っているかは」
「まあ……そもそも、高いお金を出してまで一般人はやらないでしょ。この家にある、えーっと、ファミリーコンピューター? だっけ? くれるって言うなら喜んで貰うけど、金貨何枚を支払えって言われたら正直馬鹿らしいわよ」
「言っておきますが、非売品です」
「分かっているわよ。……売らないでよ? 売られたら、私たちができなくなっちゃうし」
「もっと良い物が見つからない限りは売りませんから、安心してください」
うーん、しかし考えれば考えるほど役に立たないな。
“異世界”人はこの機能を何に使っているんだろうか?
少なくとも、生きていくには不要だと思うんだけど。
「家の方にいないと思って来てみれば、何をしているんだ?」
ふと、声が掛かった。
振り向くと葉巻を口に咥えたシメオンが立っていた。
「今日、あなたは休みですけれど、どうしましたか?」
「知り合いから野菜を貰ってな。お裾分けに来た」
そう言ってシメオンは野菜の詰まった袋を床に置いた。
これはありがたい。
しばらくは野菜に困らなそうだな。
「ショシャナ、どうして彼は当たり前のようにあなたの家に入ってきているの? ……鍵を閉め忘れたとか?」
「どうしてって、シメオンは合鍵を持ってますから」
私がそう言うと、セリーヌさんとシャルロットさんは顔を見合わせた。
何だ、おかしいか?
私がいないとお店に入れないようじゃあ、シメオンも不便じゃないか。
「で、三人揃って何を見て……お見合いか」
三人で見ていたスマートフォン、の下に敷いてあったお見合い関係の書類を見てシメオンは暗い声で言った。
どうして落ち込んでいるのか分からない。
クビになるかもしれないとか、考えているのだろうか?
「……で、お前は、その……どうするつもりなんだ?」
「今回は見送ります。特に急いで結婚したいと思うほどの人はいませんでしたので」
「そ、そうか……」
どこかホッとしたような表情を浮かべる。
変なやつだ。
「じゃあ、何をしているんだ?」
「このスマートフォンについて話し合ってました」
と、私が事の経緯を話すと、シメオンは眉を顰めた。
そして一言。
「頭は良いのに、馬鹿なんだな、あんたらは」
「……どういうことですか」
馬鹿扱いされれば、さすがにムッとする。
セリーヌさんも同様で僅かに眉を顰めた。
シャルロットさんは笑っているだけだが。
「マタティア家具店の家具って、持っているか?」
マタティア家具店の家具はうちでも取り扱っている。
最近はシメオン経由でちょっとお得に仕入れることができるようになったので、この場合、シメオンが尋ねているのはセリーヌさんとシャルロットさんだろう。
私は煙管を口に咥えながら、二人の返答を見守る。
「マタティア家具店の家具ですか。有名なブランド品ですね。……そういえば、セリーヌ様、数年前に骨董品屋で偽物を掴まされましたよね?」
「う、うるさいわね……三分の一の値段だって言われたんだから、しょうがないじゃない」
「無理して見栄を張ろうとするから……」
「家具なんて、使えれば良いの! ブランド品だろうが、そっくりの偽物だろうが、機能は同じじゃない!」
三分の一の値段と言われたら、普通は逆に怪しむと思うのだが。
どうやらセリーヌさんは調度品を見る目がないらしい。
「へぇ、よく分ってるじゃん、司祭様」
「……馬鹿にしているの?」
「してねぇよ。……俺がマタティア家具店の子供だって話は以前にしたな? あんたの言う通りだぜ。棚も、テーブルも、椅子も、うちのブランド品であっても、それそっくりの偽物であっても、それほど大きく変わらない」
……まあ、それはみんな内心で思っていることだと思うけど。
家具店の息子がぶっちゃけて良いのだろうか?
シメオンは葉巻を吸いながらなおも続ける。
「何が言いたいのかって、言うとだ。商品の需要や価値ってのは、作るものなんだよ。どんな凄い商品でも需要や価値を作り出せなければ売れない。逆にどんなゴミだって、需要や価値を作り出せれば売れる。簡単だろ?」
うーん、それは極端じゃないか?
魔導技師としてモノ申したくなる。
「でも、魔導具は生活必需品ですよ? みんな必要だから買うし、修理も依頼してくれる。それで私は食べています」
私がそう言うと……シメオンは鼻で笑った。
うわ、ムカつく! ちょっと、五年前のシメオンが少し出てきたぞ。やはり性根は変わらないらしい。
と、私は苛立ちとほんの少しだけ懐かしい気持ちを抱いた。
「必需品だって、思っているだけさ。もしくは、必需品にさせられている。魔導具が発明される前の人間は、魔導具なんてなくても生活してたんだぜ?」
「うーん、それはまあ、確かに……」
「必要だから発明されたんじゃなくて、発明されたから必要になったってわけだ。他にもいくつか、例を挙げてやろうか?」
シメオンは少し気分良さそうに人差し指を立てた。
……本人は否定するけれど、やはりシメオンはあのやり手の父親と似ているな。
「典型的なのは宝石だな。宝石ってのは高いもんだと思っているだろう? でもな、あんなもの、実際はただの石ころだ」
「でも、石は石でも綺麗な石じゃない? それに……貴重なんでしょう?」
セリーヌさんはがそう言うと、シメオンは「ちっちっち」と言いたげに指を振った。
「貴重なのは流通量が管理されているからさ。まあ、本当に数が少ない宝石もあるんだが……いくつかの宝石は、もし採掘されたものが直接市場に出るようになれば、今の二、三割引きくらいの価格になるはずだよ」
よく知っているなぁ……そんなこと。
と思ったけれど、宝石業界は職人ギルドも商人ギルドも、ユタル人が牛耳っているんだっけ。
私には縁のない話だが、シメオンのような金持ち商人には身近な話なのだろう。
「他にもまあ、『大切な日には大切な人に贈り物を』とか、『婚約の時は指輪をプレゼントしましょう』だとか、『指輪は給料の何か月分』だとか、よくもまあ、いろいろ思いつくぜ。言っておくが、商人の言う謳い文句にはなーんの根拠もないからな。適当に都合の良い話をでっち上げているだけさ。もっとも……嘘も百回言えば、本当になるんだけどな」
「へぇ……でも、私は婚約の時には指輪が欲しいですけどね。ロマンチックで素敵ですし」
ポロっと私が溢すと、シメオンが「うわっ!」と大声を上げた。
どうやら床に葉巻を落としたようだ。
危ないなぁー火事になったらどうしてくれるんだ。
私は煙管をピシっとシメオンに向けた。
「掃除、しておいてくださいね。全く……火は気を付けてください」
「お、おう……そうか、婚約は……うん、覚えておこう」
ブツブツと呟きながら葉巻を拾うシメオンはどこか上の空だった。
大丈夫だろうか?
「と、とにかく、だ。そのスマートフォン? だか、写真だとか、何の役にも立たなそうなガラクタも、必要だって思わせれば良いんだよ。そうすれば売れる」
「でも具体的には? それができたら苦労はしないじゃないですぁ」
言うは易く行うは難しというやつだぞ。
と、私が言うとシメオンは、指に挟んだ葉巻を私に向けた。
「そもそもお前はどういう客層を想定しているんだ? それ次第だ」
「一般人です」
「世の中には一般人っていう人間はいない。誰のことを、指しているんだ?」
「うーん、《場違いな芸術品》に興味のない人ですかね?」
「九割九分は興味ないだろ。広すぎる! 年齢は? 性別は? そして収入は? 前提条件の想定が甘すぎるぜ」
っく……反論できない。
い、いや……まあ、別に私はただ、セリーヌさんたちとお話をしたかっただけで、正直まともに売る気なんて全然なかったんだけど。
そう、だから想定が甘いのは当然なのである。
と、脳内で言い訳しつつ答える。
「じゃあ、お金持ちです。百ディナル以上の収入がある人、どうです?」
「なるほど……それなら、まあやりようはありそうだ。お前が本当に商売したいって言うなら、考えても良いけど……」
シメオンはやや呆れたような表情を浮かべた。
こ、今度は何だ!
「お前、これ以上仕事増やす気かよ? 注文が増えても捌けないんじゃ意味ないだろ」
……あ。
「規模に見合ない事業をやろうとするのは、三流だぞ。悪いことは言わないから、やめておけ」
「……そうですね」
私は肩を落とした。
どうにも、気持ちだけが先走ってしまったようだ。
「ショシャナ様」
「なんですか、シャルロットさん」
「店主の地位、彼に譲った方が良いのでは?」
「こ、ここの店は、父から私が継いだものです! 家族以外の人に渡すなんて……」
「じゃあ、家族になっちゃえば?」
セリーヌさんがニヤニヤと笑いながら言った。
……家族になる?
誰と?
……シメオンと?
どうやって?
……結婚?
……婿入り?
「あらあら、顔が赤いですけれど、どうしましたか? 熱でもありますか?」
「病ね、きっと病気だわ。視てあげましょうか?」
「う、うるさいです! お二人が変なことを言うからでしょう!」
私は思わず怒鳴ったのだった。




