第32話 人種ルーツ
「ところで、私としては……ユタル人、ユタル派以外の十二使徒派の人もいることが気になりました。ショシャナ様的には問題ないんですか?」
「同じイブラヒム教徒で、啓典の民ですし。まあ、偶像崇拝者でなければ……割と多いですよ? 違う宗派と結婚する人は。私の祖父も十二使徒派だったと聞いています」
私のお客さんだって、半分以上は十二使徒派だ。
バスコ地区は別に移動・移住制限があるわけじゃないから普通に十二使徒派も大勢いるし、そもそもバスコ地区から一歩出れば非ユタル人が多数派なのだ。
そんな状況で、ユタル人のみとしか結婚できないなんていうのは、あまりにも非現実的な話である。
「まあ、『ユタルの母より生まれた子は皆、ユタル』ですから、別に問題はないわけですよ。私はユタルですから」
まあだからこそ、十二使徒派だけどユタル人扱いの人とかもいる。
一般的にはユタル派=ユタル人だが、実際はユタル派≠ユタル人なのだ。
「宗教以外にも、人種的な拘りもないんですね。北方系、南方系、東方系、内海系……いろいろなようですけれど」
「そりゃあ、そうですよ。人種なんて、信仰と比べれば大した問題じゃあ、ないじゃないですか」
人種。
まあ、つまり肌の色だとか、体つきや顔の造形で大まかに人間を区分けする基準だ。
ざっくり、南方系、北方系、内海系、東方系に分けられている。
南方系。砂漠以南に住んでいて、肌が黒っぽくて、体型はがっしりしている。
エイギプトゥス地方では最南部に多い。
北方系は肌が真っ白で、色素が薄く、金髪や赤毛がそこそこいる。
セリーヌさんは典型的な北方系。
シャルロットさんも北方系だろう。
エスケンデリア市ではあまりいない。ガリア王国やゲルマニア連邦には多いらしい。
内海系は沿岸部に住んでいる。肌の色は少し濃くて、黄色っぽい。一般的にオリーブの色、黄金色と喩えられる。身長はあまり高くなくて、彫が深い。
私はどちらかと言えば、内海系に属するのではないだろうか?
以前、パーティーで見かけたステファノプロス選教候はルーツ的にはこの内海系に区分される。
エイギプトゥス地方の沿岸部、つまりエスケンデリア市では半分は内海系だ。
東方系は肌がやや黒っぽく、彫が深い。
エスケンデリア市では内海系、南方系の次に多く見かける。
エイギプトゥス地方以東では多数派を構成する。
……と、まああくまでこれは非常に大雑把な基準だ。
実際にはこんな区分は役に立たないし、当てはまる人間はいないだろう。
なぜから、“交雑”していない人など滅多にいないからだ。
特に国際的貿易港であるエスケンデリア市では間違いなくいない。
私はエスケンデリア市に住んでいることと肌の感じから一般的に内海系だと思われるかもしれないが、ユタル人、ユタル派だと聞けば、東方系だと区分する人もいるかもしれない。(ユタル人は元々、東方に住んでいた。ついでに言えば、私の祖先には東方系の人がちらほらいる)
あと、先ほど話した十二使徒派の祖父は南方系だ。
そんなわけで、こういう区分は大まかな見た目で大まかな出身地を予想する程度には役に立てど、学問的には何の価値もないのである。
そんなどうでも良い肌の色なんぞより、信仰の方が分かりやすい。
もっとも、先ほども述べた通り、エスケンデリア市では他宗派との“交雑”も当たり前だけれど。
「いやー、それがですね。ガリア貴族はたまに、気にする人がいるんですよ」
「へぇー、まあ、ガリアと言えば北方系か内海系が多数派ですしね。貴族って、“血”とかを気にしそうですし」
私はピクピク動くシャルロットさんの耳を見ながら言った。
シャルロットさんは猫耳持ちの獣人で、勿論、これは飾りではない。
ほかにも耳が長い、エルフと言われる人もいる。
が、まあこういうのは基本的には突然変異だ。あまり人種扱いはされないし、気にする人も少ない。
「私から言わせてみれば、ガリア貴族は気にしない方よ。酷いのは田舎ね。良くも悪くも無知だから、偏見・差別は当たり前……まあ、エイギプトゥス地方と比べると、ガリア地方は九割九分田舎だけど」
そう言ってセリーヌさんは溜息をついた。いろいろと苦労してそうである。
しかしガリアは田舎か……どの程度のものだろうか? 私は生粋の都会っ子、生まれも育ちもエスケンデリア市だから想像もできない。
あ、そう言えば豚が家の中に入ってくるって言ってたな。
エスケンデリア市は道で鶏が歩いていることはあっても、豚はあまり見ないし、万が一にも家の中には入ってこない。
朝起きて最初に挨拶する相手が豚とは、恐ろしい話だ。
「ところで、ショシャナ様的にはタイプな男性の顔とか、ありますか?」
「タイプですか? うーん、まあよほどアレな顔でもない限りは中身の方が重要だとは思いますけど……」
もちろん、イケメンで高身長なのに越したことはないのだが。
それにしても好みか……
「この人とか、この人とか、この人は好みですかねぇー」
何人かを煙管で指し示すと、セリーヌさんとシャルロットさんは顔を見合わせた。
「(全員足して等分したらシメオン君みたいになりそうね……)」
「(要するに好みの顔だからシメオン様が好きなのではなく、シメオン様が好きなんですね)」
何をこそこそ話しているのだろうか?
にしても、私の好みの顔なんて聞いてどうするんだか。
「まあ、でもそんなもの、正直信用できませんよ。みんな、盛りますからね」
「まあ、確かにね」
「こんなにかっこいい人ばかりというのも変ですしね」
普通の人は美形に、微妙な人はそこそこに。
写実画というのは、そういうものだ。
だからああいうのは八割、七割くらいで見た方が良い。
もちろん、本当に美形の人もいる。
私なんて、胸以外は盛らなかったし。
「そう言えば、写実画と言えば……」
私は棚から一台の《場違いな芸術品》を持って来た。
それは一見すると、手鏡のように見える。
「鏡……なわけないわよね? これは何?」
「これは“スマートフォン”という《場違いな芸術品》です」
私が初めて目にした《場違いな芸術品》だ。
「どういう道具なの?」
「一応、情報伝達のための道具のようです。ただ……どうやら情報伝達には中継地点が必要らしいので、現状ではそっちの用途では使えません。ですが、それ以外にも様々な機能があるみたいですよ」
具体的にはやはり“カメラ”機能だろう。
ほかにも時間を計れたり、“ゲーム”ができたりする。
こんな薄い装置にこんなにたくさんの機能を詰め込めるのは、本当に凄い技術力だ。
「それ、直すの難しくありませんでした?」
シャルロットさんの質問に対し、私は首を横に振った。
「いえ、実はあまり壊れていないのが多くて……かなり簡単でした」
壊れていないのは一台しかなかったが、簡単に直せそうなのはいくつかあり、そして部品交換には十分な量があったので、修理はさほど難しくはなかった。
「私の“祝福”は加工品の“年齢”まで分かるんですけど、このスマートフォンという機械の多くは、まだ使えるのに二、三年で捨てられてしまったものが多いんです。……全く、信じられませんよ」
使用者は数年で捨てず、もっと何年も……最低でも十年は使うべきだ。
そしてこれを作成する職人は、こんなどうでも良い機能をつぎ込むよりも先に、まずは丈夫に作るべきだと思う。
少なくとも魔導具はそういうものだ。
「それはまた、勿体ない話だわ。……やはり主の教えがないのかしらね?」
「仮にあったとしても、不敬虔な連中なのでしょうね」
私とセリーヌさんが憤慨していると、やはりシャルロットさんが微妙な表情を浮かべている。
何か言いたそうにしている。
「どうしましたか?」
「いやー、こうは考えられませんか? わざと数年しか持たないようにして、買わせていると」
むむ、その発想はなかった。
いや、でもそうだとすると、増々……
「怪しからん話ですね!」
「でも、可哀想な話よ。不道徳に満ち溢れているが故に、自らの不道徳に気付けていないということだもの」
私とセリーヌさんが憤慨していると、やはりシャルロットさんは苦笑いしている。
結局、何が言いたいのだろうか?
と、思い出した。
別に私は“異世界”人の不道徳性について論じたいわけではないのだ。
「このスマートフォン、実は写真というものを撮ることができるんです」
「写真? ……何よ、それ」
「要するに写実画です。やってみせましょう」
私はスマートフォンを構える。
するとセリーヌさんの顔が写る。きょとん、とした表情を浮かべている。
うーん、やっぱり美人だ。
私が画面をタップすると、パシャっと音がした。
ビクリ、とセリーヌさんは体を震わせた。
「今の、何?」
「ほら、見てください。こんな風に撮れるんです」
私は画面の写真をセリーヌさんに見せる。
これにはセリーヌさんも驚いたのか、目を丸くしている。
「凄い! 写実画……いえ、写実画以上ね。景色をそのまま切り取ったって、感じじゃない」
「でしょう? それにですね、これはこんな風に……」
私は画面の切り替えをする。
すると画面を覗き込む私の顔が写り込んだ。
「こうやって、ですね……」
私はスマートフォンを斜め上に掲げ、ボタンを押す。
パシャっと音がして、私の顔が画面で撮影され、保存された。
「自分の顔も撮れます」
うん、それにしてもやっぱり私は可愛いな。
今はセリーヌさんに負けるが……いつか追い抜かしてやろう。
「ねぇねぇ、私にもやらせてよ」
「良いですよ。基本的にはここの鏡みたいな部分、画面というらしいんですけど、ここを触るだけです」
セリーヌさんに使い方を教える。
するとセリーヌさんは楽しそうにパシャパシャと、自分の顔や私、シャルロットさんの顔、そして部屋の景色を撮影する。
「うん、面白かったわ。シャルロットもやる?」
「私は結構です」
シャルロットさんは首を横に振った。
あまり興味はなさそうだ。
それに驚いた様子もない……もしかして過去に使ったことがあったりするのだろうか?
まあ、中には壊れていないものもないことはないし、その中にはエネルギーが残っているものもあるかもしれない。
私は見たことないが、絶対にないとは言い切れない。
「それで、これがどうしたの?」
「どうにか商売のタネにならないかなぁーと、思いまして。お二人のご意見をお聞きしたいんですよ」
このスマートフォンとかいう《場違いな芸術品》は数が多い。
加えてちょっと画面が割れていることもあるが、中身は意外と生きていたりする。
「好事家の人以外にも売って、もっと《場違いな芸術品》に興味を持ってもらいたいなと思っているんですが、どういう売り方をすればいいかなぁーと」
生憎、私は商才がない。
現状では変な機能付きのやや視難い鏡でしかないのだ。
「もう百ディナルもあるなら、これ以上収入は増やさなくても良いじゃない」
「……やっぱり、さすがのセリーヌさんも思いつきませんか?」
「そんなことないわ。興味ないだけよ」
「そうですか。まあ、別に無理はしなくても良いですから。シャルロットさんか、別の人に聞くので……」
私がそういうとセリーヌさんは身を乗り出した。
「この私が、思いつけないはず、ないでしょう! 良いわ、考えてあげるわよ!」
やっぱりチョロい。
ショシャナは祖父に黒人がいるアラブ系ヘブライ人
シャルロットは父親がイラン人、母親がフランス人
セリーヌはベルギーかオランダ辺り
作中舞台のエスケンデリア市はアレクサンドリア市のこと
作中登場人物が話している言葉は、公用語であり、啓典に使用されるアルム語、という名のアラビア語。
ただし母語はそれぞれ異なり、
ショシャナはエイギプトゥス(エジプト)訛りのアルム語(アラビア語)
シャルロットは流暢なガリア(フランス)語
セリーヌはゲルマニア(ドイツ)訛りのガリア(フランス)語=オランダ語、もしくはフラマン語
ということになります




