第31話 年収は中身
食事を終え、二人に見送られる形で私は帰宅した。
「いやー、美味しかったですね。誘ってくれてありがとうございます」
特に生牡蠣が美味しかった。
……当たらないか心配だが、まあ、こればっかりは神のみぞ知るところだ。
どうせ明日は安息日だし、別に良いだろう。
「いえいえ、私も楽しかったですよ。いやー、このまま別れるのは惜しいですねぇ」
「この後、何か予定はある?」
そんなことを言う二人の言葉には若干の期待の色があった。
まあ、あれだな。ゲームをしたいのだろう。
しかし今日は少しだけ、予定がある。
「いえ、大したことはではないんですけど……一応、近日中に目を通さなければならないものがありまして。あ、そうだ。お二人もご覧になりますか? そこそこ、面白いモノだと思いますよ」
私がそう提案してから、お店の方に手招きすると、二人は少し興味が湧いたのか、やってきた。
椅子に座り、カウンターの上に置いておいた書類を広げる。
「何? これは」
「何ですか?」
二人はその書類を覗き込みながら尋ねた。
「お見合いの相手ですよ」
と、私が言うと二人は目を丸くした。
「え? ……お見合い!?」
「ユタル人の成人年齢は十二、三歳と聞きましたが……いくら何でも、早くないですか?」
「ええ、そうです。ですから、別に受けるつもりはありませんよ」
十三歳で結婚するなんて、古代の王族じゃあるまい。
確かに私は十二歳の時に成人になったから――成人だからこそこうしてお店を継げている――、律法上の問題はないけれど、それにしたって早すぎるだろう。
別に結婚を急ぐ理由はないわけで、少なくとも平均結婚年齢を超えるまでは結婚するつもりはない。
「これにはいろいろと、経緯がありましてね」
私は常連さん――宝石商の奥様――からお見合いの話を持ち込まれたことを二人に話した。
最初、私は奥様の提案を断った。
お見合いをするつもりはなかったからだ。
が、しかし奥様は言った。
「別にお見合いをしたからといって、結婚が決まるわけでもないし、決まってもすぐにするというわけではない。良い相手と縁談を結びたければ、早くお見合いを始めるに越したことはない。結婚はしようと思った時にできるものではない。結婚しなければと危機感を抱いた時にはすでに遅く、行き遅れになっている。少しだけ、お試しでやってみないか? ……という感じで丸め込まれてしまいました」
十三歳はそれにしたって早いんじゃないだろうか? と私は思ったのだが、しかし奥様は私の三倍以上は生きている。
そんな人が言うんだから、全くの間違いということはないだろう。
と、思い、まあお試しなら、という軽い気持ちで乗ってみたのだ。
「あとは写実画で顔を描いてもらって、希望する人の性格とか趣味とか、まあそういうことを適当に伝えただけです。それからしばらくして、私に興味がある人がこれくらい集まった、って感じですね」
集まったのは三十人。
この三十人のうち、私が「これだ!」と思い、それを奥様に伝えれば、実際に顔を合わせることになる。
双方、気乗りすれば晴れて夫婦となるわけだ。
……結婚ってのは案外簡単なんだなと、不覚にも思ってしまった。
「三十人とはまた、凄いわね」
「へぇ……十三歳に結婚を申し込む人間の顔、見て良いですか?」
「多分、この人たちは三、四年後を見越して申し込んでいるわけで、別に十三歳と結婚したいわけではないと思いますけどね」
セリーヌさんとシャルロットさんは書類を手に取って読み始める。
その間、手持ち無沙汰で暇だったので、煙管に火を着けて煙を吸う。
煙をプカプカさせて遊んでいると、セリーヌさんが唸った。
「最年少でも二十五歳、そして三十歳がちらほら、中には四十歳半ば……年が離れすぎてない?」
私は煙管を口から引き抜く。
「それっておかしなことですか? 普通、十歳以上年上の男性と結婚しません?」
「普通? 普通なの? ユタル人は」
「十歳くらい年が離れているのは、別に珍しくもなんともないですね」
女性の平均結婚年齢が十七、八なのに対し、男性は二十八から三十くらいだ。
それを伝えると、セリーヌさんはやや驚いた様子だった。
「随分と早くに結婚するのね。女性聖職者は大抵、二十半ばよ」
十七、八は早いのか? うーん、十五歳で結婚する人もそこそこいるから、あまり早いと思ったことないなぁ。
それより二十半ばは遅すぎないか?
私とセリーヌさんが若干のカルチャーショックを感じていると、シャルロットさんはニコニコと笑みを浮かべながら言った。
「男性は若さを、女性は収入を求めます。ユタル人は職人や商人が多いですから……独り立ちをして、妻や子を養える収入が十分に得られるようになるころには三十歳になっているんでしょう。そしてそれなりの収入のある男性というのは貴重ですから、結婚市場では優位に立ちやすく、若い女性と結婚する……そういう仕組みじゃないですか?」
「若い女性の方が結婚市場では優位に立ちやすいから、裕福な男性と結婚できる……と言い換えることもできますね」
結局、年齢と金。
需要と供給。
全く持って、夢のない話である。
まあだからこそ、ラブロマンスが流行ったり、駆け落ちするような小説がベストセラーになるんだけど。
「でも、ショシャナさん。見た感じ、そこそこ容姿が良くて、能力が高そうな男性が多くないですか?それに二十代半ばが全体としてはやはり多いですし」
「そりゃあ、自分で言うのもなんですが、私、超優良物件ですよ? だって、私のところに婿入りすれば自動的に魔導具店が手に入るんですから」
そして私自身も、優秀な魔導技師だ。
ついでに十三歳と非常に若く、あと可愛い。
これで結婚を申し込まないのは、逆に失礼じゃないか。
「ふーん、でも嫁入り希望もあるわよ?」
「そういうのは大抵、お金持ちのおじさんじゃないですか?」
「あら、本当。……なーんか、金持ちのおっさんが十三歳に嫁に来て貰うように頼むってのは、不健全じゃない?」
「ダメ元での申し込みだと思いますよ? まあ、未婚の金持ちな中年男性というのは大抵、仕事に熱中し過ぎて婚期を逃したような人ばかりですからね。かなり焦ってるんじゃないですか?」
もっとも、彼らにはお金があるからな。
金に物を言わせるという最終手段が残されているだけ、まだまだ余裕がある。
「なるほどねぇ……まあ、でも収入が千ディナルもあれば、年下の女の子を嫁に迎えられるかもしれないって皮算用するのは、おかしくはないかぁ……」
うんうんとセリーヌさんは頷いた。
それから私に尋ねる。
「でも、あんたはそれなりに収入があるのよね? 別に敢えて金持ちの年上と結婚する意味はないわよね? 例えば若くてイケメンの男性を、選べるんじゃない?」
「大事なのは顔より中身じゃないですか」
「……中身?」
「収入は中身でしょう?」
そう言って煙を吐く。
それだけお金を稼げるほど、優秀だという証だ。
別にお金は欲しくはないのだが、結婚するならお金を稼げる能力を持った優秀な男性が良い。
「まあ……そう言えば、そんな気もしなくもないけれど、いや、やっぱり不健全な感じがするような」
「そうでしょうか? 野生動物なら、より多くの獲物を取ってくれる雄を選びなさい」
「私たちは人間じゃない」
まあ、それは確かにそうだ。
それは当然、私も心得ている。
だから……
「ですから、収入は一つの指標ですよ。それを上回るくらい、優しくて、頼りがいがあって、私のことを甘やかしてくれて、イケメンなら、別に良いですよ」
もっとも、内面なんてものは書類じゃわからないし、数回顔を合わせただけでも分からない。
だから収入という能力の指標で、ある程度の足切りをするのは、私の中では合理的な選択だ。
「それにしても、高収入の方が多いですが……いくら以上って、伝えたんですか?」
「五十ディナルです。最低限、それくらいは欲しいかなぁーと思いました」
「いやいや、それはいくらなんでも高望みし過ぎじゃない。そりゃあ、年上ばかりになるでしょうよ」
セリーヌさんは眉を潜めた。勿論、私も百ディナルが高収入であることは知っている。
そして百ディナルの収入がある男性となると、三十歳近くなることも分かっている。
まあ、しかし、だ。
「でも、私の年収の半分ですし……やっぱり、夫には最低限、自分の年収の半分は欲しくないですか? 夫の方も、妻の二分の一以下はプライドが傷つきません」
私がそう言うと、シャルロットさんはポンと手を打った。
「ああ、なるほど。それだとそんなに高望みでもないですね。家持、店舗持ちの女性の家に婿入りするのだから、最低限、それくらいの甲斐性はないと……って、感じはしますね」
どうやら納得してくれたようだ。
セリーヌさんはどうか……と思って表情を確認すると、固まっていた。
「待って……あんた、収入、いくらなの?」
「税金を含めなければ、百ディナルですね」
ちょっと前は借金の返済があったので、収入の割には生活は割と苦しかったのだが、シメオンのおかげで今はそれなりの生活ができている。
「……嘘でしょ? 私より上って、どういうことよ」
「え? セリーヌさん、司祭ですよね?」
「司祭よ……司祭だけど……八十ディナルよ」
詳しく効くと、まず司祭という位階に対する年金が三十ディナル。
異端審問官としての収入が二十五ディナルで、バスコ地区特別司祭区の司祭区長としての収入が二十五ディナルらしい。
……い、意外にしょぼい。
いや、まあ一般的に成人男性が一月暮らすのに必要な金額が一ディナル。
成人男性の平均年収が三十ディナル程度だと考えると、まあ八十ディナルは十分に高収入だけど。
でも、あの聖職任用試験を突破した聖職者が八十ディナルは、あまりにも能力と収入の間に差があり過ぎではないだろうか?
「まあ、仮にも神に仕える聖職者が高収入というのは、教義的には良くありませんからね。『金持ちが天国に行くのは、駱駝を針の穴に通すよりも難しい』と言います」
やや慰めるようにシャルロットさんは言った。
確かに納得できないこともない理屈ではあるが、それは建前だろう。
「もしかして、普遍教会って財政難ですか?」
「ま、まあ……うん」
「そうですか……じゃあ、これからは心を込めて税金を払います」
普遍教会は教義を捻じ曲げ、恣意的に運用しているし、たまに腐敗だとか、汚職だとか、横領だとか聞くが。
にしても、よくやっている方であると私は思っている。
まあ、冷静に考えてみると裁判やら医療やら公共事業やら治安維持やらと、普遍教会は仕事が多いしね。
あれだけ仕事をしていれば、財政難になるのも無理はない。
しかしそんな低い収入でも優秀な人材が集まるというのは、凄い話だ。
如何に普遍教会の聖職者という地位が、社会的に高いのかがわかる。
「ちなみにシャルロットさんは、その、いくらくらい?」
「うーん、まああまり気にしたことはないですけど……どうだったかなぁ……」
シャルロットさんは腕を組み、しばらく考えてから答えた。
「必要最低限の領地運営費とか、普遍教会に納める税金を差し引いた金額が、三十万ディナルくらいだった気がします」
三十万ディナル!
……ゼロの桁が三つ違った。
「シャルロットはガリア貴族だけど、少なくともガリア王の数倍金持ちなのは間違いないわよ」
セリーヌさんは何とも言えなさそうな表情で言った。
妬みたいけど規模が違い過ぎて妬めないという感じである。
このレベルになると、私も「はぇー」という気持ちが先行する。
世の中、どうしてもこうも不公平なんだろうかと私は思ったのだった。
セリーヌ……年収八百万、官僚 借家
ショシャナ……年収一千万、自営業、家持
シャルロット……年収三百億 資本家 家・別荘複数所有
現代日本風にするとこうなります




