第28話 王政復古
「まだ始まる前だってのに、随分と人がたくさんいるな」
「ですね。さすが、お金持ちです」
私はキョロキョロと辺りを見渡しながら言った。
ちょっと落ち着きのない私と比べて、シメオンは堂々としている。
服も着こなしているし……
まあ、こいつも金持ちの息子だしね。
会場に入ってから、私はセリーヌさんたちと分かれた。
セリーヌさんやシャルロットさんは、いろいろと偉い人たちと挨拶をしに回るようだった。
私がついて行っても邪魔だろう。
それに私も私で、挨拶したい人もいる。
多分、いるだろうけれど……
あ、いた。
「すみません……お久しぶりです。イサーク会長」
「君は……もしかして、ショシャナ嬢か?」
やや驚いた表情で目を丸くしているのは、イサーク・アモス・アハロン。
エスケンデリア市を中心とするここら辺一帯の、魔導技師協会の会長である。
「はい。モーシェの息子のレヴィの娘、ショシャナです。……その節はお世話になりました」
「いや、気にすることはない。同じ魔導技師として、そしてユタル人として、助け合うのは当然のこと」
父が死に、私が店を継ぐ際にはイサーク会長はいろいろと便宜を図ってくれた。
私にとっては恩人だ。
まあ、それ以前にこの人――というよりはギルド――を通さないとまともに魔導具関係の仕入れができないので、恩人であろうがなかろうが私からすると頭が上がらないのだが。
ちなみに彼もユタル人だ。
魔導技師の仕事に就くユタル人はかなり多く、少なくとも私が知る限り、エスケンデリア市周辺の魔導具関係はユタル人が牛耳っている。
このパーティーに呼ばれるのは当然のことだろう。
「いやしかし……うん、良く似合っているじゃないか。一瞬、誰か分からなかったほどだ。うんうん……大人っぽい、美人になった」
「お上手ですね」
いや、しかし辺りを見渡すと私に匹敵するくらいの人はセリーヌさんかシャルロットさんくらいしかいない。
これはもしかして、もしかすると、私って本当に美少女なんじゃないだろうか。
などとちょっとナルシストなことを考えていると、イサーク会長の視線がシメオンに向けられた。
紹介しないわけにはいかないな。
「彼はシメオン、私の幼馴染です」
「ご紹介に預かりました。マタティアの息子のヨハネの息子、シメオン・ヨハネ・マタティアです。ショシャナとは幼馴染で……」
それからシメオンは幾分か葛藤した様子を見せてから、はっきりと口にした。
「マタティア家具店の先代社長ヨハネ・マタティア・ダニエルの四男です」
意外だ……シメオンはあれだけ、父親のことを嫌っていたのに。
その名前を出すなんて。
どういう心境の変化だろうか?
「おお!! ヨハネ社長の息子さんか! 彼のことは……まあ、残念だが、いやしかし幼馴染か。ふむ、確かに数年前までヨハネ社長もエスケンデリア市にご在住だったが……ふむふむ」
まあ当然と言えば当然なのだが、イサーク会長もシメオンの父と面識があるようだった。
ユタル人は数が少ない分、結びつきが意外に強いので、割と何人か人を辿ると偉い人に行き着ける。
魔導具、宝石、美術品、銀行、そして高級家具なんかの業界にはかなりのユタル人がいる。
このユタル人ネットワークはかなり強固だ。
まあ、便利でもあるし、時には柵にもなったりするのだが。
しかし確かに言えることは、これらの業界には余所者はそう易々と参入できないということだろう。
私たちユタル人も、そこそこ強い力を持っているのだ。
「そう言えば、ショシャナ嬢。君、《場違いな芸術品》を取り扱っているそうだね?」
「あ、はい。最近、いろいろと機会がありまして」
「私もアブドゥル・サイード氏ほどではないが、そこそこ《場違いな芸術品》は好きでね。今度、機会があれば修理を依頼するかもしれない。その時はよろしく頼むよ」
ニコニコと笑うイサーク会長。
これは……まあリップサービスだろう。
ついでに言えば、「魔導技師協会として、《場違いな芸術品》の販売を認める」と宣言する意味合いもあるのかもしれない。
何にせよ、悪い印象は持ってないようなので、良かった。
さて、私はこういう場はよく分らないのだが……
どうやら一度挨拶をすると、挨拶&紹介合戦が始まるものらしい。
年若い凄腕の(美少女)魔導技師と、あのヨハネ・マタティア・ダニエルの息子の組み合わせとして、イサーク会長は私をいろんな人に紹介してくれた。
何の役に立つかは分からないが、こういう時に顔を繋いでおくと、いざという時に役立つ気がする。
と、そんなこんなで話をしていると、ようやくパーティーが始まった。
アブドゥル・サイードさんが壇上に上がり、挨拶をする。
まあ、しかし退屈な話だ。
アブドゥル・サイードさんも、少しつまらなそうにしている――少なくとも《場違いな芸術品》について話す時のような笑顔は浮かべていない――。
「では、乾杯!」
「「「乾杯」」」
グラスを掲げる。
そして少しだけ口に入れる。
私はあまり強くないので、一気に飲むと酔ってしまうのだ。
「さあ、シメオン。料理を食べましょう」
「そうだな。せっかくだし」
事前説明によると、料理は基本的にユタル人も食べられる仕様となっているらしい。
ユタル人が食べられないものは、そうだと記載されている。
まあ、イサーク会長を始めとするユタル人も少なくないし、当然の配慮だろう。
「ん……このステーキ、美味しいですね」
「このムニエルも悪くないぞ」
いろんな料理を少しずつお皿によそい、口に運ぶ。
うん、さすがお金持ちのパーティーだ。
どれも美味しい。
シメオンと一緒に料理に舌鼓を打っていると……
アブドゥル・サイードさんがやってきた。
「ショシャナ君、楽しんでくれているかな?」
「はい、料理も美味しくて……本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「いやいや、君にはお世話になっているからね」
アブドゥル・サイードは相変わらずのさわやかな笑顔でそう言ってから、シメオンの方を向いた。
「えっと、君は……」
「ショシャナの幼馴染、マタティアの息子のヨハネの息子、シメオン・ヨハネ・マタティアです」
恒例の挨拶を口にし、それからヨハネ・マタティア・ダニエルの息子だと伝えた。
アブドゥル・サイードさんも、やはりシメオンの父親を知っているらしい。
やや驚いた様子だった。
「ふむふむ、なるほど。……ところで、こうしてパーティーに来ているということは、それなりに親しい関係なのかな?」
親しい関係?
私は思わず首を傾げた。さっき、幼馴染と言ったじゃないか。
「えっと、ですから、幼馴染です」
「いや、そういうことではなく……」
それからアブドゥル・サイードさんはシメオンの方を見て、何かを察し付いた表情を浮かべた。
そしてシメオンの肩を叩く。
「大変そうだね……応援しているよ」
「あはは……ありがとうございます」
何の話だろうか? と、私は思わず首を傾げた。
と、丁度そこへ青いドレスの美少女と赤いドレスの美少女、正装を着こなした男性――セリーヌさん、シャルロットさん、アレクサンデルさん――がやってきた。
まずはセリーヌさんが優雅に一礼した。
「バスコ地区特別司祭区、司祭区長、セリーヌ・フォン・ブライフェスブルクと申します。本日はお招きくださり、誠にありがとうございます。アブドゥル・サイード・マンスール殿」
「おお、これはこれは……ブライフェスブルク司祭! 本日はお越しいただきありがとうございます。あらためて、エスケンデリア市議会議員を務めさせていただいております。アブドゥル・サイード・マンスールです」
硬く握手を交わす。
それからセリーヌさんはアレクサンデルさんを軽く紹介した。
……そう言えば私はこの人と会話したことないな。この後、機会があったら少し挨拶をしよう。
「アブドゥル・サイード・マンスール様、本日はお招きくださり、誠にありがとうございます。普遍教会からモンモランシ選教候位を、ガリア王国からはラ・アリエ公爵位を受け賜り、現在エスケンデリア大学で教鞭を務めさせていただいております、シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエです。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」
「モンモランシ選教候! いえいえ、こちらこそ、ご挨拶が遅れて本当に申し訳ございません。アブドゥル・サイード・マンスールです」
そしてシャルロットさんも挨拶をする。
前々から思っていた「モンモランシ」の後の「ラ・アリエ」というのはガリア王国の公爵位だったんだ。
やっぱり偉い人なんだな。
そう言えば、セリーヌさんの「ブライフェスブルク」も偉いお家なのだろうか?
名前的には多分、ゲルマニア連邦だと思うけれど。
今度、調べるか、聞いてみよう。
「ああ、お二人とも! こちらの少女は……」
「あ、いえ、彼女は知り合いですので」
アブドゥル・サイードさんが私を紹介しようとすると、セリーヌさんはそう言った。
やや驚いた表情を浮かべるアブドゥル・サイードさんに、シャルロットさんは伝える。
「ショシャナ様と私たちは友人です」
友人。
私はほんの少しだけ、擽ったい心地になった。
「おお、そうでしたか……これは失礼。しかしどういったご経緯で?」
という感じで話が盛り上がっていると……
男性が歩み寄ってきた。
あれは……北方系、いや、内海系か?
まあ、どうせ混交しているだろうからそんなのどうだって良いんだけど。
「これは皆さま、お揃いで。随分と盛り上がっているご様子ですが、私も混ぜてくださいませんかな?」
「これはステファノプロス殿! お久しぶりです。皆さん、こちらはレオーン・ニキアス・ステファノプロス選教候です」
アブドゥル・サイードさんがそう紹介すると、ステファノプロス選教候は優雅に一礼した。
「初めまして、皆さん。レオーン・ニキアス・ステファノプロス・ヴァシレフス・エイギプトゥスと申します。ブライフェスブルク司祭、モンモランシ選教候、そして……」
ステファノプロス選教候は意味深に笑みを浮かべ、私を見た。
「ショシャナ・レヴィ・モーシェさん。あなたのご噂は常々聞いております。実は私も《場違いな芸術品》の蒐集が趣味でして」
そう言って彼は私の手を握ってきた。
私のような庶民の名前をステファノプロス選教候が普通は覚えているはずもないので、この人の場合はイサーク会長とは異なり、「《場違いな芸術品》の蒐集が趣味」は本当のことなのだろう。
それ以外に私の名前を覚える理由はない。
「は、はい……えっと……ありがとうございます」
私は何に対してお礼を言っているのだろうか?
自分でもちょっと失敗したなと少しバツが悪く思っていると、ステファノプロス選教候はにこりと笑みを浮かべた。
「まだ若いのにしっかりしてらっしゃる。……実は近いうちに仕事を依頼したいと思っていてね。まあそれはまたの機会に話したいが……まあ、よろしく頼むよ」
「あ、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
それからステファノプロス選教候は一言二言話すと、立ち去ってしまった。
いろいろと挨拶をしなければならないんだろうね。
旧エイギプトゥス王国復興のためには。
まあ、エイギプトゥス人の民族主義者たちは彼についていろいろ思うところがあるらしいが……
生憎、私はユタル人だからね。
関係ないや。




