第27話 ギャフン
「あらためてお久しぶりです、アレクサンデルさん」
「おう、久しぶりだな。シメオン」
俺――マタティアの息子のヨハネの息子、シメオン・ヨハネ・マタティア――は以前、冒険者として組んだことがあるアレクサンデルさんと合流した。
ショシャナたちとの合流までは、まだ二時間ほど余裕がある。
その間に積もる話をしようと、俺たちは適当な店に入った。
「良く似合っているな。聞いたぞ、シャルロットに作って貰ったと」
「ええ。……彼女、随分と腕が良いですね。値をつけるなら、五ディナルは堅いですよ」
どうしても、俺は物を見るとき、どれくらいの値段をつけられるかで考えてしまう。
腐っても小売業者の息子というわけか、それとも幼少期に仕込まれた癖は治らないのか、それともクソオヤジ譲りの才能なのか。
「それにしても、良く着こなしているな」
「昔、こういうのは着る機会が幾度もあったので。……アレクサンデルさんもよく似合っていますよ」
「そう言ってくれるとありがたい。最近はセリーヌのやつに連れられて、こういうちゃんとした服装をするようになったんだが……まあ、最近はようやく慣れてきたという感じだな」
そう言って苦笑いを浮かべるアレクサンデルさん。
アレクサンデルさんはあまり良い家柄の出身ではないらしく――確か、娼婦の息子だと自分で言っていた――、冒険者になったのも生活のためだったと聞いた。
この人はS級冒険者だ。
そしておそらく冒険者の中で、いや、少なくともイブラヒム神聖同盟のうちではもっとも強い戦士だろう。
俺は一応A級冒険者だが、俺が十人、二十人いてもこの人には敵わないと思う。
まあ、それだけ強いので、当然、国や普遍教会から勧誘は幾度もあったらしいのだが、アレクサンデルさんはそれを蹴り続けた。
確かに国や普遍教会に仕えれば冒険者の頃よりは実入りが減るが、安定した収入と確固たる社会的地位、そして老後の安泰まで保障されるため、普通は喜んで提案を受け入れるものだ。
俺たちユタル人のように、そう簡単に仕えられない理由がないにも関わらず冒険者を続けていたのは……何でも、妹の学費と、育ての親の医療費を稼ぐためだったらしい。
親が金持ちなのに、それを嫌って飛び出した俺とは全く対照的だ。
正直なところ、尊敬する。
さて、そんなアレクサンデルさんと俺が出会ったのは……今から三年ほど前か。
俺が冒険者としてはヒヨッコだったころだ。
この時、アレクサンデルさんは十九歳。すでにS級冒険者として名をはせていて、俺はいろいろとお世話になった。
どうして仲良くなったのかと言えば、俺とアレクサンデルさんには一つだけ共通点があったからだ。
その共通点でお互い盛り上がった。
その共通点というのは……
「あの、セリーヌ司祭って、以前話していた幼馴染ですか? 再会できたんですね」
「ああ、まあ、いろいろあってな。ところで、以前お前の背中の上でぐったりしてたのは、もしかして……」
「ええ、幼馴染です」
年下の幼馴染相手に初恋を拗らせている、という点である。
そう、俺は三歳年下のショシャナ・レヴィ・モーシェのことが好きなのだ。
いつから好きなのかは、覚えていない。
多分、一目見た時から好きだったと思う。
昔はあいつの気を引くためにいろんなことをして……今となっては殆ど黒歴史だ。
そのせいであいつに嫌われてしまった。
ま、まあ……最近は挽回してきている……と、思っている。そのはずだ。
「ショシャナ・レヴィ・モーシェです。……可愛いかったでしょう?」
「そうだな……二十二の俺が言うのはちょっとアレだが、お前が惚れるのも分かるな」
「そうでしょう、そうでしょう」
「まあ、セリーヌの方が可愛いが」
「ショシャナの方が愛嬌があります」
「「……」」
お互い、微妙な空気になった。
いや、しかし俺は間違ったことは言っていない。
確かにセリーヌ司祭は美人だし巨乳だし尻も大きいが、目が死んでいるじゃないか。
港町で売っている魚並みの目だぞ。
それに性格もちょっとキツいし、大酒飲みだし……
何よりもヤバいのは自傷癖だ。
あの人は何かあるたびに左腕をガリガリと掻きむしっている。
包帯まで巻いている辺り、リストカットとかしているんじゃないか?
いくら美人だって言っても……地雷中の地雷だろう。
束縛とかとても強そうだ。
別れ話とか、例え冗談でもすれば、殺されそうな感じがする。
「……まあ、お前がセリーヌに興味がないようで安心した」
「そうですね。俺も安心しました。お互い、敵対することはないようです」
女の趣味は全くもって理解できないが、それ故に俺たちは共存できる。
これは悪いことではない、うん。
「少し話は変わりますが、今、アレクサンデルさん、何をしているんですか?」
「今は冒険者からは足を洗って、聖堂騎士になった。第五特務聖堂騎士団の騎士団長をしている。まあ……セリーヌの指示に従って、異端・異教を捕縛する……ああ、勿論、お前のように善良な……」
「分かっていますよ。つまり、腐敗聖職者や貴族を逮捕する仕事でしょう?」
俺たちユタル人の信仰するユタル派は、普遍教会が公認している公認異端の一つだ。
人頭税を支払えば、同じ啓典の民として扱われる。
セリーヌ司祭の仕事ぶりを見る限り、彼女の矛先は自分の組織や貴族たちに向けられているようだし、万が一にも俺がアレクサンデルさんに逮捕されるようなことはないだろう。
「医療費とかは、どうなったんですか?」
「セリーヌとシャルロットのおかげでな、まあ、解決した」
「なるほど……まあ、学費くらいなら冒険者をやらなくても良いですもんね」
自分で言うのもなんだが、冒険者なんて碌なやつはいないからな。
実入りは大きいが、しかしリスクも大きい。
何より社会的な地位が低い。どこへ行っても犯罪者予備軍扱いだからな。
足を洗うに越したことはない。
「お前はどうしてるんだ?」
「俺ももう冒険者業は半分引退ですね。今はショシャナの店で働いています」
「やるじゃないか! ということは、婿入りだな。結婚はいつ頃、考えてるんだ?」
「い、いや……」
「何だ、その変な顔は」
「その、ただの従業員扱いで……思いは伝えて、ないんすよね」
俺がそう言うと、アレクサンデルさんは……心底呆れた、という表情を浮かべた。
俺も自分自身に呆れている。
「何やってるんだよ」
「その……ショシャナが俺のことをどう思っているかが分からなくて。気があるんだか、ないんだか……」
「大事なのはお前がどう思っているかだろ? グズグズしていると、他の男に取られるぞ? 今は幼いし、見た感じ、あまりお洒落とかはしてなさそうだが……そのうち、周りが放っておかなくなる」
「分かっていますよ」
俺だけが知っていると思っているのだが、ショシャナは可愛い。
服装には無頓着だし、髪はまともに整えないし、化粧もしないし、口を開けば魔術か魔導具か《場違いな芸術品》か政治か哲学か宗教の話しかしないから、目がガラス玉で出来ている連中は気付いていないけれど、あいつはとびっきりの美少女なのだ。
確かにバスコ地区の女の子にはそこそこ可愛い子もいないことはないが、まあ、あれは厚化粧の製品偽造だからな。
ショシャナはそれ抜きに可愛いんだから、化粧でもしたら、もう、とんでもないことになるだろう。
それに……あいつは魔導具店の跡取り娘だ。
あいつは父親の店を守り抜くつもりのようだから、必然的にいつかは婿を取る。
周囲も積極的に縁談の話を持ち込むだろう。
今のうちに勝負を決めておかないと、あいつはあっさりと結婚を決めてしまうかもしれない。
ユタル人では十五、六で嫁に行くことは珍しくないのだ。
あいつは淡泊な性格をしているから、「まあ、良縁だし、良いか」とか言いだしかねない。
「いや、でもですね……意外に大変で。最近も喧嘩しちゃいましたし……」
「喧嘩? 何かしたのか?」
「いや、俺もよく分らないんですけどね……なんか、急に怒りだして……」
何が悪かったのか、俺には皆目見当がつかない。
事の顛末をアレクサンデルさんに伝えると……
「多分、それはお前にブスって言われたことを相当気にしているぞ」
「え? でも五年前ですよ?」
「女ってのは、昔のことをいつまでもいつまでも覚えていて、引きずるものなんだよ」
そういうアレクサンデルさんの言葉には妙な重みがあった。
なるほど、あの司祭様もそういうところがあるのか。大変そうだな。
いや、他人事ではない。
「どうすれば良いんですかね?」
「簡単だ。素直に可愛いって、言ってやれば良い」
「い、いや……でも、急にそれを言うのは、気持ち悪くないですか?」
「普段ならそうだが、今日は違うだろ?」
そう言われて気付く。
そうだ、今日はパーティー……ショシャナもお洒落をしてくるのだ。
俺は思わず生唾を飲む。
どれくらい可愛くなってくるのだろう、と。
「良いか? 馬子にも衣裳、なんて言うんじゃないぞ? あと、間違っても、豚に真珠とか、言うな?
素直に可愛いって言うんだ」
「そんなこと、言われなくとも……」
「そうか? 俺はお前なら、照れ隠しに言いそうだなと思ったんだが」
ぐぅ……否定できない。
はてさて、そんなこんなでアレクサンデルさんに女の子の取り扱い方法を教えて貰っていると、待ち合わせの時間となった。
俺たちは店を出て、合流地点に向かう。
すでにそこには女たちが集まっていた。
とっさに駆けだしたのは、青色のドレスを来た銀髪の美少女――セリーヌ司祭――だ。
「アレク!」
いつもの仏頂面からは信じられないような笑顔でセリーヌ司祭はアレクサンデルさんのところへ駆け寄った。
そしてその腕を取り、自分の胸に押し付ける。
……にしてもデカい胸だ。あれで司祭は無理があるだろう。
「おお、セリーヌ。待たせてすまないな。それにしても、今日は良く似合っている」
「そ、そう?」
「ああ、凄く可愛いぞ。まあ、お前は普段から可愛いけど……今日は一段と輝いて見える」
などとアレクサンデルさんが誉めそやすと、セリーヌ司祭の頬が赤く染まった。
目は死んだままだが、表情は緩んでいる。
あの人、ああいう表情ができるんだな。
と思っていると、アレクサンデルさんがこちらに目配せをしてきた。
ああ、なるほど。こういう感じにやれと……
い、いやぁ……難易度、高くないか?
「お久しぶりです、アレクサンデル様。今日も相変わらずの色男っぷりで」
「ああ、久しぶりだな、シャルロット。お前もよく似合っている。……普段から、まともな恰好をすれば良いのにな」
「メイド服は私の魂ですので」
例の猫耳メイド服のお貴族様、モンモランシ卿は、珍しくドレスを着ていた。
美しい金髪が真っ赤なドレスに良く映えている。
こうしてみると普通のお貴族様だ。
頭のおかしなメイドには見えない。
……そう言えばショシャナのやつはどこだ?
とキョロキョロしていると、待ち合わせの目印としている銅像の物陰から、僅かに黄色いドレスが見えている。
そこへモンモランシ卿がツカツカと近づく。
「……ほら、隠れてないで。ショシャナ様」
「ちょ、ちょっと、引っ張らないでください。ちょっと、心の準備が……あぅ……」
少女が一人、引っ張り出された。
モンモランシ卿が少女の背中をやや強引に押す形で、俺の前に立たせる。
「そ、その……シメオン。えっと、久し……いや、さっきぶり?」
可愛い。
そんな感想が思わず脳裏に浮かんだ。
薄く化粧をしているのだろうか、普段は無頓着な服装のせいで目立たないその容姿が、輝いているように見える。
黄色いドレスは、綺麗な栗色の髪と調和している。
オフショルダーで露出している白い肩と鎖骨はとても色っぽく、大人っぽかった。
髪は結い上げて花飾りを編み込んでいて、普段とは印象がガラリと変わった。
本当に十三歳なのか、と思ってしまう。
+二歳くらい、年を取ってないか?
「……ど、どう、ですか?」
ショシャナは頬を赤らめ、恥ずかしそうに、上目遣いで、髪を弄りながらそう言った。
その仕草だけで、犯罪的な可愛さだ。
……って、不味い!
「似合っているか?」と聞かれて答えるようでは男として二流だぞ、とアレクサンデルさんも言っていたじゃないか。
開幕、失敗した。
何と言えば巻き返せるか……
とあれこれ考えたが、ふとアレクサンデルさんの教えが再び脳裏を過る。
素直な気持ちを伝えれば良いんだと。
「あの……シメオン?」
「いや、すまん。その……あれだ。あまりに印象が変わっていたから、ちょっと驚いてしまった」
「印象? それは、どういう……」
「あー、つまり、だ」
やや恥ずかしさを感じつつ、思わず逸らしたくなる目を、ショシャナの方へ向ける。
「ちょっと、見惚れていた。うん、似合っているし、可愛い、それに大人っぽい」
「そ、そうですか……ええ、そうでしょう! 私だって、本気を出せば、こんなものですから。どうですか? ギャフン、ってなりましたか?」
「ギャフン……ってのは、いつも思っているよ」
俺がそう言うと、やや自慢気に胸を張っていたショシャナの目が見開かれる。
俺はそのまま続ける。
「いつも……可愛いなって、思ってたよ。勿論、今日は一段と、ギャフン! だけどな」
冗談めかして言うと……
ショシャナの顔が真っ赤に、トマトのように染まった。
今日は俺の勝ちだな。
なんとなく、俺はそう思ったのだった。




