第26話 お洒落 後
ユタル人にとって、入浴をして体を清潔に保つことは啓典に書かれた義務である。
勿論、自宅でお湯を沸かすのは薪代が馬鹿にならないので基本的には公衆浴場へ行く。
そういうわけでお風呂に入るのは別に初めてではないのだが……
「大きいですねぇー」
「公衆浴場の方がずっと大きいですよ」
「それが比較対象になる時点でおかしいと思いません?」
シャルロットさんのお屋敷のお風呂はとても大きかった。
良いな……私も、小さくても良いから自宅に浴室が欲しい。
「どうでも良いですけど、セリーヌさん、なんか距離取ってません?」
「ああ、セリーヌ様はちょっと女性恐怖症なので」
「へぇ……女性なのに?」
「人によってはそういうこともあるのよ」
やや距離を取りながらセリーヌさんは言った。
いや、まあ別に良いんだけど……
「なら、お風呂は一人で入った方が良いのでは?」
「……仲間外れは嫌じゃない」
「それは……なんというか、大変ですね」
いろんな葛藤があるようだった。
とりあえず、私はお湯を頭から被り、石鹸を手に取る。
良い匂いがする。
絶対高いやつだなと思った私は、どうせ人の物だし良いかと思いながら、贅沢に泡立てて体を洗う。
そして湯舟に浸かる。
ああ……気持ちいい。
うーん、しかしそれにしても、やはりこうしてみるとセリーヌさんもシャルロットさんも肌が綺麗だ。
私ももう少し、気を使った方が良いのだろうか?
だが、個人的には肌よりも気になることがある。
「セリーヌさん。前々から思っていましたけれど」
「何?」
「大きいですね」
水に浮くんだ……と、正直、驚きだ。
にしても、その大きさで司祭は無理があると思う。
「分かります。あの大きさで司祭は無理がありますよね」
シャルロットさんも私と同じ気持ちらしい。
そして私とシャルロットさんの言葉を聞いたセリーヌさんは、わざとらしく肩を揉み始めた。
「いやー、大きいと大変なのよ? 肩が凝るのよねぇー、あなたたちに分けてあげたいわ」
そしてニヤリ、と見下すように笑う。
……こういうところはムカつくな。
「どうしたら大きくなりますか? やっぱり、恋人に揉ませてるんですか?」
「そんなわけ、ないでしょ。さてね……私は特に何もせずとも自然とこうなったし……シャルロットの方がそういうのは詳しいわよ」
そう言われて私はシャルロットさんの方を見た。
なるほど、「司祭をやるには無理がある」大きさのセリーヌさんと比べるとあれだが、シャルロットさんもそこそこあるな。
「見ての通り、私、こんなんですけど、見込み、ありますか?」
「うーん……」
シャルロットさんは私に近づき、まじまじと見てくる。
さすがに凝視されると、同性でも恥ずかしい。
「見た感じ、十三歳の頃の私と大差ないので、私と同様に努力をすればそれなりになるのでは?」
「努力? 具体的には?」
私は思わず身を乗り出した。
別にセリーヌさんほど欲しいとは思わないが、シャルロットさん程度には欲しい。
「一番重要なのは睡眠です。食事は大豆とか、鶏肉を食べてください。あとは……胸筋をつけるのも重要です。やっぱり筋トレですね!」
はい?
「筋トレは良いですよ。ほら、見てください。私の腹筋、うっすら縦線が入っていて、綺麗でしょう?」
「それは……まあ、確かに」
私は自分のお腹を見る。
別に太ってはいないが……筋肉はない。
骨と内臓と僅かな脂肪だけという感じだ。
「筋トレは良いわよ。健全なる信仰は健全なる肉体に宿るわ」
便乗してそんなことを言い始めるセリーヌさん。セリーヌさんも綺麗な腹筋をしている……けれど、だ。
「その解釈は絶対、間違っています。異端です」
「異端はそっちよ」
「私からすると、そっちが異端です」
まあ、しかし解釈は異端でも筋トレは異端じゃないかぁ……
私も少しは運動しようかな?
将来のためにも。
お風呂から上がると、私は用意された化粧水をつけた。
二人曰く肌の保護のために風呂上りにはやった方が良いらしい。
……私は生まれて初めてやったけれど。
うん、明日から最低限の身だしなみはしっかりやろう。
それから髪を乾かし、シャルロットさんに化粧をしてもらう。
勿論、化粧をするのも初めてなのですべてお任せだ。
「素材は良いので、薄くやる程度で良さそうですね。十三歳であんまり妖艶なのも変なので、清楚で大人っぽい感じに仕上げましょう」
「化粧程度でそんなに変わります?」
「勿論!」
と、化粧と言っても、所詮は粉を顔に掛けただけじゃんと甘く見ていた私なのだが……
「おぉー……凄い」
どこがどう変わったかを具体的に言うことはできないのだが、目に見えて印象が変わった。
ちょっと感動するのと同時に、今まで化粧というものを一切やらなかった自分を責めたい。
というか、みんなどこでそんなの教わるのだろうか?
……ああ、母親か。
「じゃあ、ドレスを着てから髪を整えましょう」
「はい」
シャルロットさんが作ってくれたのは明るい、黄色のドレスだ。
手伝って貰いながら袖を通す。
「おぉー、よく分らないですけど、なんか良いですね」
「でしょう? やっぱり、素材が良いと楽しいですね。……こんなに興奮したのはセリーヌ様以来です」
……興奮?
私はシャルロットさんの言葉に引っかかりつつも、鏡に映る自分の姿を確認する。
色は黄色。デザインはオフショルダーで、肩のあたりがややスースーしているが、まあ会場には薪ストーブがあるだろうし、ちょっと恥ずかしい以外には問題ない。
正面からは一部しか見えないが、腰の部分は大きめのリボンで結ばれている。
ところで今更ながら気付いたが、私に施された化粧はドレスに合わせたもののようだ。
……うん、これが終わったら化粧の本でも買おう。
「どうでも良いですけど、若干、盛ってません?」
「セリーヌ様みたいな人以外はみんな盛ってますよ。せっかくなんで、胸元にも化粧をしましょう」
「そんなところも化粧って、するんですか? 意味あります?」
「デコルテが綺麗に見えます。あと、明暗をつけると大きく見えます」
それはちょっと詐欺なんじゃないだろうか?
そういう製品偽造は良くない。
などと、魔導技師としての職人倫理との葛藤で私が悶々しているうちにシャルロットさんは化粧を済ませてしまった。
「じゃあ、髪を編みましょうね。ちゃんと、伸ばしたんですね」
「まあ、一月ですけど」
普段は短く切ってしまうところを、少し切らずに残しておいた。
今はギリギリ、肩の部分まで髪がある。
シャルロットさんは慣れた手つきで髪を結い上げ、そこに花飾りを編み込んでいった。
「うん、うなじが見えると大人っぽくなりますね」
「おぉー、ちょっと色っぽい」
鏡で後ろ姿を見せてもらい、私は少しだけ感動した。
うん、私も意外に捨てたものじゃないな。
「後はネックレスとイアリングをつけましょう。……ほら、どうですか?」
「凄い、凄いです……」
装飾品なんて所詮、石ころと金属でしょう? そんなの体につけてどうするんだ。
と、甘く見ていたのだが、認識を改める必要があるようだ。
「気に入ってくれたようで、何よりです。それも差し上げますよ?」
「え? でも……」
「いえいえ、良い物を見れましたし、人のファッションを弄るのは楽しいですから」
代わりに、今度も弄らせてください。
と、言われる。……まあそれだけで貰えるなら。
「最後は香水です」
「……こう、すい?」
「当たり前でしょう。……何でそんな、生まれて初めてタコを見た山岳民族みたいな顔をしているんですか」
シャルロットさんは私の女子力の低さに呆れかえりながらも、香水?が入っていると思われる小瓶を取り出した。
それを少量、私に振りかける。
ちょっと良い匂いがする……
「この香水は甘煙と合わさると、とても良い香りになります。普段からつけることをお勧めします。男性客が増えますよ」
冗談めかしながらシャルロットさんは言うが……くんくん、うん、ずっと嗅いでいたくなるような香りがする。
これは本当にお客さん増えるかもしれない。
まあ、私の腕じゃなくて香水の匂い目当てで来られても、ちょっと微妙な気持ちになるのだが。
「取り敢えず、これで終わりです。私もすぐに準備をするので、そろそろ終えるであろうセリーヌ様とお話でもしていてください」
「分かりました。本当にお世話になりました。……ありがとうございます」
本心からの言葉を私が言うと、シャルロットさんはウィンクをした。
「そういうのは、シメオン様をギャフンと言わせてからでも遅くはなりませんよ」
どうしてか、顔が少しだけ熱くなった。




