第23話 パーティーのお誘い
「ふぅ……」
私は口に含んだ煙を吐き出した。
甘い、砂糖のような香りがあたりに立ち込める。
最近になって、ようやく甘煙を吸えるようになってきた。
一度吸えるようになると、美味しく感じ始めるのが不思議だ。
「休憩中か?」
「ええ」
私はシメオンの問いに対し、頷いた。
甘煙を吸いながら、クッキーを齧ると……舌の上でクッキーが蕩ける。
甘煙を吸いながら何かを食べると、とても食べ物がおいしく感じる。
それだけでなく、集中力も上がる。
つまり仕事の作業効率が良くなり、眠気が飛ぶ。
珈琲や紅茶を飲んだ後に近いかもしれない。
父を含め魔導技師には甘煙の愛好者が多いと聞くが、なるほど納得だ。
「俺も休憩しようかな」
などと言いながら葉巻を取り出すシメオン。
しかし、よくそんな臭いものを吸うものだ。
「……臭いか?」
どうやら口に出ていたらしい、
まあ、実際事実なので私は頷く。
「まあ、甘煙は香水やお香に使われるくらいいい匂いだけど、それと比べると葉巻は……良い匂いではないな」
「そう思うなら、シメオンも甘煙にしたらどうですか。……吸います?」
私はそう言って煙管をシメオンに向けた。
シメオンは一瞬、変な表情を浮かべたが……妙に緊張した手つきで煙管を受け取った。
そして口に含み、煙を吸う。
「どうです?」
「ま、まあ……悪くはない、かな?」
何故かシメオンの顔が赤い。
はて? 何か、恥ずかしくなる要素でもあったのか? それとも怒っているのか?
たまにシメオンはおかしくなる。
私は煙管の火を消すと、魔導具修理のための工具を取り出す。
仕事に戻らなければ。
「お前さ、病み上がりなんだから休めよ」
「そういうわけにはいきませんよ」
「これじゃあ、借金の返済前と同じじゃないか」
そう言ってシメオンは私の手から工具を取り上げた。
そういうことをされると、少しだけムッとする。
「仕事ですよ? 納期を遅らせるわけにはいきません」
「今、受けちまった仕事を片付けるのは分かるさ。だけど、お前、次から次へと新しい仕事を増やしているだろ? 結局、普遍教会からの《場違いな芸術品》に関する依頼も、受けるんだろ?」
「だって……仕事を減らしたら戻ってきたお得意さんもまた減ってしまいますし、それに《場違いな芸術品》の修理は私にしかできないし、研究も楽しそうだし……」
一度増えた仕事は、どうにも減らせない。
仕事が増えれば、当然それだけ働かなきゃいけない。
「お前って、そんなに仕事好きだったか?」
「まさか。まあ、魔導具の修理は好きですけど……正直、お店の経営とかは好きじゃないです」
経営者か、職人か?
と言われたら、私は職人だ。
魔導具や《場違いな芸術品》関係は趣味の延長線上にあるから楽しいけれど、正直なところ仕入れとか、営業とかは……面倒くさい。
「実は税金の計算とかも本当はやらないとダメなんですけど、今は面倒くさくて、溜め込んでます」
私は思わずため息をついた。
山のような書類が残っているので、それを計算・整理しなくてはいけないのだ。
「だよな。お前はどちらかと言えば、面倒くさがり屋だ」
「その言い方は語弊があります」
でもまあ、お金と余暇なら余暇が欲しいタイプだとは思う。
「……これは提案なんだが」
「何でしょう?」
「お前が良ければ、になるが、そういう面倒な雑務は俺が引き受けようか?」
面倒な雑務?
というのは、売上確認とか、税金の計算とか、仕入れとか?
「え、本当に? というか、できるんですか?」
「これでも小売業者の息子だ。手ほどきは受けているし、お前がやっているのを見てきている。まあ、魔導具の仕入れに関しては少し教わりたいが……逆に家具とか美術品、古本は任せてもらって良いぞ」
シメオンの実家の家具屋は魔導具も取り扱っていた。
まあ、魔導具も家具の一つなので当然だけれど。
だから細かい部品とかはともかくとして、魔導具そのものに関しては分かるだろうし……家具や美術品に関しては私よりも詳しいかもしれない。
「それは……正直、助かります。実は、私はその、家具や美術品の目利きはそんなにできなくて……今、このお店にあるのも父が生前に仕入れたものなんです」
魔導技師としての技術は叩き込まれたが、それ以外のことは、実は父から教わっていない。
いや、まあ私十三歳だし、当たり前だけど。
まさか、父もあんなに若く自分が死ぬなんて思ってもいなかっただろう。
「ですが、本当に良いんですか? シメオンの仕事が増えてしまいますが」
「その分、給料でも挙げてくれ。……というか、お前は良いのか?」
「え? 私に損はないですけど……どういうことですか?」
「いや、経理関係は一番、重要なところだろ? 俺に任せても良いのか? 横領されるんじゃないかとか、考えないのか?」
ああ、そういうことか。
「横領する人は一千ディナルも肩代わりしてくれませんから」
「……まあ、それもそうか。いや、俺からするとあの一千ディナルは、あぶく銭だけどな」
「そうですか?」
しかし、いつかはちゃんと返すつもりだ。
さすがに一千ディナルは大金だし、そうしないと私の気が晴れない。
「それに、シメオンのことは信用していますからね」
「そ、そうか?」
照れているのか、頭を掻くシメオン。
ちょっとチョロ過ぎて、悪い人に騙されないか心配になってしまう。
あー、一千ディナルを私に支払っちゃったようなものだし、既に騙されていると言えなくもないかな?
「じゃあ、とりあえず数字関係からやるから……どこにある?」
「そこの金庫です」
私が示した金庫を開け、シメオンはぎょっとした表情を浮かべた。
というのも、開けた途端に中から大量の紙束が溢れてきたからだ。
「お前、マジかよ……マジかよ……放置するにも、程があるだろ……」
「お任せしますね! シメオン!! いやー、頼りになるなぁー」
今更、後悔しても遅いぞ、
と、私は暗にシメオンに伝える。
そんなやり取りをシメオンとしていると、お店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。……あ、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね、ショシャナ君。例のものは完成したかい?」
お店にやってきたのは、南方系の男性。
アブドゥル・サイードさんだ。
彼に頼まれていた仕事はすでに済んでいる。
「ええ、勿論。シメオン、倉庫から取って来て貰えませんか?」
「ああ、分かった」
シメオンは書類の山をとりあえず仕舞うと、倉庫へと向かった。
「そう言えば、ショシャナ君」
「どうしました?」
「少し、血色が良くなったね」
「ええ、まあ……」
顔色が前よりも良くなったことは、私も少し自覚している。
やっぱり睡眠は大切だ。
しばらくして、台車に木箱を乗せてやってきた。
「ガソリンを燃料にして電力を生む、発電機です。どうぞ、中を検めてください」
「ああ。……うん、まあ、見ても正直分からないが、君の仕事ならば問題ないだろう」
一応木箱を開けて確認してから、アブドゥル・サイードさんは従者にそれを運ばせた。
「これで本格的に《場違いな芸術品》が使えるようになる。いやー、助かるよ」
ニコニコと上機嫌な様子のアブドゥル・サイードさん。
すでにアブドゥル・サイードさんのコレクションのうち、いくつかの《場違いな芸術品》――テレビなど――を修理したが、現状では電気がなければ使えなかった。
今までは私が作成した魔導具で電気を補っていたのだが、それでは魔力結晶の消費量が馬鹿にならない。
そういうわけで、思い切って発電機を作ったというわけだ。
すでに一度製作したものだったので、さほど難しくはなかった。
「代金は後で使いの者に送らせよう。そうそう、実は君に渡したいものがあってね」
そう言ってアブドゥル・サイードさんは一枚のカードを私に手渡した。
これは……招待状?
「一か月後、日頃からお世話になっている方々を招くパーティーがあってね。是非良かったら、君も来てくれ。ちなみに《場違いな芸術品》の披露もする予定だ」
なるほど、日頃からお世話になっている方々に感謝を示すという名目で自分のコレクションを自慢するパーティーを開くというわけか。
で、私を紹介すると。
「ありがとうございます。……えっと、返答はいつまで?」
「一週間前までに連絡してくれれば良いよ。じゃあね、ショシャナ君」
アブドゥル・サイードさんはそう言うとお店を去って行った。
「どうするんだ? ショシャナ。行くのか?」
「うーん」
どうしようかな? 私、ドレスなんて持っていないけど。
招待状を手に私は少し困ってしまうのだった。




