第21話 幼馴染による看病 前
「う、うー……頭が痛い……」
お墓参りの翌朝。
私を強烈な頭痛が襲っていた。
しかも全体的に体が怠い。
寒気がする。
「げほ、げほ……」
咳もする。
喉もいたい。
「おーい、ショシャナ。そろそろ開店の時間だぞ? 寝坊か?」
ドアの向こうからそんな声が聞こえてきた。
シメオンには合い鍵を渡してある。
いつまでたっても起きてこない私に気付き、迎えに来てくれたのだろう。
「ぅ……シメオン、ですか?」
「ショシャナ? 随分と声がガラガラしてるが……」
「風邪を引いたかもしれません……くちゅん」
くしゃみも出た。
間違いない、風邪だ。
「大丈夫か? 開けるぞ」
シメオンが入ってきた。
私は半身をどうにか起き上がらせ、それから立とうとしたが……
「くぅ……」
「おいおい、無理すんな」
フラついて、倒れてしまう。
シメオンは私を支えながらベッドに座らせると。
「熱い……凄い熱だぞ。大丈夫か?」
「ん……」
今日一日、魔導具や《場違いな芸術品》の修理、そして商売ができるかどうかを私は考えた。
そして無理だと結論付ける。
正直、想像しただけで涙が出そうになるくらい辛い。
「大丈夫じゃ、ないかもです」
「とりあえず、神殿に行くか。立てるか……って聞きたいところだが、無理そうだな」
シメオンはそう言うと、背を向けてきた。
前に見た、頼りがいのある広い背中だ。
私は彼の背中に身を預けた。
「苦労を掛けます……げほ、げほ」
「気にすんな」
私は目を瞑る。
しばらく揺られていると、カランカランと音がした。
玄関を出たのだろう。
それからすぐのことだった。
「あら、あなたはシメオン? どうしたの? ……ついに誘拐?」
「あなたは司祭様? って、誘拐じゃないですよ。ショシャナが風邪を拗らせたので、神殿に行くところです」
どうやら偶然にもセリーヌさんに鉢合わせしたらしい。
私は目を開ける
なるほど、そこには動きやすそうな私服を来たセリーヌさんがいた。
司祭服を着ていないから、仕事中ではないのだろう。
相変わらずの美しい顔には汗が浮かんでいて、やや髪がべたついている様子だ。
ランニング中、ということなのだろうか?
健康的な趣味をお持ちだ。
「おはよう、ございます……げほ」
「ええ、おはよう。無理はしなくて良いわよ」
そういうセリーヌさんの横には見知らぬ男性がいた。
好みのタイプかと言われると少し違うが、中々整った顔のイケメンだ。セリーヌさんと並んでも見劣りしない。
体もがっしりしている。
彼もまた、動きやすそうな服装をしていた。
「あれ、もしかしてアレクサンデルさんですか?」
「そういうお前はシメオンだな。二年ぶりか? こんなところで奇遇……ああ、そう言えば、お前、エスケンデリア市の出身だって言ってたもんな。今は里帰り中ってわけか」
どうやらシメオンと、イケメン男性――アレクサンデルさん――は知り合いらしい。
「アレク? 彼のことを知っているの?」
「お前と再会する前に何度か、チームを組んだことがある。というか、セリーヌがどうしてシメオンと知り合っているのかの方が不思議だが」
「そこの風邪で倒れている子が、例のショシャナよ。で、彼女の恋……ごほん、幼馴染で従業員がこのシメオンっていうわけよ」
うーん、なんか、よく分らない偶然がミラクルな発揮を奇蹟したらしい。
……頭がこんがらがってきた。
思考がまとまらない。
私は目を閉じた。
「あー、とりあえず俺は急いでいるので……」
「待ちなさい。私が見てあげるわ。薬も種類と数は限られているけれど、最低限のものは持っているし」
セリーヌさんの声が聞こえる。
カランカランと音がする。
店内に再び入ったようだ。
「ほら、ショシャナ。座れ」
「あい……」
私はシメオンに促されるままに椅子に座った。
ここは……うーん、店内か。
「うん……凄い熱ね。それに凄い汗。ほら、口を開けなさい」
「あーん」
「扁桃腺も腫れているわね。脈は……特に問題はなさそうね。くしゃみ、咳、熱……他に自覚している症状は?」
「喉がイガイガします」
「なるほど。他には?」
「頭が頭痛で痛いです……」
「うん、重症そうね」
セリーヌさんはしばらく考えた様子を見せてから、言った。
「うん、ただの風邪ね。熱が少し高いのが気になるけど……そこまで重篤な症状ではないわ。にしても、借金の返済が終わって安心した途端に風邪とは。単純な体をしているわね」
ええい、うるさい……
気を張っていたのが、緩んじゃったんだから仕方がないじゃん。
馬鹿は風邪を引かないという。
風邪を引いたということは、私は馬鹿じゃないということだ。
「えっと、俺はどうすれば良いんでしょうか?」
シメオンがセリーヌさんに尋ねる。
どうやらシメオンは私を看病してくれるつもりらしい。
……ということは、全部シメオンに任せてしまえば良いか。
目を開けているのも億劫だったので、私は目を閉じた。
「とりあえず、寝かせなさい。体を冷やさないように、服をちゃんと着せて、毛布を被せること。辛そうだったら頭は冷やして良いけど……氷は冷たすぎるから、水枕が望ましいわね。汗をちゃんと掻かせて、あとはちゃんと水を飲ませなさい。水は可能であれば、塩と砂糖を少量加えたものが望ましいわ。……比率はメモしておくから、それを飲ませてあげて。食欲がなさそうなら無理に食べさせなくても良いけど、あるようなら消化の良い物を。水浴びは体が冷えるからやめさせなさい。でもお湯で濡らしたタオルで体を拭く分なら、問題ないわ。要するに体が冷えなきゃ良いから」
治療法をまくしたてるセリーヌさん。
私は途中から聞いていないので分からないけれど……シメオンはちゃんと記憶できているだろうか?
「えっと、薬は?」
「薬? 風邪の治療薬なんてないわよ」
「え? ……そうなんですか?」
風邪の治療薬がないというのは、私も初耳だ。
あー、でも確かに、咳き止めとかは貰ったことあるけど、風邪を治す薬は処方してもらったことはなかったような……
「風邪ってのは症状よ。原因は無数にあるから、それに対する特効薬は存在しないわ。咳や鼻水を緩和する薬はあるけどね。……取り敢えず、手持ちに解熱剤があるから、それを出しておくわ。あまりにも熱が高くなって辛そうだったら、それを飲ませて。代金は後で良いわ。咳止めとかは持ってないから、それは買いに行きなさい」
風邪云々の話はちょっと興味深いので、是非とも今度教えて欲しい。
私は医学に関する知識がないのだ。
今は体が怠いから、後で良いけれど。
「じゃあね、ショシャナ。お大事に」
「……はい」
そう言うとセリーヌさんはドアの前で待っていたアレクサンデルさんと共に行ってしまった。
あー、もしかして、あの人って、前にセリーヌさんが言っていた恋人だろうか?
……まあ、どうでも良いか。




