第20話 大人のふりをした子供
「シメオン!!」
「……どうした、息を切らして」
私は店の正面玄関を開け、店に入った。
幸いにもお客様は今はいなかった。
私は胸に手を置き、深呼吸をして呼吸を整える。
「昨日の話です」
「借金のことか?」
シメオンの問いに対し、私は頷いた。
私は少しだけ緊張しながら、シメオンの手を握る。
「頼らせていただいても、良いですか?」
「それは……自分の借金は自分で返すってのを、撤回するってことで良いか?」
昨日、酔っぱらった勢いで怒鳴るように言ってしまった言葉をシメオンが繰り返した。
私は小さく頷く。
「その……啖呵を切った上で、その、本当に情けない話なのですが……や、やっぱり、その、ですね。今の生活は、正直……その……」
「正直、何だよ?」
「……辛い、です。助けてください」
父から受け継いだ店と家を守りたい。
父が作った借金は、娘として自分の手で返済したい。
いくら強がりを言ったところで……辛いものは辛い。
できることなら、この辛い生活を放棄したい。
それが私の、嘘偽りのない本音だった。
「馬鹿ですね……私は。私は、ただ父がいなくても生きていけると、証明しようと躍起になっていただけなんです。父がいなくても、家とお店を守れる。父がいなくても、借金の返済ができる。父がいなくても、一人で暮らしていける。自分は大人だって……本当に愚かでした。大人になろうとしている時点で、大人になり切れていない子供であることを証明しているようなものなのに」
意地を張り、背伸びをし、辛い現実から目を背け、人の善意を払いのけていた。
これじゃあ、自分は大人だと思い込んでいる反抗期の子供じゃないか。
「この体は、父と母から貰った一番大切な宝物なのに、それを蔑ろにして、擦り減らすなんて、本末転倒でした。そんなことに気付けないなんて……いや、違いますね。気付いてはいたんです。でも……」
自分の馬鹿さ加減に、幼さに、嫌になる。
こんなことをシメオンに言うのはとても恥ずかしいことだが……これは彼に頼る上での、ケジメだ。
「私は、自立しているつもりでした。でも、無理をしている時点で、自立できていませんよね。そんな気になっている、震える足で立っているだけの幼子だったんです」
私は彼の目を見つめながら言った。
「どうか、頼らせてください。その……今の私には、あなたにできることは少ないかもしれませんが、どうか、お願いします」
するとシメオンはやや赤らんだ顔で、頷いた。
「ああ、任せろ。……それと、ショシャナ。一つ、頼みがあるんだが」
「……何でしょう?」
「顔が近い……は、離れてくれ」
私は慌てて手を離したのだった。
「お付き合いしてもらって、すみません」
私はセリーヌさんとシャルロットさんに頭を下げた。
セリーヌさんは無論、シャルロットさんも珍しく正装をしている。
かくいう私も普段よりは改まった服装だ。
「別に私は構わないけれど」
「私たちもついて行って良いのですか?」
これから向かうのは、父のお墓だ。
つまり墓参りだ。
シメオンと共に行くことは決まっていたが、せっかくなので都合が合えばと、お二人もお誘いしたというわけだ。
「いえ、お二人には御恩がありますから。セリーヌさんからは父の嘆願書を見せて頂きましたし、シャルロットさんには……まあシャルロットさんご本人ではありませんが、私の命を救ってくれたのはシャルロットさんのお母上が錬成したエリクサーですから」
二人から後で聞いた話なのだが、私は二歳の頃に大病を患ったらしい。
その病気には治療法がなく、そして幼い私は命の危機に瀕していた。
父はやっとの思いで開いたお店と自分自身の体までも担保にして、数千ディナルの借金をして、エリクサーを普遍教会から買ってくれた。
そのおかげで今の私がある。
父には頭が上がらない。
……実はどこかで女遊びでもして作った借金なのではと、一瞬だけとはいえ思ったことも含めて、本当に頭が上がらない。
「それにこれからお世話になりますしね」
「まあ、そういうなら」
「私たちもお世話になりますしね」
立ち話をしていると、準備を終えたシメオンがやってきた。
「ほら、行くぞ」
「ええ」
私は頷いた。
「なるほど、ユタル人の共同墓地ね。……司祭服は着てこなくて正解だったわ」
などとセリーヌさんがぼやく。
ここはバスコ地区の外れにある、共同墓地だ。
通常は神殿とバスコ地区の自治会が維持・管理を行っている。
父の墓はその一角にあった。
「……あまり汚れてませんね」
私は思わず呟いた。
本当に……本当に恥ずかしく、親不孝な話だが、私は父が亡くなってから、一度も墓参りに訪れていなかった。
お店を守るのに、借金の返済に、忙しかった。
というのは言い訳だ。
単純に認めるのが怖かったんだろう。
父がもう、この世にいないということを。
「俺がたまに来て、掃除してたしな」
「シメオン?」
「俺だけじゃないぜ。ほら、宝石商の……あー、名前が思い出せないが、あそこのおばさんも、他にもいろんな人がここに来ていた」
そう、だったんだ……
そうか、まあ、そうだね。
父が亡くなって悲しいのは、私だけじゃない。
にも関わらず、私は何もかも一人で抱え込もうとしていたわけだ。
「私は……馬鹿ですね」
「全くだ。みんな、お前のことを心配していたぜ。あとで謝っておけ」
「……ええ」
私は小さく頷いた。
簡単に掃除を済ませると、まずはシメオンが白い花を献花し、跪いた。
「親父さん、ショシャナのやつは俺が……その、まあ、あれだから、安心してくれ。いや、まあ、逆に安心できないかもしれないけど、とにかく、俺が責任を持つから!」
何を言っているんだろうか? こいつは。
責任って……従業員が店長に持つものじゃないだろ。
まあ、借金を肩代わりしてくれたことはありがたいけれど……
「へぇ、大胆ね」
「娘の結婚式が見れないのはさぞや無念だったでしょうねぇー」
「うるせぇ! お前らも、とっとと済ませろよ!」
シメオンは何故か赤い顔でそう怒鳴った。
そして鼻を鳴らし、私の横にやってくる。
そうこうしているうちにセリーヌさんが献花した。
「お初にお目にかかります……と言っても、霊魂はここにないから、意味はないでしょうけれど。……ユタル人のあなたからすると、普遍教会の司祭が何を言うかと思うかもしれませんが、彼女は十分に立派な大人です。ご安心を」
次にシャルロットさんが献花する。
「初めまして、ですね。まあ、私は大人だとか、子供だとか、そう言う言葉はあまり好きではないので、セリーヌ様のお考えにはやや不賛成ですが……そうですね。彼女は自由人だと思います。神以外の何者にも服従しない、ユタルの民に恥じない人間です。どうか、ご安心を」
……セリーヌさんもシャルロットさんも、ちょっと私のことを褒め過ぎな気がする。
リップサービスだとは知っていても、ちょっと恥ずかしいぞ。
少し恥ずかしさを感じながら、私は跪き、献花をした。
「お久しぶりです、お父さん。…………その、えっと……」
頭が真っ白になる。
ここに来るまでの間、言おうとしていた言葉がどこかへと言ってしまったかのようだ。
「今まで、育ててくれて、ありがとうございます。私は、大丈夫です。父さんに心配かけないように頑張り……いや、勿論、頑張りすぎないように、ですけれど。えっと……はい、いろんな人に頼って、生きていきます。だから、安心、して、ください……」
目頭が熱くなり、視界がぼやける。
「……来世で、また、お会いしましょう」
言おうとしていた言葉の半分も言えなかった気がする。
でも、言いたかったことはすべて言えたと思う。
私は目から流れる汗を拭いながら、立ち上がった。
そして心配そうにこちらに近寄るシメオンに抱き着く。
「お、おい! ど、どうした?」
「……すみません、胸を、貸していただけませんか? こんな顔、お父さんには、皆さんには、お見せできないので」
私はしばらくの間、そのまま、シメオンの胸に顔を埋めた。




