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第19話 運命の選択

「俺の親父が家具の小売業をやってたのは知ってるだろう?」

「……ええ、まあ」


 その手の業界ではかなり有名だったはずだ。

 支店をいくつも持っている。


 シメオン一家が引っ越したのは、事業拡大のためだと聞いた。


「実は一年前、親父が死んでな」

「……え? そうだったんですか?」


 初耳だった。

 え? 大丈夫なの?


「ああ、気にすんな。お前の親父さんとは違って、うちの親父はどうしようもない奴だったしな。酒癖は悪いし、お袋に暴力は振るうし、愛人を平気で家に呼び込むし……いや、死んだやつの悪口を言っても仕方がないな」


 シメオンは不愉快なものを思い出してしまったと言わんばかりに眉を潜めた。


「まあ、それはともかく……俺は親父が嫌いだったから、家出して、冒険者をやってたわけだ。で、一年前に親父が死んで、葬式に出た後、遺産をどうするかって話になってな」


 うちの場合、父の子は私しかいなかった。

 ついでに言えば借金もあったので、親戚は誰も父の遺産を欲しがらず……相続税分を除けばすべて私の物になった。


 だから全く揉めなかったが、シメオンはどうだったのだろうか?

 あれだけの豪商だと、揉め事の一つ二つあってもおかしくなさそうだけど。


「俺は冒険者で生計立ててたし、親父の金なんて欲しくはなかったんだが……まあ、兄貴たちがな。少しは貰ってけって言ってな。それで、一部だけ相続したんだよ」


「一部……って、具体的にはいくらですか?」


「丁度、一千ディナルだ。クソ親父の金なんぞ、死んでも使いたくなかったから、全く手をつけてなかったが……お前の助けになるなら、この一千ディナルで肩代わりしてやる。気にしなくて良いぞ。俺からすれば、本当に、どうでも良い金だ」


 なるほど……

 

 私は少しだけ考えてから、返答した。





「それで、肩代わりしてもらうことになったんですか?」

「その場では断りました」


 シャルロットさんの問いに対し、私は答えた。

 

 シメオンと飲みに行った日の翌日。

 私はシャルロットさんやセリーヌさんと、喫茶店でお茶をしていた。


 と言っても、ただのお茶会というわけではない。

 

 先日の《場違いな芸術品》の研究、ということに関しての話合いを煮詰めるために、である。

 もっともすでに具体的な報酬や日取り等は決まったので、今はただの女子会になっているが。


「あら、どうして?」

「だって……一千ディナルですよ? そんな大金、そう簡単に肩代わりさせられませんって」


 セリーヌさんの問いに、私は答えた。

 正直、申し訳ないという気持ちがある。


 それに、だ。


「シメオンに借りを作りたくないですし」

「彼は気にしないんじゃない?」

「私が気にするんですよ」


 一千ディナルは言うまでもなく大金。

 こんな借金を肩代わりしてもらったら、一生シメオンに頭が上がらなくなる。

 

 ……そもそも店主が従業員に借金ってどうなのよ?


「それで、どうしてそれを私たちに?」

「どうすれば良いか、ご相談したくて」


 セリーヌさんの問いに私は答える。

 シメオンに借りを作りたくはないが、しかしそれでも一千ディナルの借金がなくなるというのは……とても魅力的な提案なのだ。


「相談ねぇ……」


 半分ほど飲んだ紅茶のカップに、ドボドボとブランデーを注ぎ込みながらセリーヌさんは眉を潜めた。

 最近気づいたのだが、この人はかなりの「吞兵衛」のようだ。


「それは嘘ね」


 セリーヌさんはそう言いながらカップに口をつけた。

 ……いや、嘘って。

 どうして、嘘をつく必要があるというのだ。


「不満そうな顔ね」

「……当然です。真正面から、嘘扱いされれば不愉快になるでしょう? 普通なら」

「ふーん、自覚はないのね」


 セリーヌさんはさらにカップにブランデーを注ぐ。

 もうそれ、八割はブランデーなんじゃないだろうか?


 酔っぱらって、変なやっかみをつけているんじゃないだろうか? と私が疑い始めたところでシャルロットさんが口を挟む。


「相談というのはですね、どうしたら良いのか分からないから、答えが分からないから、相手に助言を求める行為なわけですよ」


「……それが何ですか?」


「あなたの場合、既に答えは出ています。だって、選択肢は二つに一つしかないんですから。つまり、彼に借金を肩代わりしてもらうか、それとも拒絶するか、二択です」


「……そうですよ? ですから、どちらが良いのか助言を……」


「それは相談ではなく、私たちに答えを委ねているだけですね」


 シャルロットさんは笑顔でそう言い切った。

 私は反論するために口を開こうとしたが……

 

 それよりも先にセリーヌさんが口を開いた。


「答えを出すためのピースが足りていないというのであれば、助言を求めるという選択肢はおかしくないけれど。私が思うに、答えを出すのに十分な材料は揃っているのではないかしら?」


「十分な材料って……」


「プライドを捨てて生活の改善を取るか、今の生活を維持してまでプライドを守るか。要するにどちらが重いか、でしょう? それはあなたが、あなたの価値観で決めることであって、私たちが決めることではないわね」


 プライド。

 そう、これは私のプライドの問題だ。


 借りを作りたくないとか、何とか言っているが……

 私は、ただ、借金を誰かに肩代わりしてもらうことを恥だと感じているだけだ。

  

「ショシャナ様、私は他者に頼ることは悪いことではないと思います。そして勿論、自分の力だけでそれを成し遂げようとすることも、悪いことではないと思います」


 シャルロットさんは諭すような口調で、私に語り掛ける。


「ですが、己の運命を他者に委ねてはなりません。例え、それが両親でも恋人でも親友であってもです。貧しいが自分で自分を決めることができる人間と、豊かであっても盲目的に労働をすることしかできない人間、あなたはどちらになりたいですか?」


 貧しい自由人か、豊かな奴隷か。

 私は……


「私は勿論、前者です。自由とは、この世の何よりも尊いものですから。まあ、これは私の勝手な価値観なので……あなたがどうしても、私たちに選択を委ねたいというのであれば……それを受け入れましょう。一応、私もセリーヌ様もあなたより五年は長く生きていますからね」


 私は立ち上がった。

 代金をテーブルに置く。


「答えはすでに決まっていました。どうやら、私は自分の選択をただ、肯定して欲しかっただけのようです。……情けない話です」


 迷いはある。

 でも、それでも……私は自分で自分の運命を決めなければならない。


「答えを伝えに行きますので、この場では失礼させていただきます。……ありがとうございました」


 私はセリーヌさんとシャルロットさんにお礼を告げ、シメオンのもとに向かうために駆け出した。






「何だかんだで、助言をしてしまったわね」


 セリーヌはカップにブランデーを注ぎ込みながら言った。

 すでにカップの中身はブランデーが九十九%を占めている。


「そうですね。私の考えを押し付けてしまいました」


 シャルロットは肩を竦めた。

 「他者に選択を委ねてはならない」というのはシャルロット個人の価値観でしかなく、それが正しいかどうかは人による。


「それは傲慢な考えだわ、シャルロット」

「傲慢、ですか?」

「彼女はあなたに考えを押し付けられたのではなく、それを受け入れたのよ。自分の言葉で他者が操られたなどと考えることは、上から目線だわ」

「あは、おっしゃる通りですね」


 シャルロットは楽しそうに笑った。

 それから首を傾げる。


「しかし一千ディナルもの借金なんて、そう簡単に作れるものではありませんが……ショシャナ様のお父君は浪費家だったんでしょうかね?」


「ああ、それははっきりしているわ。エリクサーよ」


「はて? エリクサー? ……もしかして、病気の治療でエリクサーを使ったということでしょうか? なるほど、それならば一千ディナルの借金は納得です。それにしても、せっかく、エリクサーで繋ぎとめた命を事故で無くしてしまうなんて、勿体ないですねぇ」


 エリクサー。

 この世界で唯一、モンモランシ家の錬金術師だけが――つまりシャルロットだけが――錬成できる奇蹟の霊薬だ。

 理論上、このエリクサーで治療できない怪我や病はない。


 無論、エリクサーはとてつもなく高価だ。

 しかもその流通は普遍教会の管理下に置かれている。


「違うわ。エリクサーが投与されたのは、彼女、ショシャナよ」

「なるほど、通りで。ということは、もしかして彼女の“神秘体質”は……」

「多分ね」


 エリクサーは大量の、純粋で一切の不純物のない“神秘”を特別な錬成釜で、極限にまで濃縮した特級の“奇蹟”である。


 故にその投与により、後天的に“祝福”を会得し、“神秘体質”となる例が過去に何度も報告されている。


「ショシャナが知らないのは、彼女の父親が隠したんでしょうね。彼女が気負わないように。ショシャナが気付く前に、返済してしまう腹積もりだったんじゃないかしら?」


「しかしどうしてそれをセリーヌ様が?」


「エリクサーは年間使用量が厳格に定められているわ。故にその購入は無論、使用にも普遍教会の許可が必要。だからこそ、記録に残るのよ。ショシャナについて調べてたら、たまたまその記録にたどり着いたというわけよ。……そもそも、そのエリクサーを作っているのはあなたでしょう? 記録の写しはモンモランシ家にも送られているはずだけど、見たことないの?」


「興味もないので、私も、先代の当主も捨ててますよ。そんなもの」


 あははは、と笑うシャルロット。

 呆れて物が言えないという表情を浮かべるセリーヌ。


「そのことは教えてあげないんですか?」


「まさか。教えてあげるつもりよ。ついでに……彼女の父親が、普遍教会に送った嘆願書も、彼女に見せてあげたいと思っているわ」


「思っているだけなんですか?」


「仕方がないでしょう? エリクサー関係の部署と、私の部署は違うのよ。私の一存でどうこうできないの。今は審査中よ」


「縦割り行政ってやつですねー。改善の必要があるのでは?」


「知っているわ。そして、できるならやっているわ」


 不機嫌そうに鼻を鳴らすセリーヌ。

 そしてイラついた様子で、左手首に爪を立てる。


「ところで、あなたは先ほど『自由は何よりも尊いもの』と言ったけれど」

「ええ、言いましたけど?」

「自由よりも平等の方が尊いわ」


 セリーヌの言葉に、シャルロットはニヤリと笑う。

 

「良いですよ。受けて立ちましょう……先手はセリーヌ様にお譲りします」

「ありがとう。まず、前提だけれど自由というのは……」


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