第16話 人が神になるはずない
「……まあ、良いでしょう」
数秒の間、私は混乱した……がすぐに落ち着いた。
常識で考えるからおかしくなる。
頭がおかしい人なのは初対面から分かるのだから、もう、そういうもんだと受け入れるしかない。
「そういえば、セリーヌさん」
「どうしたの?」
「バスコ地区特別司祭区の司祭区長就任、おめでとうございます」
前回の事件でこのバスコ地区特別司祭区の司祭区長は逮捕されたのだが……その後任としてセリーヌさんが選ばれたのだ。
これにはバスコ地区の住民たちも大喜びである。
……まあ、異教徒・異端者に就任を喜ばれる司祭というのは普遍教会的に良いことなのか分からないが。
「あら、ありがとう」
「ところで、昇格したからにはお給金も上がったんですよね?」
私は口に咥えていた煙管で、トンとカウンターを叩く。
「セリーヌさん、もうこのお店に何度も来て……一度も、何も買ってませんよね? ちょっと、これ以上の冷やかしはどうかなーって、思うんですよ。何か、買ってもらえませんか?」
「お、おい! ショシャナ!? お前、相手は司祭だぞ!」
シメオンが慌てた調子で言った。
シメオンは以前、セリーヌさんに脅されたことがトラウマになっているらしい。
だが、道理は私にある。
「ここは無料のカフェじゃないんです。ちょっとくらい、何か買って頂けないと。しょっちゅう、冷やかされたら商売上がったりなんです」
「むむむ……」
セリーヌさんは最初、呆気に取られた表情を浮かべていたが……しかし悩むように考え始めた。
この人は真面目で素直な人だから、道理を説かれると反論できなくなってしまうのだ。
「あはは、セリーヌ様。言われちゃってますねぇ」
「あなたもですよ、モンモランシさん」
私は煙管をピシっと、モンモランシさんに向けた。
モンモランシさんが少し驚いた表情を浮かべる。
「うちの店に入ったんだから、何か買っていただきたいですね。お貴族様なんだから、お金持ちでしょ? まさか、少数派の、差別対象であるユタル人の、十三歳のか弱い少女のお店を笑いに来たって、わけじゃないでしょね?」
「ちょっと横暴ですね。買うことを強要するんですか? 世の中には、『お客様は神様』という考えがあったり……」
「人が神なわけ、ないじゃないですか。もしかして。偶像崇拝者ですか?」
客が神など、おこがましいにもほどがある。
大体、だ。
「私はこのお店の店主ですよ。このお店の中では、一番偉いんです。ここでは私が法律です。貴族だろうが、聖職者だろうが、あなたたちは客です。そして私は店主……この店の中では、私の方が偉い、これは当然の道理ですよ。まあ、別に強要はしませんけど? あーあ、モンモランシ家の方はユタル人のか弱い少女のお店を冷やかして遊ぶんだなぁーって、思うだけです」
ふう、言ってやった。
実は店の中にこっそり入られ、意味わからないこと言われ、揶揄われ、少しムカついていたのだ。
「……ふふふ」
すると、モンモランシさんは笑い声を漏らした。
「あ、ははははは!!!」
そしてお腹を抱えて、笑い出す。
ちょ、ちょっと怖いぞ……もしかして、怒らせちゃったかな?
ま、不味いなぁ……偉そうなこと言ったけど、選教候がその気になれば、私のようなユタル人なんてそれこそ、吹けば飛ぶ塵みたいなものだ。
私が内心で少しビビっていると、モンモランシさんは涙を拭いながら言う。
「いやー、面白いですね、あなた! ええ、その通りです。このお店では、ショシャナ様、あなたが一番偉い! このお店で一番高い商品を買いましょう。何があります?」
「えっと……オートバイという《場違いな芸術品》があります。十ディナル、もしくは百ディルハームです」
「じゃあ、それにします」
「ですが、特別な燃料が必要で……」
「私は錬金術師ですよ」
そうか。私の疎い錬金術でもガソリンを作れたのだから、本業の人なら問題ないか。
「小切手で良いですか?」
「ええ、構いません」
サラサラと慣れた手つきで小切手にサインをするモンモランシさん。
その横でセリーヌさんが、自分の財布と睨めっこをしていた。
そしてやや赤い顔で、ディルハーム紙幣を一枚出した。
意外にケチ臭い……いや、もしかしたら給料が低いのか? ケチなのは普遍教会だな。
「こ、これで買える商品は?」
「それなら、そこの置物なんてどうです?」
「……ここ、魔導具店よね? どうして木彫りの熊なんて売ってるのよ」
「それだけでは食べていけるほど、この業界も甘くはないんです」
まあ、取り敢えずお買い上げいただいたことだし。
二人は大事なお客様ということだ。
神様などという妄言はともかくとして、客商売である以上、お客様が大切なのは間違いない。
「ようこそ、いらっしゃいました。セリーヌさん、モンモランシさん!」
「さっきとは、全然態度が違うわね」
「私のことはシャルロットで良いですよー」
苦笑いを浮かべるセリーヌさんに、ニコニコと笑顔のシャルロットさん。
「シャルロットが動いている《場違いな芸術品》を見たいって言ってね。ほら? 何だっけ? あの、テレビってやつ?」
「ほかにも、可能なら修理しているところも見たいですね」
なるほど、そういうことか。
しかし、そういうことならここを離れなければいけないが……
「シメオン」
「ん? どうした。店仕舞いか?」
「店番、頼めませんか?」
「店番? うーん、まあ俺の実家は魔導具も多少は扱っていたから分からないでもないが……でもお前ほどは詳しくないぞ?」
「分からなかったら、私を呼んでください。ここに座ってくれているだけで良いですから。頼めますか?」
「まぁ……うん、分かったよ」
「ありがとうございます。あとでお礼に食事でも奢りますよ」
私はそういうとセリーヌさんとシャルロットさんを店の奥へと案内する。
丁度、そこは私の作業場だ。
「随分と信頼しているのね、彼のこと」
セリーヌさんがそういった。
彼、とはシメオンのことだろう。
「どういうことですか?」
「店番ということは、お金を任せるということでしょう?」
「ああ、なるほど。まあ、シメオンはそういうことはしませんから」
シメオンは人のことをブスだの、何だのと酷いことをいう人だが、そういう悪いことはしない。
……そういえば、再会してから「ブス」とは言われていないな。
これではただの良い人だ。
「彼氏ですか?」
シャルロットさんがニヤニヤ笑いながら言う。
はあ、どうして誰もこれも色恋沙汰にしたがるのやら。
ただの幼馴染と雇用関係でしかないのに。
「違います」
「旦那さん?」
「そんなわけ、ないでしょう。私は十三歳ですよ。そもそも、シメオンが私のことを好きなはずがありませんから」
私はそういいながら、現在修理中の《場違いな芸術品》を取り出した。
修理中のものと、共食い修理用のもの。
合計三台だ。
「今はこれを修理しています。まあ、もうほとんど終わっているんですけどね。十分もあれば終わると思いますよ」
私は魔力を流しながら、共食い修理をし始める。
二人は興味深そうに、食い入るように私の修理を見る。
「部品の交換で修理しているようですが……交換できない部品はどうされているんですか?」
シャルロットさんが私に尋ねてきた。
私は作業をしながら答える。
「基本的には魔術で代替します」
「なるほど……しかし代替できるものなんですか? ネジとかはまあ、固着の魔術等で代替できますが……精密部品は難しいのでは?」
「いえ、意外に簡単ですよ。セリーヌさんにも以前言いましたが……原理は全く異なれど、エネルギーの伝達によって現象を発生させているという過程そのものは同じなんです。『回路に魔力を流している』か『回路に電力を流している』かの違いです。仕組みさえ分かってしまえば……一流の、そして応用性のある魔導技師ならば、誰でもできるんじゃないでしょうか?」
「なるほど、それは盲点でした。……ところで逆に再現が難しい物とかはありますか?」
再現が難しい物、か。
「『エネルギーの伝達』ではないもの、ですね。例えば、化学薬品など、ですね。こればっかりは私の手に負えません。どうやって製造されたかは分かっても、“異世界”の“科学”が分からない上に錬金術の素人である私には、どうにもならないんですよ」
まあ、専門分野ではないものは分からない、難しく感じるのは当たり前の話だ。
……もしかしたらシャルロットさんなら、再現できるかもしれないけど。
「完成です!」
「へぇ……で、それはどうやって使うの?」
「あのテレビというやつに繋げるみたいですよ」
私が答えると、シャルロットさんは首を傾げながら尋ねる。
「それ、何か別の物を入れて使うのではないですか?」
「どうしてそう思います?」
「あは、“前世”がありますから」
「嘘ですね」
「本当なんですけどねぇ……まあ、でもそこに入れる穴ありますし、勘が良ければ気付くのでは?」
シャルロットさんは機械の蓋のような部分を指さした。
正解だ。
この蓋の部分に、もう一つの《場違いな芸術品》を差し込むのだ。
「その通りです。この《場違いな芸術品》は『ファミリーコンピューター』というのですが、これには『カセット』が必要です」
私はそういってから、倉庫に向う。
そして倉庫の中の木箱を指さした。
「うわぁ! たくさんありますね。これ、全部修理したんですか?」
シャルロットさんが驚きの声を上げる。
そこには百以上のカセットが無造作に詰め込まれていた。
「いえ、これは全部壊れています。……このカセットとかいうの、中々修理が難しそうでして」
私はそう言ってから、固定化の魔術が掛けられた金庫を開ける。
そこから一つのカセットを取り出した。
「無事なのはこれが一つだけ、です。まあ、二百のカセットのうち、一つだけ無事って感じですね
幸いなことは、このカセットという《場違いな芸術品》が安いことだろうか?
やはりバイクや軽トラのような、“いかにも”という感じのやつよりは小さく、地味なので、好事家たちもあまり興味がないようだ。
ちなみにここにある二百以上のカセットは、箱ごと、アブドゥル・サイードさんから一ディルハームでまとめ買いをしたものである。
「ということは、遊べるんですね!」
「ええ、遊べますよ」
「……遊べるということは、なに? 玩具か、何かなの?」
なぜか話が通じるシャルロットさんと、不思議そうに首を傾げるセリーヌさん。
「そうみたいです。まあ、私はまだ使ったことがないので、詳しいことは全然、分からないんですけどね」
私はそういいながら、テレビがある部屋にカセットとファミリーコンピューター――ファミコン――を運ぶ。
「へぇー、エアコンが掛かってるんですね」
「ええ、まあ」
私はシャルロットさんの言葉を流す。
どうせ、なぜ知っているのかを聞いても、意味の分からない言い訳ではぐらかされるだけだ。
シャルロットさんのことは、置いておいて……まずはこの玩具で遊ぼうじゃないか。
私はワクワクしながら、準備を始めるのだった。
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