第15話 錬金術師は変人が多い
バスコ地区汚職摘発事件より一月。
バスコ地区の混乱は新たに赴任された有能凄腕司祭様の手腕によって収まりつつあった。
「おーい、掃除、終わったぞ!」
「ありがとうございます」
掃除をしてくれたシメオンに私はお礼を言った。
すでに私の足は治ったのだが……それでもシメオンは掃除やら荷運びやらという雑用を続けてくれている。
本人曰く、暇、なんだそうだ。
まあ、確かに“警護”は暇なことに越したことはないしな。
ちなみに仕事もない時は一人で筋トレなんかをしている姿が見える。
「で、何の本を読んでるんだ? 見たことのない文字だが」
「これは“異世界”の本です。つまり《場違いな芸術品》の一種ですね」
《場違いな芸術品》の中には古本なんかがある。
私たちの使っている文字とは全く異なる言語で書かれているが故に、一目で《場違いな芸術品》と分かる。
まあ、たまに単にマイナー言語なだけで《場違いな芸術品》ではない古本が《場違いな芸術品》として売られていたりするのだが。
「読めるのか?」
「読めません。でも、話したでしょう? 私の“祝福”なら、魔力を通しながらであれば、読めずとも分かるんですよ」
本も文字も人工物だ。
ならば、私に理解できないはずがない。
もっとも、私には理解しがたい概念が出てきたりするのだが。
特に私が今、読んでいる本は難解だ。
“ブルジョワジー”だの、“プロレタリアート”など……まあ前者が富裕層、後者が低所得者くらいの理解で多分合っていると思うけど。
「ふーん、そこにある本は全部、《場違いな芸術品》なのか? ……どれも文字の感じが違うが」
「私たちだって、みんな話す言語も書く言葉も違うんですから、“異世界”人だって国や民族によって違うのは当たり前じゃないですか」
「それもそうか。……でも、お前の読んでいる本とか、この本とか、こっちの本は学術文字に似ているな。で、こっちは神聖文字に似ている。……こっちの方は本当に文字なのか、疑わしいな」
私が脇に積み上げていた本を広げながら、シメオンはそう評した。
彼が学術文字に似ていると評したのは『ドイツ語』『英語』『フランス語』、およびその表音文字である『アルファベット』。
神聖文字に似ていると評したのは、『アラビア語』、その表音文字である『アラビア文字』。
そしてよく分らないと評したのは、『日本語』『中国語』、その表意文字である『漢字』だ。
「この変なごちゃごちゃしている、絵みたいなのは、文字なのか? ぱっと見、かなり種類があるみたいだけど」
「それは『漢字』というそうです。表意文字……って、分かります? それ一つで特定の意味を持つそうですよ」
「ふーん……そうなると種類が増えて覚えるのが大変そうだが。こんな使いづらそうな字を使ってるなんて、馬鹿なのか?」
それを私に言われてもな。
そもそもイブラヒム神聖同盟の加盟国範囲内で表意文字を使っている国や民族なんてないし……まあ遠方の非同盟国は別のようだけど。
「言葉が違う者同士でも、その文字の意味さえ分かれば、意思伝達ができるという点では優れているんじゃないですか? 例えば……地域ごと言語が違う国を統治する上で、行政文章を統一するということを考えると、便利かと」
「ほう、その発想はなかったぜ。ところで、読んでて楽しいのか?」
「物に依りますね。今読んでいるのは、そこそこ面白いですよ」
「どういう内容なんだ?」
「金持ちを打っ倒して世界をひっくり返そうぜ! っていう感じですかね」
「そりゃあ楽しそうだな」
シメオンは愉快そうに笑った。
金持ちが憎い。生まれながらの身分で何もかも決まるなんて腹立たしい。貴族と聖職者はもう少し、ちゃんと政治をやってくれ。
というような庶民の不満は、大なり小なり私たちも“異世界”人もあるわけだ。
……しかしあれだけ科学技術が進んでいるのに、そういう問題は縮小するどころか拡大するとは。
やはり理想郷というのは死後の世界以外には実現しないのだろう。
やはり重要なのは信仰だな。
まあ、この本によると主の教えは麻薬らしいが。
「へぇー、『資本論』ですか。面白そうなものを読んでいますね」
若い女性の声だった。
驚き、私は正面を向く。
そこには女性が立っていた。
金髪碧眼。
獣人らしく、頭には猫耳が生えている。
女である私すらもほれぼれしてしまうほどの美人だ。
とても知性的で、頭の良いお姉さん……という感じがする。
が、しかしだ。
「……どうしてメイド服を着ているんですか?」
「あ、そこを先に突っ込みます? 私は第一に『いつの間に店に入ったんだ?』、第二に『どうして読めるのか?』、第三に『何者だ?』だと思ったのですが」
ケラケラと笑う。
そんな金髪猫耳メイドに対し、シメオンは厳しい表情で剣に手を掛ける。
私はそれを手で制してから、あらためて尋ねる。
「全部気になるので、答えて頂けると幸いです」
「なるほど、分かりました。まず、メイド服はメイドだからです。メイドがメイド服を着る、当たり前でしょう?」
「……」
いや……まあ、そうだけど。
「いつ入ったのか? つい先ほど。気配を消し、こっそり入らせて頂きました。どうして読めるのか?
それはですね……」
金髪猫耳メイドは私に顔を近づけた。
そして悪戯っぽそうな笑顔で言った。
「前世が“異世界”人だった……と言ったら、どう思います?」
「頭おかしいなって、思います。本気で思われているのであれば、病院をお勧めいたします。次に異教徒ですね。前世など、あり得ません。教義に反します。異教徒の仲間だと思われたくはないので、近づかないで欲しいです」
「あは、手厳しいですね」
そういって金髪猫耳メイドは笑う。
さて、どれだけ本気なのやら……
“転生”や“前世”という概念がある宗教が存在するのは知っているが、私の記憶が正しければ、それは普遍教会の認定を受けていない非公認異教だ。
こんな発言、下手をすれば火炙りではなかろうか? ……まあ普遍教会もこんな変人でバーベキューをするほど、暇でもなければ、財政的にも豊かではないだろうけれど。
「何者だ? という問いですね。では、名乗らせていただきましょう。私の名前は……」
「シャルロット!!」
甲高い、女性の声が聞こえてきた。
次の瞬間、金髪猫耳メイドはカウンターに顔面を押さえつけられていた。
押さえつけている人物は……銀髪の女性。
我らがバスコ地区の英雄、セリーヌさんだ。
「お勤めご苦労様です、セリーヌさん。この人、さっき、“前世”とか言ってましたよ?」
「知ってるわ。こいつは昔から、洒落にならない冗談を言うのよ」
セリーヌさんはそういうと金髪猫耳メイドの猫耳を掴みながら、引っ張り上げる。
「痛い、痛いですって!」
「私が紹介するって、言ったでしょ? 大体ね、あんたはその、気配を消して人に近づくのを改めなさい!」
「いやー、癖になっているんですよ。気配を消すの……痛い、痛いですって! 冗談、冗談ですから!!」
どうやら旧知の中らしい。
異端審問官が非公認異教の邪教徒と知り合いだったとは……やはり普遍教会の腐敗は深刻のようだ。
「ほら、立つ! ショシャナ、この金髪猫耳アホメイドはシャルロット。前、あなたに紹介したい人がいるって言ったでしょ? その人よ。ほら名乗る!」
「さっき。名乗ろうとしたんですけど……」
そう言って金髪猫耳メイドは肩を竦めた。
そしてスカートの裾を持ち上げ、優雅に――まるで一流の貴族の淑女かのように――一礼をした。
「シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエと申します。……本業はメイドのつもりですが、まあ副業で錬金術師をしています。以後、よろしくお願いいたしますね? ショシャナ・レヴィ・モーシェちゃん」
「モンモランシ?……モンモランシ!?」
モンモランシ選教候!!
イブラヒム普遍教会発足前から続き、“十二使徒”の一人を輩出し、そしてイブラヒム普遍教会発足にも寄与した一族。
教皇選挙への投票権である選教権を有し、国王や司教枢機卿に匹敵するだけの権威を持つ、選教候の一角を占める。
何より、世界で唯一、万能治療薬であるエリクサーを錬成することができる、錬金術の大家。
モンモランシ家!!
……が、何故メイド服を着ているのだろうか?
私は酷く混乱した。
ブクマ、評価等、ありがとうございます
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