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第14話 凄腕異端審問官

「なあ、ショシャナ。この店って、繁盛しているのか?」


 ハゲタカドブネズミの襲来の翌日。

 シメオンがかなり失礼なことを私に言ってきた。


「どうしてそんなことを聞くんですか?」

「いや、あまり客が来ないからさ」


 なるほど。

 確かに私の店はお世辞にも客の出入りは少ない。

 まあ……多くても一日に十人程度だろうか? それも殆どが修理の依頼だ。

 時には人が来ない日もあるくらいだ。


「魔導具店の収入の殆どは、魔導具の修理です。ですから、お客さんの出入りが少ないのは、うちだけではありませんよ。そもそも、修理の合間に店を開いているようなものですからね」


 私は魔導具の一つ、冷蔵庫を修理しながらいった。

 《場違いな芸術品》にも冷蔵庫はあるが、魔導具の冷蔵庫と《場違いな芸術品》の冷蔵庫は仕組みがかなり違う。

 《場違いな芸術品》の冷蔵庫は電気エネルギーを使い、内部の熱を排出することで中を冷たくしている。


 一方、魔導具の冷蔵庫には氷が使用される。

 氷による吸熱反応で内部の熱を奪い、そして魔術により外から新たに熱が侵入するのを防ぐ。

 それが魔導具の冷蔵庫だ。


 《場違いな芸術品》の冷蔵庫のように魔力で吸熱反応を引き起こすこともできないことはないが……そういう魔導具は巨大化してしまう上に高コストなので、まず一般家庭では用いられない。


「うーん、そういうものなのか?」


「そうです。例えば、この冷蔵庫なんてのは基本的には五十年は使いますし、大切に整備や修理、点検を繰り返せば百年は使えます」


 私が修理しているのは、そろそろ齢七十歳になる“高齢者”だ。

 これは……ちょっと、そろそろ寿命だな。永眠させてやった方が良いかもしれない。


「言われてみれば、そうだな。庶民は基本的に型落ち品の中古品を買うし」

「その通りです。新品を買えるのはお金持ちだけですね。うちの店でも、お客様から買い取った中古品をたくさん取り扱っています」


 それを考えると、私からすれば《場違いな芸術品》は異様だ。

 “彼ら”の年齢は“高齢者”でも二、三十歳、場合によっては五、六歳のものがちらほらある。

 特に“スマートフォン”というのは酷くて、二、三歳児ばかりだ。


 長く使えるようなものを作った方がずっと効率的だと思うのだが……全く、“異世界”人の考えることは理解できない。まあ理解するつもりもないのだが。


「じゃあ、魔導具と関係ないものがあるのはどうしてだ? ……これとか、家具だし、あっちは絵画だろ? どこの魔導具店もそうだが、どうして魔導具と関係ないものまで売ってるんだ?」


 うちの店では魔導具以外も取り扱っている。

 シメオンが言った通り、家具や絵画、変わり種で言えば古本だろうか。

 そしてこれはうちだけではなく、どの魔導具店にも見られる共通点だ。


「家具とか、そこそこ売れるんですよ。新居を構える人は、まず高価な魔導具を買ってから、それに合わせて家具を選んだりしますし。だから家具も取り扱ってるんです。結果、何でも屋みたいになっている側面はありますねぇ。……でも、便利でしょ?」


 専門家ではないが、私も一応、家具や美術品の目利きができる。

 魔導技師一本で食べていくこともできるが……やはり芸は大いに越したことはない。


「なるほどね。そう言えば俺の実家も、魔導具を少しだが取り扱ってたしな。……それにしても、そこそこ良い家具を揃えているんだな。これとか、良い木材を使っている」


「さすが、家具屋の息子ですね」


 シメオンの実家は、実はそこそこ有名な家具の小売店だ。

 かなり大規模な事業を展開していた気がする。


「まあ……あまり誇る気にはなれないけどな」


 シメオンはそう言って肩をすくめると、葉巻を口に咥え、吸い始めた。

 私も丁度、冷蔵庫の修理が一段落したので、煙管を口に咥える。


 そしていつものごとく私が咳き込んでいると、カランカランと店のドアが開いた。


 入ってきたのは……我らが監査官。

 セリーヌ・フォン・ブライフェスブルクさんだ。


 今回は司祭服ではなく、私服を着ている。

 

「いらっしゃいませ、セリーヌさん」

「ええ、久しぶりね」


 相変わらずの死んだ目でセリーヌさんは言った。

 まだ魚市場の魚の方が生き生きした目をしているのではないか、と失礼ながら考える。


「肩にドブネズミが止まってますけど、どうしましたか?」


 私はセリーヌさんの肩を指さした。 

 そこには二十センチほどの、かなりおおきなドブネズミがチュウチュウと居座っている。

 まさか、気付いていないというわけはあるまい。

 

「ドブネズミじゃなくて、“ソッシス”。私の友達で家族よ」

「さいですか」


 つまりペットということだ。

 にしてもドブネズミをペットにするとは変わっているな。

 あんな汚い生き物――まあ、ちゃんと飼っている以上は清潔なんだろうけれど――を飼おうと思うなんて。


 私はドブネズミを見つけたら、必ず殺しちゃうけどな。


「売り物は齧らせないようにしてください」

「ソッシスは頭が良いから大丈夫よ。ねぇ? ソッシス」


 セリーヌさんは肩の鼠に話しかける。すると人語が分かっているのか、ソッシスはチュウチュウと鳴いた。

 まあ言葉を理解しているかどうかは分からないが、大人しくしている辺り、頭は良いのだろう。 


「ご用件は? 私服ということは、仕事ではないんですか?」

「半分は私事、もう半分は仕事よ。まず私事から済ませ……その前に、あなた、足はどうしたの?」

「あー、ちょっといろいろありまして」


 私は少しだけ経緯を説明した。

 するとセリーヌさんは私に対し、椅子に座るように促した。


「治してあげるわ」

「いや、ですが……」

「“異端者”である私の治療は受けられない?」


 セリーヌさんの言葉に、私は首を左右に振った。


「いえ、私はどちらかと言えば世俗派なのでそこまで気にはしませんが、しかし治療費が……」

「後で私の頼み事を聞いてくれれば、無料にしてあげる」


 まあ、そう言うなら。

 私は大人しく椅子に座り、足を差し出した。

 セリーヌさんは包帯を解き、じっと私の足首を見つめる。


「応急処置が良かったみたいね。これなら、大した手間はいらないわ」


 セリーヌさんはそう言うと、ポケットから小瓶――おそらく魔法薬――を取り出し、私の足首に塗りつけた。

 そして首に掛けているT字型のネックレスを手に取り、接吻してから、私の足首に翳し、聖句を唱える。


「『主よ、傷を負いし者を癒したまえ』」


 魔術とは若干異なる“科学技術”の一つ、神聖術。

 そのうちの一分野である“治療術”だ。

 

 ところでイブラヒム教ユタル派(正統派)である私たちイブラヒム教十二使徒派の聖職者の治療を受けて良いのか? と思うかもしれない。

 これは割と人それぞれで敬虔深い人は死んでも受けないし、逆に気にしない人は気にしない。


 私は……気にはなるが、まあ、セリーヌさんなら良いかな? という感じだ。


 まあ基本的に“異端者”は治療費がその分高くなるので通常はイブラヒム教ユタル派の聖職者に治療してもらうのだが……

 しかし悔しいことに、医療技術はイブラヒム教十二使徒派の方が遥かに優れているので、重病であればあるほど普遍教会を頼らざるを得なくなる。


「どう?」

「痛みが引きました……ええ、治ったようです。ありがとうございます。……それで頼み、とは?」

「あなたのことを私の……知人に話したら、是非会いたいと言われたの。どうかしら?」


 セリーヌさんの知人か。

 セリーヌさんは十八歳で司祭になった超優良株だし、しかもその姓名から察するにかのブライフェスブルク選教候の縁者だ。

 その知人ということは、当然偉い人なのだろう。

 コネは大いに越したことはない。


「ええ、構いませんよ。セリーヌさんの知り合いなら」

「あら、私はあなたからすると異端者、もしかしたら異教徒かもしれないけれど、良いのかしら?」

「そうですね。でも……セリーヌさんは信用のできるお方ですから」


 と、私が言うとセリーヌさんは少しだけ頬を赤らめた。

 そして頬を掻きながら、言う。


「……そ、そう。ま、まあ……あなたがそう思うのは、勝手だけれど……と、ところで、私事は終わったし、仕事に移っていいかしら?」


「ええ、ご協力できることなら」


 私がそう答えると、セリーヌさんは真剣な表情で私に尋ねる。


「正直に答えて。あなた、徴税官に賄賂を贈った?」

「……」


 思わず、私の頬が引き攣る。

 賄賂は要求するのは犯罪だが、勿論送る方も犯罪なのだ。強請られた側からすると理不尽な話ではあるが。


「え、えっと……」


「大丈夫、普遍教会にも柔軟性はあるわ。要求され、強制されたのであれば、不問となる……そういう判例はいくつもある。正直に教えて。このバスコ地区の自治組織と、バスコ地区特別司祭区の司祭は癒着している?」


「……証拠はありませんが、随分と前から、賄賂は要求されています」


 私がそう答えるとセリーヌさんは満足そうに頷いた。


「ありがとう。……近いうちに関係者が裁かれると思うから、楽しみに待っていなさい」

「ま、待ってください!」


 私はセリーヌさんを引き留めた。

 協力するのは良い……が、私にも事情がある。


「裁判の時に、私の名前は……出さないで頂けませんか? できる限り、匿名で。バスコ地区の誰が証言したか、分からないようにお願いします」


「……どうしてかしら?」


「異端者に同胞を売ったと思われると、私の立場がなくなります」


 はっきり言って、裏切り者は自治組織や徴税官の方だ。

 普遍教会の権威を笠に着て、お金を強請ってくるのだから悪はあちらだろう。

 しかしその悪が長い間、裁かれなかったのは理由がある。


 下手に彼らのことを監査官に訴えると、同胞である自治組織や徴税官を普遍教会に売った裏切り者、とこちらが看做されるのだ。


 自治組織や徴税官たちも、馬鹿ではない。

 利益共存関係を作り出すことで、自分たちに味方をするような人間をたくさん抱えている。

 そしてそういう連中は大抵、声だけは大きく、そして資産を持っている。


「……なるほどね。それが今まで、発覚しなかった理由か。あなたを含めて、みんな歯切れが悪かったのも、それが理由なのね」


 なるほど、とセリーヌさんは唸った。

 それからしばらく考え込んだ様子を見せてから、大きく頷く。


「安心しなさい。上手くやってみせるわ。弱者を虐げる悪は必ず、排除する。それが異端審問官である私の仕事よ」


「……お願いします」


 私はセリーヌさんに頭を下げた。

 これは……多分、バスコ地区のイブラヒム教ユタル派の殆どが共通する気持ちだった。





 後日。

 セリーヌ・フォン・ブライフェスブルク司祭により、バスコ地区の自治組織員や徴税請負人、そしてバスコ地区特別司祭区の司祭ら含む数十人が一斉に検挙された。


 裁判の争点となったのは“複数の匿名の訴え”の真実性だが、しかしその後セリーヌ・フォン・ブライフェスブルク司祭が、僅かに文章の形で残っていた様々な不正取引や賄賂・汚職の証拠を提示したことで、彼らは有罪となった。


ブクマ、評価等、ありがとうございます

これからも応援をよろしくお願いいたします

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