第13話 ハゲタカドブネズミ
「こいつはどこに置けば良い?」
シメオンは魔導具の入っている箱を、あっさりと持ち上げて言った。
私は運んでほしい場所を、煙管で指す。
「あっちに置いてください」
「ああ、分かった」
軽々とそれを持ち運び、指定した場所に置く。
「ありがとうございます。……なんか、すみませんね。護衛とは関係ないことをさせてしまって」
「別に構わないさ。立ってるだけじゃ、給料泥棒だし……そもそもその足じゃ、どうにもならんだろ?」
シメオンはそういって私の足を見た。
捻挫は良くはなってはいるが、治ってはいない。
当然、重いものも持てない。
だからシメオンに手伝って貰えるのは本当にありがたい。
「知らないうちに、随分と頼もしい男になりましたね」
「まあな!」
シメオンはそういうと箱の上に座り、葉巻を取り出した。
「ライター、ライター……あれ? ないな」
「これ、使いますか?」
シメオンの隣に座ってから、ライターを取り出す。
私が手作りした魔導具だ。
「おう、ありがとう。ほぅ……すぐに火が付くなんて、性能が良いな」
「私が作ったものですから。……差し上げましょうか?」
「じゃあ、契約外の仕事を手伝った報酬として貰っておこう」
シメオンはライターをポケットにしまった。
そして葉巻を吸い始める。
せっかくなので、私も煙管を取り出した。
魔術で火をつける。
「その臭い、甘煙か? しっかし、似合わないな」
「バレました? げっほ、げほ」
言葉を発したことで、葉巻と甘煙の煙を一辺に吸い込んでしまった。
思わず私は咽せ、咳き込む。
シメオンは葉巻を口から外し、呆れ顔を浮かべる。
「吸えねぇなら吸うなよ。背伸びするところは、相変わらずだな」
「う、うるさいですね……」
私は魔術で煙管の火を消した。
ついでに葉巻の火も消す。
「おい!」
「これであなたも吸えません。仲間ですね」
「吸えないの意味がちょっと違うだろ」
シメオンの抗議の声を掻き消すように、カランカランとドアが開く音がした。
私は立ち上がり、接客モードに入る。
「いらっしゃいませ! ……ああ、徴税官様ですか」
「うむ、今月分の税を徴収しに来た」
そう言って入ってきたのは、小太りで少し頭部が剥げている男性だ。
ニヤニヤと笑い、そして妙に厭らしい目でこちらを見てくる。
やはり、私はコイツが嫌いだ。
まあ、この国でこいつのことが好きな奴は珍しいが。
「客間へどうぞ。ご案内いたします」
私はそう言って彼を店の奥へと案内する。
「しばらく、お待ちください。お茶をご用意いたします」
「手身近に頼むよ。私は忙しいのでな」
「ひゃぁ!」
私は思わず、声を上げた。
この野郎、どさくさに紛れて人の尻を……
「どうした? 早くしないかね」
「……はい、では失礼いたします」
私はとっとと客間から退散し、台所へと向かう。
「あのハゲタカデブネズミ、まだ現役なのか? いい加減、くたばって欲しいものだな」
シメオンは小声で私に耳打ちしてきた。
私は小さく頷く。
「全くです。……普遍教会の威を借る、裏切り者。いつか、絶対に天罰が下りますよ」
ハゲタカデブネズミ。
とは、例の徴税官の綽名である。
人間、生きている以上は必ず税金を取られる。
こればっかりは仕方がない。
そして税金には必ず、徴収する人間がいる。
つまり徴税官だ。
イブラヒム神聖同盟内部では、大抵は聖職者が税金を徴収する。
が、異端者・異教徒に関してはやや事情が異なる。
いくつかの“異端・異教街”では異端者・異教徒の自治が認められており、そしてまた徴税権も異教徒・異端者に委ねられているのだ。
ハゲタカデブネズミ野郎は、普遍教会から徴税を委ねられた、徴税請負人の一人なのである。
まあ、元々は異端者や異教徒たちを穏便に、間接的に統治するためのシステムだったのだろう。
しかし現状ではその徴税請負人や自治会の連中が普遍教会の一部と結託して、利潤を得ている。
そのシワ寄せは私たちに来る、というわけだ。
「できることなら、ぶっ殺してやりたいくらいなんだがな……」
怒り心頭という調子で言うシメオン。
……被害にあったのは私なのだが、なぜシメオンはそんなに怒っているのだろうか?
過去に嫌なことでもされたのか?
「まあ、しかしそういうわけにもいきませんからね」
あることないことを普遍教会に報告されると面倒だ。
大人しく従うほかはない。
……まあ、毎年のことだから慣れっこと言えばそうなんだけどね。
「そうだ、シメオン。お湯を沸かしてくれませんか? 私は今年の税金を用意しなければならないので」
「ん? ああ、構わないぞ。お湯を沸かして、珈琲を淹れれば良いのか?」
「ええ。そうだ、この日のために雑巾の搾り汁を溜めておいたので、それを使ってください。トイレにあります」
「おう、了解したぜ」
毎年、あのハゲタカデブネズミには雑巾の搾り汁を出しているが、今までバレたことは一度もない。
だから今年も、「お も て な し」をしてやるつもりだ。
既に用意し、まとめて置いた書類とお金を集め終えるころ……
ちょうど、シメオンが珈琲を淹れ終わった。
「ちゃんと、搾り汁は入れましたか?」
「ああ、珈琲以外は搾り汁百%よ。飲んで、確かめてみるか?」
「いえ、結構です」
私はどこかのハゲタカデブネズミとは違って、人間だからな。
そんなものは飲まない。
「飲み物は私が持って行った方が良いでしょう。あなたはこっちを持ってくれませんか?」
「おう」
私は珈琲とクッキー(作ってからかなり日が経っている)をお盆に乗せて、客間へと向かう。
ハゲタカデブネズミにはニタニタと笑う。
「どうぞ。お口に会えば良いのですが」
「いただこう……ふむ、悪くはないな」
珈琲を飲んでそう言うハゲタカデブネズミ。
私とシメオンは思わず吹き出しそうになったが、必死に堪えた。
「それにしても……先代の店主が亡くなったと聞いたが、繁盛しておるではないか」
「はい、すべては普遍教会の御恩情と、自治会の皆様のおかげでございます」
「ふむふむ、若いのに分かっているではないか」
まあ、普遍教会の御恩情はともかくとして、自治会がまともに仕事をしていることなど聞いたことはないが。
連中は益よりも害の方が大きいだろう。
「それに新しい商売にも手を出したと聞いておる」
「え、ええ……まだ手探りではありますが」
「その様子ならば、税の支払いには何の問題もなさそうだな」
私は小さく頷くと、店の売上を記録した帳簿――の写し――と、納税のために作成した書類、各税金ごとにディルハーム紙幣を納めた封筒をテーブルに並べた。
ディルハーム紙幣は十年ほど前から普遍教会が発行している兌換紙幣だ。
ディナル金貨一枚=ディルハーム銀貨十枚=ディルハーム紙幣十枚。
と、なっている。
一般的にディナル金貨は大規模な商取引か、もしくは高額商品の名目上の値段表記でしか使用されない。
つまり、普通の商取引では銀貨が使用される。
そしてそんな銀貨を持ち運びやすいようにするために考案されたのが、ディルハーム紙幣なわけだ。
まあ、私はこんな紙っ切れは信用していないのだが……それでも遠方から来たお客様は紙幣を使うし、それに最近ではかなり一般にも流通しているので、私は紙幣での支払いを受け入れている。
あと税金の支払いも基本的にはこの紙幣でやっている。
「それぞれ、売上税、資産税、地税……人頭税、十分の一税、自治会運営費、となっております」
ちなみに人頭税は異端者・異教徒にのみ課せられる。
いつもは父と私の二人分だが、今年は私の分だけだ。
「よし、確かめさせてもらおう……ふむ、人頭税が少ないようだが?」
「父が亡くなったので。私の分だけでございます」
「はて? しかし半年分は生きていたのだから、その分は支払うのではなかったかな? うーむ、どうだったか、覚えていないなぁー」
わざとらしい奴だ。
ちなみに、私は覚えているぞ。
身内が死んだときは葬式税と相続税を支払うから、それで人頭税は免除だ。
が、こいつにそんな説明をしても無駄だろう。
「申し訳ございません。しばし、お待ちを……シメオン、ディルハーム紙幣を持ってきてください」
「お、おう!」
とりあえず、シメオンにディルハーム紙幣を持ってこさせる。
シメオンを待っている間、ハゲタカデブネズミの実に不愉快な問い――良くもまあ、恥ずかし気もなく人の胸だの尻だのを聞けるものだ。死ねば良いのに――を雑にならない程度に答え、場を持たせる。
ようやく戻ってきたシメオンから紙幣を受け取り、私はハゲタカデブネズミにこれを渡す。
「どうぞ、父の人頭税です、お納めください」
「よろしい」
ハゲタカデブネズミはそう言って、その人頭税を封筒にしまうことなく、自分のポケットに捻じ込んだ。
着服することを隠す気は一切ないようだ。
「ところで、これだけかな?」
……なるほど。
人頭税と、アレは別ってことね。
まあ、予想はしたけどさ。
私は感情が顔に漏れないように、笑みを浮かべつつ、懐から封筒を取り出した。
そしてハゲタカデブネズミの手を握り、もう片方の手で封筒を乗せる。
「日頃からお世話になっております。……これはほんのお心遣いです」
「ぐふふふ、分かっているではないか」
上機嫌な様子でハゲタカデブネズミは笑うと、その封筒を自分の懐にしまった。
「普遍教会と自治会には、この店は決して良からぬことを企んでいないと、伝えておこう」
ニチャリとハゲタカデブネズミは笑うと、最後に私の臀部を撫でてから、上機嫌な様子で出て行った。
今度は別の店に集りに行くのだろう。
ハゲタカや、ドブネズミみたいに。
「あの野郎、賄賂だけであんなに持っていきやがった! くぅー、腹立つ!! 気持ち悪いし! っぺ、っぺ、もう二度来るな!! 寄生虫! 民族の裏切り者! 背教者! 偶像崇拝者! 拝金者! 非割礼者! 悪魔契約者! チビ、デブ、ハゲ!」
思いつく限りの罵倒を、絶対に聞こえない声量で呪詛のように喚く。
シメオンも私と同じ気持ちらしく、モップでハゲタカドブネズミが歩いた場所を掃除しながら言った。
「来年来ないように、塩でも撒いておくか?」
「塩を撒く? どうして?」
「そういう呪いがあるって聞いたぜ。効果あるかもしれないぞ」
呪いね。まあ、そういうのは私はあまり信じないのだが。
でも塩を撒くくらいなら、効果あるかもな。
「では、台所に塩の入った壺があるので、あのハゲタカドブネズミが触れた場所を掃除したら、撒いておいてください」
「お前はどうするんだ?」
「水浴びしてきます。ええ、気持ち悪い手で触られたので」
私は足を踏み鳴らしながら、店から自宅へと向かうのであった。
ブクマ、評価等、ありがとうございます
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