第11話 いろんなところが大人になった
「お、お見苦しいものをお見せしました」
私はシメオンから貰ったマントを羽織ってから言った。
不可抗力だったとはいえ、まさかシメオンに見られるとは……不覚だ。
「あ、ああ……それで良い」
頬を掻くシメオン。
彼も私のものなんて見せられて、さぞや迷惑していることだろう。
「ところで、これはどうしますか?」
「一応、殺してはいない。縄で縛って、ここに置いておこう。後で警吏に伝えれば良い」
そういうシメオンの言葉は、随分と慣れている様子だった。
よくよく見るとかなりがっしりした体つきになっている。
もしかしたら、荒事を職業にしているのかもしれない。
「取り敢えず、盗られたものを回収するぞ」
シメオンはそういうと散乱した私の仕事道具や財布を鞄に詰め、そして煙管も奪い返してくれた。
「形見だろう? ちゃんと、持っておけ」
「ありがとうございます」
私は煙管を胸に抱きしめた。
少しの間だけだが、大切な父の形見を賊に奪われてしまった。
それが戻ってきて……思わず安心する。
「取り敢えず、家まで送ってやる」
そういってシメオンは歩き始める。
私は彼の背中についていこうとするが……ズキッという痛みが右足首に走り、思わず足を止めてしまった。
「大丈夫か? 見せてみろ。……捻挫だな。少し、待ってろ」
そういうと彼は自分の服を破き、細い布状にして、慣れた手つきで私の足首を固定した。
「家に帰ったら、氷で冷やせ。二、三日で腫れが引かないなら、神殿に行って見て貰え」
「はい……ところで、何をしているんですか?」
私の足首を固定してから、背中を向けるシメオン。
意図が分からない。
「負ぶってやる。その足では歩けないだろ?」
「そこまで迷惑をかけるわけには……」
「こっちの方が早い。迷惑を掛けたくないと思うなら、掴まれ」
まあ、そういうなら……お言葉に甘えて。
私はシメオンの背中に抱き着き、手を回した。
その背中は記憶にあるものよりも、広かった。
「大体、お前はな……こんな夜道をふらふら歩くなんて、不用心にも程があるぞ」
「はいはい」
私を運びながら、シメオンは説教を始めた。
まあ、確かに不用心だったし、実際に危険な目にあったのは事実なので、受け入れるしかない。
シメオンに説教されるというのは、やや不服だが。
「そもそも……」
「ところで、シメオン。……本当に、本当に、男らしくなったというか、大人っぽくなりましたね」
説教を打ち切るために、私は強引に話題を変える。
説教を打ち切るという動機はあったものの、これは私の本心だった。
前に再会した時は悪ガキ時代のシメオンのイメージがまだ私の中に残っていたから、少年に見えた。
だが、今は別人のように感じる。
今のシメオンは……私を暴漢から助け、怪我の応急手当をし、そしてこうして負ぶってくれている。
随分と頼もしく感じるし、こうして広い――そう、広いと感じるほど彼の身長は高くなっている!――背中に身を預けていると、安心感を抱く。
ま、まあ……暴漢に襲われた直後だし、吊り橋効果補正が半分というところもあるだろうけれど。
褒められたのが嬉しかったのか、シメオンは話題に乗ってきた。
「ま、まあ……俺も大人になったというか、今考えてみると、随分と子供だったな。昔は」
「そうですね。とんでもない悪ガキでした。私も随分と意地悪をされたり、言われたりしましたね」
「それは……すまなか――」
「その悪ガキに助けられるとは。人生、何があるか分からないものですね」
私がそういうと、シメオンは頭を掻く。
「そういうお前も、大人っぽくなったと思うぞ」
「そうですか?」
私は昔から、こんなんだった気がする。
自分の成長は自分では分からない。
まあ、魔導技師としての腕はずっと上がっているとは思うけど。
「具体的にどの辺ですか?」
「ぐ、具体的に? えっと……見た目とか?」
「……なぜ、言い淀んだんですか?」
「べ、別に……」
「見た目とは、何を見て、私が大人になったと思ったんですか?」
「……」
シメオンは無言になってしまった。
……まあ、良いか。
「仕方がありませんね。許してあげます」
「……おう、助かる」
そうこうしているうちに、大通りに出ることができた。
ここまで来れば、あとは簡単だ。
バスコ地区に入り、そして私の家に到着する。
「降ろしてください。ここまで来れば、大丈夫です」
「そうか」
ぶきっきらぼうにシメオンは答えると、言葉とは裏腹に、慎重に私を降ろした。
「俺は今から、警吏のところに行ってくる。多分、明日、事情聴取を受けるから、そのつもりでいてくれ。その時は迎えに行く」
シメオンは一方的にそういうと、立ち去ってしまった。
明日、何かお礼をしないとな。
「結局、何にもわかりませんでしたね」
「そうだな……まあ、警吏なんてそんなもんだ。連中は大して、役に立たない」
翌日、私は警吏のもとに事情を話しに行った。
今はその帰りだ。
暴漢たちは私の名前を知っていた。
明らかに私個人を狙った犯罪だった……と伝えたのだが、ちゃんと取り合ってくれなかった。
「ところで、足は大丈夫か?」
「ええ、かなり良くなりました」
すでに痛みはかなり引いて来ている。
もっとも、シメオンはお節介にも肩を貸してくれているのだが。
「ところで、お昼時ですし、どこかお店に入りませんか? 昨日のお礼も兼ねて、奢りますよ」
前はセリーヌさんが来たせいで――せいで、というと彼女に少々失礼ではあるが――あまり話はできなかった。
これを気に、いろいろ聞いてみたい。
「お、良いのか? じゃあ、お言葉に甘えることにしよう」
適当な店に入り、料理を選ぶ。
「なあ……この店さ、豚肉はないよな?」
「ここはバスコ地区ですよ? そうじゃなくても、エスケンデリア市なら必ず表記がありますし。そういう心配は無用だと思いますが」
「いや、まあ、そうなんだけどな。他の街だと、必ずしもそうってわけじゃなかったりしてな」
食事関係で随分と苦労したらしい。
私は基本的にバスコ地区周辺の仕事しか請け負わないし、エスケンデリア市から出たことはないので、そういう意味での人生経験は彼の方が豊富なのだろう。
そうこうしているうちに料理が出てきた。
私は羊のシチュー、シメオンは牛のステーキだ。
「何を職業にしているんですか?」
「ん? ああ、今は冒険者と傭兵をしている」
「それはまた、随分と不安定な仕事をしてますね」
言っちゃ悪いが、冒険者も傭兵もロクな仕事じゃない。
教養もなく、技術もなく、財産もなく、伝手もないようなチンピラ紛いがやる仕事というイメージがある。
ところで冒険者と傭兵の違いだが、あまりない。
冒険者は仲介に冒険者ギルドが入り、一方で傭兵は直接個人や商会と契約を結ぶ。
まあ、中抜きがない分は後者の方が実入りが良いそうだ。
しかし冒険者ギルドを通した方がいろいろと補償が出たりするらしいので、一長一短だけど。
「実力が認められれば、そうでもないぜ。何より成果が第一だから、差別もない。まあ、落伍者ばっかりってのもあるけどな」
「まるで。実力が認められているかのような言い方ですね」
「これでもA級だ」
「それは凄い!」
A級ともなれば、場合によってはどこかの国や諸侯から勧誘が来るんじゃないか?
まあ、シメオンは私と同じユタル人――ユタル派を信仰する者たちのことを“民族”と捉える場合の呼び方――だから、イブラヒム教十二使徒派の諸侯が家臣にしてくれる可能性は低いかもしれないけど。
お互いの話で少し盛り上がり……
それから話は昨日の事件のことに移行した。
「何か、恨みを買った覚えはあるか?」
「いや……そんな覚えはないんですけど」
特に私個人は何もしてはいないと思う。
まあ、あり得るとすれば……
「逆恨み、ですかね? セリーヌさんのところに通報した人が幾人もいたらしいですし。《場違いな芸術品》での成功への僻み、そして十三歳の小娘が自分よりも良い魔導具を作ることへの嫉妬……と思ってしまうのは、自意識過剰でしょうか?」
「うーん、同じ信仰を守る、“正統派”の同胞にそんなことをするやつがいるはずがない……と言いたいところだが、くだらない嫉妬をするやつはいるしなぁ」
正統派、とはイブラヒム教ユタル派、ユタル人の自称だ。
私たちは自分たちの方が正統であると思っているのだから、自称が正統派であるのは当然だろう。
もっとも主流派を占めるイブラヒム教十二使徒派――特に普遍教会――の前では、「正統」を名乗ることは怖くてできないが。
「しかし、他にもいろいろ嫌がらせがありそうだな。それに、そもそも女の子が一人で店にいるなんてのも危ないし」
「そうなんですよね……どうしようかと思ってまして」
出歩く分は気を付ければ何とかなるが……
店に直接、武器を持った強盗に入られたらどうしようもない。
私は魔術を使うことができる……が、それは魔導技師としての技術。
戦闘への応用となると、てんでからっきしだ。
「となると、護衛を雇わないとな」
「そうなんですよね……でも、誰を雇えば良いのやら。冒険者とか、傭兵とか、全然わからないですし。正直、怖いというか……」
暴漢に襲われないように冒険者を雇ったら、その冒険者に襲われました。
という話はよく噂に聞く。
「信用できるやつじゃないとな!」
「そうですよね……」
「それに実力が確かじゃないとな。最低限、A級冒険者じゃないと」
「確かに弱っちい人を雇っても、役に立ちませんしねぇ。でも、どうすれば……」
私が悩んでいると、シメオンは強くテーブルを叩いた。
「俺がいるだろ!」
「え? ああ、そういえばA級冒険者って言ってましたね」
「そうだよ! 俺の実力は昨日見ただろう?」
「でも、信用が……」
「おいおい、嘘だろ?」
「ええ、冗談です」
シメオンがもしそういう人なら、私は昨日の時点で押し倒されていただろう。
彼は信用できる。
というか、シメオンが信用できなければ、冒険者や傭兵に信用できる人間なんていない。
「私とお店の警護、宜しくお願い致します」
「承った」
ニヤリとシメオンは笑った。
「ところで、A級冒険者の護衛って、相場はいくらくらいですか? ……やっぱり、お高いんですか?」
「まあ……そこそこはするな」
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