第1話 異世界の機械製品《オーパーツ》
ショシャナ・レヴィ・モーシェ。
それが私の名前だ。
年齢は十三歳。
髪は栗色、瞳はアーモンド色……まあ平凡な色だ。
顔はそこそこ悪くない……とは思うのだが、昔、男の幼馴染に「ブス」だなんだと言われたことがあるので、そこまで自信は持てない。
父やお客さんは「可愛い」「美人だ」「器量が良い」などと言ってはくれるが……さて、どうかな?
お世辞な気がする。
間を取って、普通なんじゃないだろうか?
そこそこ繁盛している魔導具店を営んでいる父と二人で生活してきた。
まあ、その点はよくいる女の子だと思う。
強いて言えば、“魔力を流した人工物の情報を読み解く能力”という特殊な能力を持っているという点だろうか?
しかし、それは今はどうだって良いことだった。
というのも、今、私は重大な危機に瀕しているからである。
「あなたの御父上、レヴィ氏が亡くなりました」
そんな知らせを受けたのは、今から一月前。
丁度、誕生日の日だった。
取引のために遠出した父の帰りが遅いと思っていたら……そんな知らせが届いた。
私はすぐさま現地に赴き、父の遺体を受け取った。
悲しんでいる暇なんてものはなかった。
様々な事務手続きや葬式などを済ませ、ようやく腰を落ち着かせることができたのが昨日。
そして……
「これがあなたの御父上が我々から借りた金額です。期日までに返済してくださいますよう、お願い申し上げます」
と、口調だけは丁寧に、しかし高圧的な高利貸しや家に押し掛けてきたのが今日のことであった。
「はぁ……父さんが借金、か」
思わず私はため息をついた。
私が知る限り、父は借金など作っていなかったはずだが……
うーん……隠れて遊んでいたのだろうか?
それとも事業の拡大をしようとして失敗したとか?
借金の保証人になったとか?
分からないな。
とりあえず、直近の利子の返済だけは間に合わせなくては。
さもなければ……
「十三歳で娼館行きかなぁ……」
おぉ、笑えない冗談だ。
残念ながら、冗談ではなくほぼほぼ確実な未来だが。
「店と家を手放せば……あー、でもそれでも全額返済には足りないし、泥沼に嵌るだけか。そもそも手放せば生活できないし……」
父との思い出の場所である、この店と家は守りたい。
思わず、私は拳を握りしめた。
「とにかく、行動しないことには変わらないわね」
私は立ち上がった。
「お金に換金できるような芸術品とかはない、かぁ……」
家と店中の倉庫や金庫をひっくり返し、金目のものを探したのだが借金返済に役立ちそうなものは見当たらなかった。
「まさか、商売道具を売るわけにもいかないし」
私は魔導具の作成、修理に使用する道具の山を見ながらため息をついた。
我が家は代々、魔導具の販売・修理を営んでいる、魔導技師の家系だ。
当然、私も父から手ほどきを受けている。
才能も技術もあるとは自負しているから、順当に家業は続けられると思う……もっとも借金さえなければのお話だが。
「後は……家にある、最後の倉庫だけか」
絶対に開けるなよ? 見るなよ?
と、父から念押しされていた倉庫がある。
確かめていないのは、それだけだった。
私の家は大きい。
屋敷、とまでは言わないまでもちゃんとした一軒家で、そして庭まである。
金持ちと言えば言い過ぎだが、そこそこ裕福な家庭だとは思う。一般的なレベルで、だけれど。
さて、倉庫はそんな庭の殆どを占有している、巨大なものだ。
私が生まれる前に父が立てたらしい。
絶対に見るなと言われてはいたが……はてさて、何があるのやら。
やや好奇心を抱きながら、私は倉庫の鍵を開ける。
重い扉をやっとの思いで開き、ランタンで中を明るく照らす。
すると……それは特殊なガラクタの山。
「これは……≪場違いな芸術品≫!?」
《場違いな芸術品》。
別名、オーパーツ。
使用用途不明、出所不明のガラクタ、ただの置物、好事家の収集物、意味不明な芸術品、悪魔の作った加工品、神の作りし遺物などと呼ばれている人工物だ。
お目に掛かるのは初めてだが。
「な、なるほど……父さんにこんな趣味が。娘に見られるのが、恥ずかしかったって、ことかな?」
使い方が違うのか、それともそもそも壊れているのか、何らかのエネルギーが足りないのか。
大抵は動かない、ゴミ、ガラクタでしかない。
しかし世の中にはそんな役に立たないゴミに芸術性を見出す奇特な人がいる。
使い方も分からないガラクタを、片っ端から蒐集し、コレクションする……そんな趣味を持つ人がいる。
父はそんな“オタク”の一人だったようだ。
「父さんがオタクだったとは、知らなかったなぁ……」
まあ、私はこんな役に立ちそうもないガラクタなんてものには興味はないが……しかし“オタク”趣味を否定するほど、器が狭いわけでもないぞ。
「しかし……こんなガラクタ、売り物にはならないからなぁ……いや、待てよ? それは調べてみなければ分からないか」
私は手に取った『鏡(のようなもの?)』に魔力を流す。
私は人工物に魔力を流すことで、その名称、材質、仕組み、使用用途・方法、来歴を把握できる。
これは私が先天的に持つ能力、“祝福”だ。
「こ、これは……驚いた。こことは違う世界? から流れてきていたなんて!」
どうやらこの鏡――携帯電話と言うらしい――は、私が今いるこの世界とは全く異なる星、“異世界”から流れ込んできた製品らしい。
鏡のように見えるが、その“異世界”に於けるもっともメジャーな情報伝達機器で、信じられないことに互いの声も顔も見えない聞こえない位置から、瞬時に情報を伝達できるとか。
しかも他にもいろんな機能があるようだ。
まず“異世界”というものが存在する時点で驚きで、次にその様々な性能に驚く。
こんな木の板並みに薄いのに……どうやら“異世界”の科学技術は私たちの世界の数百歩先を行っているようだ。
「これは壊れてないみたいだね。……ただ、燃料切れなだけ、か。ふーん、魔力ではなくて、雷で動いてるんだ。ふむふむ……でも雷は雷でも、ちゃんと適した威力?の雷じゃないといけないのね」
もしかして、“充電”すれば使えるのでは?
私は魔術で電気を生み出し、慎重に流してみた。
すると携帯電話の画面が光る。
「おお! ついた!! 凄い!!」
これには少し感動してしまう。
……父さんも私に言ってくれれば、起動しているところを見せてあげられたのに。
「そうだ、そう言えば写真? っていうのを取れるんだっけ……えっと、これで良いのかな? うわぁ!!」
パシャッ!
突然の光と音に私は思わず取り落としてしまう。
拾い上げてみると……驚く私の顔が写っていた。
驚く私の顔を見て驚く……というのは少し変な話だが、これには驚くばかりだ。
「へぇ、凄い……あー、でもこれだけだと紙には写せないしなぁ。写実画でも事足りるような気もする」
そもそも、自分の顔を記録して何の役に立つのやら。
そんなもの、絵師にでも頼めば良い。
こんな機械は不要じゃないだろうか? 全く、“異世界人”の考えることは分からないな。
「他に何か、もっとこう、面白そうなものは……」
私は倉庫の中を探し、片っ端から魔力を流していく。
携帯電話以外にもタブレット端末、パソコン、テレビ、冷蔵庫、印刷機、扇風機、クーラーなどなどの“電子機器”がたくさんあった。
まあ、大抵はどこか壊れていたり、老朽化しているせいで使えないけれど。
「ふーん、これは“自動二輪車”“オートバイ”“バイク”って言うんだ。移動する道具……は車輪があるから見ればわかるけど、へぇ……油を燃やして回転させるんだ。速度は……馬以上に出るの!?」
そしてこのバイクと同じものが、三台ほどあった。
一つ一つに魔力を流していく。
大まかな構造はだいたい、同じみたいだね。
「これは……うーん、損傷が激しいかな。こっちは……動力がダメになってるみたいだね。あ、でも燃料は残ってる。こっちは……これはもしかしたら、直せるかも!」
私の心の中から、ゾクゾクとしたものが沸き上がる。
「これは神様からの、魔導技師である私への挑戦状と受け取った!」
私は早速、バイクの修理に取りかかった。
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