第四話
「王都にある寄宿舎、ですか?」
その日の夕食の話題に上がったのは、王都に新しく作られた教育機関の話だった。
「ああ。寄宿舎と言っても、王族も通う学校の建物だ。我が家より広い立派なものだぞ」
「ブルーロワ学園でしたね。我が国の教育水準の向上を目的として作られたとか」
「四年前に作られたときはどうなるかと思っていたが。どうやら順調らしい。来年から本格的に運営が始まるそうだ。王子達もそこに入学すると耳にした」
義父様とお母様の会話を邪魔しないよう、音を立てず食事を続ける。この六年ですっかり慣れた、私の日常だ。
ブルーロワ学園の話は設立前から耳にしていた。
貴族だけが入れる学園。十六歳から入学可能で、三年間寄宿舎に入り教育を受ける。
設立から三年間は試験運用という形を取っていたが、来年から本格的に学園が始動する。王都の貴族はその話題で持ちきりらしく、家から滅多に出ない私ですら噂を耳にするほどだ。
「まあ、王子達が? そう言えば、第二王子とコライユ達は同い年でしたね」
「そうだ。我が国では十六歳で成人と認められるが、これからの時代を生きるにはそれだけでは足りない。貴族としての教育を受ける場が必要だ。そこで、ブルーロワ学園というわけだ。年齢も丁度いい、コライユ達には良い場所になると思う」
教育機関、という言葉に最初は心惹かれたが、義父様が今話したように、あの学園で学べるのはあくまで貴族としての教養だけ。
私が本当に学びたいことは、あの学園では教えてくれない。少し調べて興味をなくし、今この場で話題に上がるまですっかり忘れていた。
義父様が持ち出したこの話の終着点を予想し、こっそり溜息を吐く。
……十六歳で家を出る最短の予定はおじゃんになってしまった。
そんな私とは対照的に、コライユはキラキラとした瞳で義父様を見詰めている。
「素晴らしい場所ですわ。義父様、私その学園に入学したいです!」
「そう慌てるなコライユ。我が国最高の教育機関となるだけあって、あの学園には試験制度が導入されているんだ」
試験制度、という言葉に、右から左へ受け流していた私の耳がぴくりと反応する。
試験制度は我が国では一般的ではなく、通常であれば王宮勤めになる者しか体験できない。ブルーロワ学園設立時にはそんな話は聞かなかった。しかし、少し考え、やはり興味をそそられる話題ではないと受け流す。
教育機関に導入するのは我が国では初めての試みではあるが、その試験内容とやらはきっとお金を積めば『些細な問題』になってしまうだろう。
所詮は貴族の集まる学校。試験制度と聞くと仰々しく感じるが、実態はそんなものだ。
「まあ、コライユなら受かるだろうがな。まだ一年近く猶予がある。明日から試験に向けて勉学に励みなさい。教育係も手配しよう」
「嬉しい。義父様、ありがとう!」
「はは、感謝の言葉は試験に受かってからにしなさい。……エカラット、お前も受けるように」
「はい、義父様」
テーブルに落としていた視線を上げ、ニコリと笑顔を作る。義父様は一瞥して、すぐに視線を外した。
私のこの家での現在の立ち位置は、つまりこういうことだ。
言葉の上ではコライユ達、と一括りにされているが、私の存在はあってないようなもの。もう傷付くことはない。六年の月日ですっかり慣れてしまった。
コライユは私に笑顔を浮かべ、けれど言葉を交わすことなく直ぐにその視線は義父様に向けた。お母様は私を視界に写そうともしない。
いつもの食卓だ。三人の会話を聞きながら、私は静かに食事を終えた。
「寄宿舎に入ったら家に帰れるのは休暇中の間だけなんですって。ちょっと不安ね」
夕食後、自室に向かいながらコライユが小さく溜息を吐いた。
義父様の前では会話を避けているコライユだが、二人きりになればこうして話をしてくれる。お母様とはめっきり言葉を交わすことがなくなったので、私にとって唯一の家族の会話というやつだ。
「そうね。長い間この家を離れるのは初めてのことだわ」
「それに、寄宿舎には他の家の方も居るのでしょう? 一緒に暮らしていけるのかしら」
「それも教育の一環でしょうね。他の貴族との付き合い方を学ぶ場になるわ。わざわざ寄宿舎を作ったのは、そういう狙いがあると思うの。……つまり、貴族社会の縮小版ね。人脈作りにもなるし、コライユなら上手くやっていけるわよ」
「そうね……そうかしら。でも、出来るならお姉様と同じ部屋がいいわ」
コライユがニコリと笑い、私を見る。貴族の淑女らしい上品な仕草だ。私と同じ顔なのに、私と全く違う笑顔。
そんな彼女を見る度に、私は思い知らされる。義父様の理想通りに育ち、お母様の愛情を一身に受け、トゥフォン家の名に恥じぬよう育った令嬢。
義父様とお母様との間に子供は出来なかった。トゥフォン家の相続権を有するのは私とコライユだけになったのだが。
……まあ、そこら辺の事情は察して欲しい。
六年前、独り立ちの決意をしておいてよかったとしみじみ感じている。
「流石に、同室は無理ね。ブルーロワ学園の寄宿舎は一人につき一部屋。女中や使用人は連れていけるらしいけど」
「あら、そうなの。じゃあ隣の部屋ね! 私、毎日お姉様のお部屋に遊びに行くわ」
「……義父様に頼めば、そうなるんじゃないかしら?」
所詮貴族の学園だ。大抵のことはお金で解決出来るだろう。
遠回しにそういう意味を含めて言ったのだが、コライユには伝わらない。
「ええ、そうするわ。少し不安だったけど、お姉様が一緒なら楽しみよ!」
「そうね。私も楽しみだわ」
これっぽっちもそんなことは思ってないのだが、決まってしまったことは仕方ない。
ブルーロワ学園には全く興味はないのだが、コライユに言った通り人脈作りには最適の場所になるだろう。独り立ちのためには貴族同士の繋がりも大切だ。私の将来のため、フルに活用させてもらおうではないか。
コライユと私の部屋は少し離れた場所にある。いつも通り彼女を部屋の前まで見送り、いつも通り一人で部屋の扉に手を掛けた時。
廊下の向こうから、この場所では見慣れない姿がこちらへ向かってきた。
「義父様?」
珍しい。義父様は私の部屋に滅多に近付かない。何か用がある時は使用人を使うからだ。少し面食らって、直ぐに笑顔を浮かべる。
「どうかなされたのですか?」
「……ブルーロワ学園の試験制度は、かなり厳しいと聞いた」
義父様と二人きりで会話するなんて何年振りだろう。
しかしお互いそんな感慨深いものでもなく、義父様は何の前置きもなく本題に入った。
「……そうなのですか」
「試験制度は宰相が設けたものだ。相応しい者にのみ扉を開く、などと言っていた」
宰相、と言った義父様の顔が苦々しく歪む。王宮勤めの義父様とはソリが合わない、という話をいつかの食卓で聞いたことがある。
私は直接話をしたことがないが、お茶会で何度かその姿を見たことがある。
アジュール・レトルドレ・ラル・ナナリア様。
ナナリア家の次男で、見た目の印象だけで言えば、お世辞にも人付き合いに向いているとは言えない。
冷たい銀髪と同じ色の鋭い瞳は、目が合ったら萎縮してしまいそうな雰囲気だった。
「奴は実力主義だ。才があれば爵位も関係無い、などと馬鹿な考えの持ち主だ。そんな輩が関わっている試験制度だ。……コライユの勉学を全面的にサポートしろ。分かったな」
「……ええ、かしこまりました」
私の返事を最後まで聞かず、義父様は背を向けた。
「……つまり、試験はとっても厳しいもので、私の合格は二の次。コライユが受かることだけに集中しろ、ってことね」
小さく呟き、溜息を吐く。
義父様の命令に従うのは気が進まない。けれど、私に選択肢はない。
この六年間、私は貪欲に学んできた。
ほぼ全ての面でコライユに劣る私だけど、知識の数だけは彼女より上だと思っている。ほとんどが貴族の令嬢に必要ない知識だが。
しかし、義父様はそれを認めたくないらしい。私がコライユに勝ることを良しとしない。けれど、アジュール様の試験をクリアするためなら些事として目を瞑ろう、ということか。
……これからの一年は、私にとって時間の無駄になりそうだ。
私は大きく溜息を吐き、自室の扉に手を掛けた。




