最終話
マザー・メリー編ラストです。
美香の携帯にメールが届いていた。
服を着終わった彼女は、
それを読むとすぐに電話をかける。
もう警戒する必要はどこにもない。
「・・・もしもし、到着されたんですか!?
・・・あら? はい・・・大丈夫です。
エレベーターはすぐに・・・、 はい・・・。」
電話の途中で美香はタケルに指示を出す。
「タケル?
エレベーター直しに行ってくれる?
非常階段のほうは、
警備員さんと操られてた人たちで大騒ぎになってたみたい。」
それは確かに大変だ。
タケルは慌てて部屋を飛び出る。
さっき自分がぶっ飛ばした者達も、
一応、命は取り留めているようだが・・・大丈夫かなぁ・・・。
既に意識を取り戻している者もいるが、
幸い、タケルを覚えている事はなさそうだ。
会話が出来る者にはとぼけて、
下へ降りる事を勧める。
部屋へ戻ると美香は電話を終えてタケルを待っていた。
「お帰り・・・!
さ、私たちも行きましょう!」
タケルは部屋の中を見回す。
「ここは・・・このままでいいの?」
「探偵さんが、
部下の人達を引き連れて下まで来てるわ、
プログラムや、記録媒体、
全て始末するようよ?
救急車も手配してくれるみたいだから、
私たちにはもうする事がないわ。
・・・警察は後回しでしょうけどね?」
「・・・そうか、帰っていいんだよ・・・な?」
タケルはようやく緊張の糸を解いたのだが、
今度の事件はハッピーエンドではない・・・。
「美香姉ぇ・・・オレ・・・もう一度、
今日子のところに・・・。」
美香は何も言わずに、
優しい目でタケルを見つめる。
・・・変わらないわね、タケルは・・・。
だけど、それはこのままでいいのかもしれない。
性格が逆だったら・・・と昔からみんなに思われてきた。
でも、悪い事じゃない、
今ではその事も含めて受け入れられる・・・あるがままでいい。
「ええ、タケル、お別れに行きましょう。」
二人は部屋を出て廊下を歩き、
先程の応接室まで戻ってきた。
あらためて部屋の惨状に目を見張る。
主にタケルの暴れた事による被害のほうが大きい。
・・・本人も自分でここまでやった事が信じられない。
部屋の中には、
先程と変わらず今日子の遺体が横たわっている・・・。
タケルは再び今日子の頭を抱きしめた。
必死で声を押し殺すものの、
涙は止める事ができない。
美香は少し離れた所で弟の背中を見守った。
・・・いつの間にかあんなに大きく・・・。
今日子のことは確かに悲しいが、
今回の事件でタケルの成長を確認する事が出来た。
こんなときでも美香は冷静な思考を保っている、
そんな自分がイライラすることもある。
昼間、タケルに指摘されたように、
自分は冷たい人間になっているのだろうか?
・・・感情はある。
悲しい事も嬉しい事も・・・
今日もタケルが、
最後まで音を上げなかった事が、何よりも嬉しい。
けれど、
他の友人の女の子達と比べて、
自分は全く異質の存在だ。
美香は女性にも男性にも好かれるタイプだが、
誰も一定の距離以内には近寄っては来れない。
従って疎外感・・・と言う程のものは、
彼女の心に浮かんだ事はないが、
結局は自分は一人である、
という孤独感が常に彼女の心の中を占めていた。
大人たちに
優秀だね
完璧だわ
模範生だ
優等生よ
天才だ
強いなぁ
そんなことを言われるたびに傷ついてきた、
「 おまえは 普通の 人間じゃない 」
と言われているようで・・・。
受け継いだものがあまりに大きいために、
反発する事すら許されず、
自らの務めを果たす事しか、
幼い少女には選ぶ道はなかっただけなのに・・・。
・・・だが、今や、
自分はその務めを果たしつつあるのではないだろうか?
見て! お父さんお母さん?
タケルはこんなに大きくなった。
わたしはお父さんやお母さんの役目を果たしたよ!
これからわたしがどうなっても、
きっとタケルは私たちの意志を継いでくれる!
わたしすごくない?
たった一人で・・・
ここまであの手のかかる男の子を育てたんだから!
ねぇ!? どう?
お父さん! お母さん!
わたしを褒めてくれる?
わたしを、昔みたいに頭を撫でてくれる!?
ねぇ?
・・・おとうさん・・・おかあ さん・・・
タケルはいつの間にか立ち上がっていた・・・、
今日子に最後の別れを告げたようだ。
「美香姉ぇ、
・・・もういいよ・・・。
・・・? 美香姉ぇ?
・・・泣いてくれてるの?」
言われて美香は、
初めて自分の頬を涙が伝っているのに気がついた。
「・・・あら? ホントね、
私も緊張の糸が切れちゃったみたい・・・。」
涙の本当の理由は言わなかった・・・。
なんたって、
タケルはまだまだガキだ、
・・・増長させる事もない。
「グスっ・・・年取ると涙腺緩むってゆーぜぇ?」
涙声になってるくせに生意気な!
木刀の柄で、
遠慮なくタケルの頭部をこづく。
失ったものは大きいが、
これで平和な日常へ戻れるだろう、
今はそれでいい。
エレベーターから、
何人かの黒服の男達が登ってきていた。
帰り際に美香たちと鉢合わせになる。
「・・・あなた達は日浦さんの・・・?」
「緒沢様ですね?
支部長は下のエントランスでお待ちしております。」
そう言って、彼らは任務を実行しに入る。
美香とタケルはエレベーターに乗り、
悪夢の惨劇からようやく解放された。
一階では、
異常に気づいて騒ぎ出している職員もいたが、
それらを横目に、
最初と同じようにカップルのふりをして、
何事もないかの如く通り抜けた。
・・・その時タケルは、
自分の隣で腕を抱いている姉の目が輝いたのを見逃さない。
その視線の先には、
先程の男達と同じく黒服の男がいた。
・・・あれか。
美香はタケルの腕を解くと、
小走りにその男の下へ駆け寄った。
今度はタケルが微笑ましく姉を見つめる番だ。
初めて見るぜ、
美香姉ぇのあんなとこ・・・。
やっぱり、女の子はああじゃないとな、
さて、・・・どんなヤツだぁ?
タケルは後からゆっくりと近づいた。
ひょっとしたら兄貴になるのかぁ?
と品定めをする為に・・・。
男と視線を合わせると、
緊張気味に挨拶をする。
話しかけたのは男の方からだ。
「お? タケル君だね?
前よりもっと大きくなったんじゃないか!?」
「えっ?
以前にお会いしましたっけ・・・!?」
全く想定していなかった第一声。
美香が割って入る。
「失礼ね、
お爺ちゃんのお葬式で会ったでしょ?」
「えっ!
あの時いた・・・いらっしゃってたの?
すいません!」
いきなり低姿勢になるタケル。
「ああ、気にしなくていいよ、
葬式だけじゃ、
一々相手の顔なんて覚えてられないのが普通だよ。
・・・でも、
君とはご両親が亡くなった時にも一度会ってるけどね?」
「えええっ!?
それこそ申し訳ありません!
何だよ! 美香姉ぇ、
それならそうって言えよ!」
美香はくすくす笑うだけだ。
とりあえず、
タケルの印象は良かったようだ。
元々、
美香にはある程度、年上の方が相応しいとは思っていたし・・・。
このあと、
美香は最後の状況を日浦に説明し、
後は彼らに全てを任せることになった。
なんでも美香とタケルがここにいた痕跡は全て消去するらしい。
探偵ってそんなことまでできるのか・・・?
ある意味ありがたいんだけど、そこまでする必要があるのだろうか?
まぁ、こっちは何も心配しなくていいというなら、お言葉に甘えるしかない。
明日は、
自宅で爆睡する。
たぶん、スーパーレディの美香姉ぇでも布団に直行だろう。
でも目を覚ましたら覚ましたで、この事件の顛末を・・・
やっぱり考えるのは明日にしよう。
そして美香とタケルはその場を後にした。
二人の姿が見えなくなると、
日浦の部下であろう男が近づいてきて彼に話しかける。
「・・・彼女ですか?
騎士団の監視対象団体の一つ、
『スサ』の現頭目、緒沢美香・・・。」
騎士団極東支部支部長、
日浦義純は静かに答える。
「君は彼女を見るのは初めてか・・・、
最悪の事態だけは避けたいが、
もし本部の意向が決まるなら・・・、
覚悟しとけ。
はっきり言って、
騎士団内で、彼女の統率力・判断力・剣術、その総合において、
相手になる者はいない。
騎士団最強と言われた『湖の騎士』ランスロットでさえ、
彼女に勝てるとは思えない。」
「・・・まさか!
あんな若い女性が!?」
「だからこそ、『監視対象』なんだ。
あの一族には謎が多すぎる・・・。
騎士団が警戒するからこそ、
彼女達の両親が死んだ時は、
真っ先にオレ達騎士団が疑われたんだ。
本来、オレはあの時、命を失うはずだった、
だが、あの娘、
美香のおかげでこうして生きていられる。
・・・たった9歳の女の子がオレの命を救った・・・。
信じられるか・・・?
それに・・・あの弟・・・、
以前はただの気弱な少年だった筈なのに・・・。」
・・・
・・・・・・
応接室では、
騎士団極東支部の者達が、
事件の関係書類、ハード機器や記録媒体などを回収していた。
当然、
両手首をもがれた人形・・・
マザー・メリーも合わせて運び出されている。
最終的には、
海の向こうの騎士団本部に送られるのだろう。
閉じ込められていた社員は、
残念ながら誰も生き延びてはいなかった・・・。
児島社長と同じ運命を辿ってしまったようだ・・・。
警察はこの事件をどこまで追及できるのだろう?
事件に関係ないと思われる機材は、
もちろんそのまま残される。
極東支部の者も、
そこまで人手に余裕はない・・・。
例えばこのシステム室にはプリンターが残されている。
そんなものは持ち帰った研究室にあるもので代用できる。
従って彼らは見落としていた、
・・・そこに印刷された文字を・・・。
「 タケル タケルルルル ドコ
アタタカカッタ タケル ドコニイル
ナマエ ヨンデ アタシノ ナマエ
タケル オネガイ ダイテ サミシイ
モウ イチド オネガイ ヒトリニ
シナイデ アタシノ アタシ
ノ アタシダケノ タケル イツモ
ウ シロニ イタノニ ネェ イルノ?
タケル タケル タケル タ
ケルルルル イッシヨニ タケルル
ルルルルル・・・
」
・・・END・・・
お読みいただきありがとうございました。
最後、伏線? フラグ?
さて、どうでしょうか。
次回、から外伝シリーズですが・・・
全くティストが変わります。
ちょっと読んで「こんなの読めるか!」って方は次のシリーズまで飛ばしてください。