第16話
美香は、
ゆっくり慎重に、
壁際のケーブル配線の所まで向かっていた。
コイツを破壊すれば人形のパワーは弱まるか、
うまくすれば止める事ができる。
タケルに注意が向けられている今しかチャンスはない。
・・・タケル、持ちこたえて!
あと2メートル・・・いや、
1メートル進めば自分の間合いに入る、
狙いは絶対外さない・・・必ず破壊してみせる。
・・・だが・・・
『クスクスクス・・・、
メリーさん、みーつけた!』
人形は美香の動きを見過ごしてはいなかった!
突然向きを変えて美香を襲う!
「キィィリリリレヤァッ!!」
「畜生!!」
やけになったタケルは持っていた機材を床に叩きつける!!
・・・大きな音を響かせるが何も変化はない。
人形にぶつけた方がまだマシだったか!?
すぐさま人形の後を追うがもう遅い・・・
追いつけはしない。
・・・しかし美香は動じなかった。
腰を落として床を這う自分・・・、
机の上を歩き、上から振り下ろす動作の人形・・・、
どんなにパワーがあろうとも、
自分の位置までに斧を合わせるには、腰を大きく曲げるか飛び降りるしかない。
美香の狙いはそれだ。
・・・敢えてこの状況を選んだのだ。
その緩くなるスピードの間隙を縫い、
緒沢家古流剣術『祓いの剣』、
その最速最大破壊力の奥義を叩き込む為に!
・・・その奥義とは、
大地や地面を鞘に見立て、
居合いの要領で太刀のスピード・精度・破壊力を一気に昇華させる必殺の技!
左足はしっかりと床に接している・・・。
確かな感覚・・・。
・・・その床面からつま先へ力を流し・・・、
そのままつま先から足首に力を伝え、
更に膝、腰、背骨、肩、肘手首指先まで力を乗せてゆく!
全ての力を破壊する一点に集中・・・
砕 く !!
・・・雷光にも似た超至近距離からの一撃ッ!!
斧が振り下ろされるまさにその寸前・・・
人形の右手首は大きな破壊音と共に木っ端微塵に砕け散るっ!
勢いあまって斧は吹っ飛び、
部屋の扉に深々と突き刺さった。
「ギィィィィッ!!」
人形が一瞬の戸惑いを見せた瞬間、
タケルが後ろから羽交い絞めにする。
「美香姉ぇ! 今だ!!」
今の自分の力でどこまで持ちこたえられるか・・・?
いや、
美香姉ぇがケーブルを破壊してくれればそれで終わるはずだ!
美香は今一度、
壁につながるケーブルの位置を確認した。
すぐさま態勢を立て直す。
そこにあと一撃加えれば・・・!
人形はもがきながら、
残った左手でタケルの顔面を掴む・・・
万力のような力だ!
「ぐぁぁぁあ~・・・!」
人形を抑えながらも、
タケルは必死にその手を外そうとするが、
マザー・メリーは首を180度回転させケタケタ笑う。
このままタケルの顔を潰す気だ。
ふっ・・・ざけんな よ・・・人形ごとき がぁ・・・!
タケルは人形の手首に最後の力を込める。
「・・・て め ぇ は 終 わ り だ ぁ ッ!!」
人形の関節が軋みだした・・・、
パワー出力は上でもボディの耐久度は別だ!
モニターのほうからは、
マザー・メリーの怯えたような哀願する声・・・。
『・・・なに? やめて・・・、
いや! やめて! お願い! あたしに何するのっ!?』
・・・
美香は終に渾身の一撃を放った・・・!
壁の表面ごと、
ケーブルの接続をごっそり抉り取る。
そしてほぼ同時に、
人形の残った左手首が、タケルの握力によって砕かれてしまった。
『いやあああああああああっ!!』
人形マザー・メリーはメチャクチャに暴れはじめた。
その暴れぶりに驚いて、タケルはついついカラダを放してしまうが、
まだ余力は十分なのではないだろうか!?
しかし、
エネルギー供給源と攻撃手段を失って、
人形は混乱しているようにも思われる。
プリンターからは、
いつの間にか、先程とは異なる文字が流れ出していた・・・。
「・・・殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない・・・」
勝負はついていた・・・。
タケルは再び人形のカラダを抑えたが、
人形のそのボディから、
どんどん力が抜けていっているのも実感できる。
「美香姉ぇ!
・・・このまま全部やっちまえ!!」
タケルはこの後、
美香がそこら中の電子機器を破壊しまくるかと思っていた。
・・・だが姉の様子がおかしい。
美香は息を整えながら、
マザー・メリーの画面が映っているコンピューターまでゆっくりと移動した。
画面のマザー・メリーは必死に叫び声を挙げている。
『イヤ! イヤ! 死にたくない!
助けて!! 助けて!
また・・・
また殺されるの!? もうイヤぁ!!』
美香はそれをじっと見つめていた・・・。
画面上ではカーソルが点滅している。
美香は静香にキーボードを叩く・・・
「メリーさん? 怖くないから安心して。」・・・と。
「お・・・おい? 美香姉ぇ?」
人形は静かになった・・・、
完全に力がなくなったのかもしれない。
ていうか、そのまま文字を打ち込んでプログラムに通じるのだろうか?
「美香姉ぇ・・・ぶっ壊すんじゃ・・・?」
美香は静かに答える。
「うん、そう思ってたんだけど、
ここのコンピューターを壊しても、
もしプログラムを外部に転送してたら、また同じことが起きる。
だからデータの入出記録をチェックしないうちは壊せないわ・・・、
それに・・・。」
「それに?」
「何故、このプログラムは暴走したのかしら・・・?」
「ええっ?
今更・・・そんな・・・?」
「元から戦闘用プログラムだったというなら、
わからないでもないんだけど、
いきなり最初っからそんな物は作らないだろうし、
そうだとすると、
偶然でここまで一貫した行動は取れないはず・・・。」
「つ・・・つまり・・・?」
「プログラムも集めた精神エネルギーも、
本来、それ自体は意志を持たない・・・、
ここの社長の記述を思い出すのよ?
この人形にはプログラマーの死体が使われている事を・・・。」
「あ・・・え?」
「この人形に意志を持たせたのは、
殺されたプログラマー達の思念なんじゃないかしら?」
「そ、そうか!
・・・でもだから・・・どうすればいいん だ?」
美香はゆっくり顔を見上げてタケルを見つめる。
「・・・タケル、緒沢家発祥の縁起を覚えてる?」
美香はその厳しい表情で、
いったい何をするつもりなのだろうか・・・?
その奥義の名前は 『神断ち』 と呼びます。
緒沢家は武士職ではありません。
「ある」神を祀る神職です。
その説明は次回に・・・。