第15話
人形の手足が床と壁に接した。
そしてタケルの右手は人形の抵抗の力を感じる。
「うっ・・・?」
急に人形の頭を動かす事ができなくなったばかりか、
人形は、
野獣並みのパワーを誇るタケルに逆らい始めた!
・・・ギ・・・ギギギ・・・
関節をきしませながら人形が立ち上がる。
「・・・う、うそだろ?
お・・・おれの力を!?」
掴んだ顔の隙間から、
不ぞろいな目玉がタケルを見つめる・・・、
「キキキキキキ・・・・」
笑っているのか!?
いきなり人形は斧から片手を離し、
タケルに強烈な掌手を食らわした!
「ぐわぁっ!」
タケルの巨体が机の上に吹っ飛ぶ!
必死に機材につかまり敵の追撃に備えたが、
タケルの目には、
驚愕と恐怖の色がにじみ始めていた。
姉の突き以外で吹っ飛ばされたのは初めてだ・・・
それを、こんな気味の悪い人形が・・・。
考える時間も与えられず、
更なる攻撃が降り注ぐ!
頭上から、
一気に人形の斧が襲い掛かった!
身を捻ってギリギリ避けれたものの、
反撃する態勢に戻れない。
斧の刃は机をほぼ叩き割ったが、
引き抜くのに時間がかかる。
だが、
自分のパワーを上回るマザー・メリーの攻撃に臆してしまったら、
タケルには心を立て直すのは困難だ。
そしてさらにマザー・メリーは学習する、
・・・後ろに障害物がある時はこの攻撃は効率が悪い。
『クスクス・・・逃げちゃイヤ!』
その声と共に、
再び人形がタケルに襲い掛かる。
「うわわああああッ!!」
形勢は一気に逆転した。
並べられた机の上を、
タケルはみっともなく逃げるだけ・・・。
マザー・メリーはモニター上で、
『えい! えい!』と発声しながら、
斧をブンブン振り回す!
タケルは部屋の隅まで追い詰められつつも、
何とか床に着地する事までは出来た・・・。
だが、これ以上は逃げようがない。
マザー・メリーは、
机の上から誇らしげにタケルを見下ろす。
もう、
次の一撃を避けることは出来ない・・・。
「あ・・・あぁ~あ・・・!」
パニックになりかけたタケルは、
目の前のごつい機材を持ち上げた。
苦し紛れの盾代わりだ!
だが、
・・・こいつは盾の役目を果たしてくれるのか・・・?
こいつごとバッサリやられちまったら・・・。
しかし人形は、攻撃をかけてこない・・・。
(なんだ?
何をこいつは待っているんだ?
それとも警戒してるのか?)
・・・タケルの息は絶え絶えだ。
必死に呼吸を整えながらタケルは気づいた、
(待てよ、
オレが持ってる機材はもしかして大事なモンなのか!?)
その可能性は高かった・・・。
どうすればいい・・・?
床に落としただけじゃ、ほとんど効果はあるまい?
思いっきり叩きつければよさそうだが、
それには隙がでかくなる、
・・・そしたら人形は、
間違いなくオレの首を刎ねるだろう・・・。
八方塞になったタケルは、
助けを求めるように気弱な目を姉に向けた。
・・・だが、
たった一人の姉の目は、
タケルを無情にも突き放す。
美香は、
タケルに視線を合わせた瞬間、
避けるように視線をそらしたのだ。
姉ちゃん!?
タケルの心を絶望が襲う・・・
嘘だ!
姉ちゃんがオレを見捨てるなんて!
たった二人だけの姉弟なのに・・・!
タケルの意識に現実の死の実感が湧き上がる・・・。
目の前の化け物・・・
い や だ ぁ !!
タケルの脳裏に過去の思い出が浮かび上がる
・・・これが走馬灯というものなのか・・・?
思い出、
・・・自分を叱る美香の声・・・
( 「タケル! ・・・タケルっ!」 )
タケルの脳裏に浮かび上がったのは、
美香の自分を叱責する声だ・・・。
(タケル! しっかりしなさい!
男の子でしょ!? 何を泣いてるの!?)
いつも、姉は自分を叱ってた・・・。
優しい時もあった。
両親が死んで間もない頃、
彼女は拙い料理の腕で、
自分の大好物を作ってくれた・・・。
剣術稽古で怪我した時は、
一生懸命包帯を巻いてくれた・・・。
高熱を出して死にそうになった時は、
眠りもせずに自分を看病してくれた・・・。
でも、決して・・・
自分の苦しい事や悲しい事はオレに見せなかった。
普通の女の子なら、
誰かに悩みやグチを聞いてほしいはずなのに・・・。
誰かに慰めて欲しいはずなのに!
一度だけ・・・
泣いてるのを見たことがある・・・。
父さんや母さんが、交通事故で死んで・・・
葬式を済ませ・・・
夜、全てが終わった時、
誰もいないとこで、隠れて姉ちゃんは泣いていた・・・。
必死に・・・
声を必死に押しとどめて・・・。
オレに決して聞かれないように・・・
たった9歳の女の子が!
オレはそれを見て、分った・・・。
決して今、出てっちゃいけない・・・
姉ちゃんが泣いてるのを見ちゃいけない・・・。
あの時、
何故かそう思って・・・
すぐに自分の部屋に帰ったんだ・・・。
強くならなくちゃ・・・、
姉ちゃんを絶対泣かすことがないように・・・、
姉ちゃんはいっつもオレの事を考えてくれてたんだ・・・。
自分を犠牲にして・・・。
なのに・・・オレは!!
・・・ほんの一瞬の間であったが、
タケルの心に再び火がついた。
先程の美香の行動には意味がある!
タケルは視線を目の前の人形に固定しながら、
必死に視界の隅で、
美香の行動を把握しようとした。
・・・先程の通信ケーブルか!?
そう!
美香は人形がタケルに気を取られている隙に、
人形の力の根源を破壊しようとしていたのだ・・・。
タケル、・・・頑張って、
・・・あなたは誰よりも強いはずなんだから・・・!
次回決着です。