第13話
二人は文面を読み終えていた・・・。
「狂ってるわ・・・。
暴走したのが自分だという事が分ってない・・・。」
「こんな奴のために今日子が・・・!」
二人とも、すべき事はもう分りきっていた。
ホストコンピューターを破壊する。
美香は事件解明のために、
プログラムそのものは保護するべきかと悩んでいたのだが、
もはやこんな忌まわしいものを残す必要はないと決断した。
この遺書で十分だ。
「タケル、いい?」
何をどうするのか美香は言わない。
二人の意志は完全に一致した。
二人は警戒したまま、
その狂人の屍が鎮座する部屋を出て、
目的のシステム室へと向かった。
エレベーターは荷重オーバーのブザーが鳴ったままだ。
非常階段の扉がガンガン鳴っている。
大勢の人間の怒鳴り声も聞こえてくる。
・・・残念だが鍵は内側から閉めてある。
警備員なら合鍵を持っているだろう、
開けられないのなら、
そこで騒いでいるのは操られた者たちだ。
そうそう入って来れやしまい。
システム室もすぐに見つかったが、
美香は一計を案じ隣の部屋に入った。
この部屋も誰もいない。
・・・しかし恐らく隣は・・・。
美香は小声でタケルに告げる。
「真正面からじゃ、
ドアが邪魔して木刀、振り回しにくいのよ。
このパーテーションの壁、ぶっ壊せる?」
愚問だった。
タケルは壁の前にある机を無造作にどかすと、
助走をつけて、
ショルダータックルを思いっきりぶちかます!
またもやフロアー全体が揺れ、
パーテーションを支える支柱が折れ曲がる。
天井がボロボロ崩れ始めた。
壁は深い裂け目を生じさせながら「くの字」に折れ曲がり、
その奥からは、
大勢のどよめく声が聞こえてくる。
「次で完全に破壊するぜ、美香姉ぇ?」
「よろしくお願いするわ、
・・・わたしの可愛い弟ぎみ?」
再び、
爆発でもしたかのような破壊音と共に、
タケルのミサイルのような足刀が炸裂した。
支柱に区切られていた壁が完全に吹き飛ぶ。
その後に現れた光景は、まるで時間が止まったかのよう・・・。
そして次なる美香の一言が、時間を再び動かし始める。
「人間相手は手加減するのよ?」
穴が開いた空間から現われる男女の群れ・・・。
来るなら来い!
タケルによって蹴り壊された壁の穴は、
せいぜい、二人同時に通り抜けてこれる程度の隙間でしかない。
しかも膝の高さまでは、
壁の残骸が残っているので一気に向かってこられる心配もない。
こちらの部屋に入った瞬間、叩き潰せばよいのだ。
彼らはさながらゾンビの群れのように単純な動きで、
目を異様に見開き、わらわらと壁の残骸を乗り越えようとする。
「う ぁ ぁ ぁ ~!!」
だが、美香やタケルに攻撃への躊躇はもうない。
こいつらは操られているだけあって、
防御も何もあったもんじゃない。
目にも止まらぬ美香の太刀筋を交わす事など不可能だ。
みぞおちに喰らってうずくまる者、
首筋を払われて気絶する者、
そのスピード、正確さ、判断力、
いずれもただの女子大生の動きではありえない。
タケルの暴れぶりも化け物なみだ。
誰よりも長いリーチで相手を掴み、
あっという間に奥の壁に向かって放り投げる。
こなれた表現を使えば、
「ちぎっては投げちぎっては投げ」
とでも形容すべきだろうか。
中には刃物を握りしめる者もいるが、
ぬかりのない美香に手首ごと破壊されてしまう。
そして最後に美香は気がついた。
彼らを動かしているのは所詮、プログラム。
操る人数が多ければ多いほど、
その動きに複雑さを求めるのは困難なのだろう。
恐らく彼らは単純な命令しか与えられていまい。
「ふーぅ・・・。」
既にその場に立ち尽くす者は、
美香とタケルのみ。
終わってみれば、
数えるのも面倒なほどの男女が床に転がっている。
彼らが目を覚ました時の事を思うと、
ちょっと可哀想だが、
今はそれに同情できる場合ではない。
タケルと美香は互いを見つめ、
ゆっくりと隣の部屋に足を踏み入れる・・・。
たくさんのコンピューターや電子機器、
何十本もの配線が束ねられている。
かすかなモーター音や、
複数の機器の作動音が聞こえるのみだ・・・。
スチール製の書類棚のガラス戸の中には、
分厚い書類が並んでいる。
もう、
誰も邪魔するものはいない。
例の化け物は、
ここにもいないのだろうか・・・?
「美香姉ぇ、どっからやる?
全部たたっ壊そうか?」
「そぉ・・・ね?
とりあえず、コンピューター本体とハードディスク、
増設機器で十分かしらね?
まずは通信機器やっちゃいましょうか?
あの化け物が現われても、
もう、他の人からエネルギーを吸い取れなくなるわ。
それにコンピューターからだと、
どれにプログラムが存在してるか分らないし・・・。」
「よっしゃ、ぶっ壊すのは得意だぜぇ?
美香姉ぇ、周り注意しとてくれよ・・・!」
「オッケー・・・!」
その時だ、
突然プリンターが作動し始めた!
二人の注意が音源に注がれる・・・。
プーッ
今度は美香の手元のモニターが明るくなる。
キーボードになんか触っていないのに・・・。
そして美香はその画面を見つめて、
全身から血の気が失せる。
・・・そこには、
髪の長い黒いワンピースの女が映っていた。
自宅で見た、あの気味の悪い映像だ。
・・・そう、
今日子を殺したあの化け物・・・。
顔は・・・今見ても、
どんなつくりになっているか判別できない。
「・・・タケル!」
姉の怯えた表情を見て、
すぐにタケルも画面を覗き込んだ。
画面の中の顔のない黒い女は、
ゆらりと動きながら、
外の美香たちに話しかけてくる・・・。
やや舌っ足らずの甘えた声で。
『もしもし? 私メリーさん・・・、
わたしの大切なお友達を虐めちゃったわね?
あなた達、
わたしを殺すつもりなんでしょう?
クスクス・・・
わたし、死にたくないの。
だから、
あなたたちを
殺してあげる!!』
プリンターからは、
同じ文字がどんどん印刷されてでてくる、
・・・何枚も何枚も・・・。
『殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!殺す!
・・・・・・・・・・・ 』
美香もタケルも、
しばらく立ち尽くしていたが、
いつまでも魅入られていやしない。
タケルは気を取り直して、
最初の行動に出る。
電源コードだか通信用コードだかあまりよく分らないが、
とにかく壊しまくればいい。
トゥルルルルル・・・!
不意を突いて部屋の電話が鳴り出した。
しかも全ての電話機が次々と・・・、
電話機のコールランプがメチャクチャに光っている。
これもマザー・メリーとやらの仕業だろう、
今更、こんなもので怯えるものか?
美香は、
タケルの動きと周りに気を配っていた。
先程のように、
天井の壁の隙間からやってくるかもしれない。
まさか、
机の下になんか隠れてはいないだろうか。
・・・窓の外には夜景が見えるだけだ。
美香はふっとその瞬間、
窓に、
モニターの反射が映っているのを確認した。
振り向くと、
画像の黒い女性の動きがおかしい。
ハードディスクの音だろうか、
カリカリカリ・・・と、
それまでになかった規則正しい音が聞こえ始めている。
モニターの中の黒い女性は、
ゆっくりと、
持っていた長い金属棒・・・
重そうな刃のついた斧を振り上げてこう言った。
『クスクス・・・私メリーさん、
今、
あなた達の部屋の中にいるの・・・』