第12話
今回は説明回です。
便箋には、
乱雑な文字でこう書いてあった・・・。
『 誰かこのノートに気づいてくれるだろうか?
これを読んでくれているという事は、
私はもうこの世にいないだろう。
これは遺書と思ってもらってもいい、
私の最後の生きた証・・・
それを誰かに伝えたいだけなのである。
私は、
ここから逃れる、ありとあらゆる手段を考えた。
トイレに行く自由はあるが、
窓も廊下も彼らの監視下にある。
勿論、外には出られない。
この老体では彼らに抗う術もない。
携帯電話は取り上げられ、
・・・いや、あったとしても無意味だが、
通常の電話も、
受話器に耳をあてた瞬間、”あの人形”につながる。
火災報知器やスプリンクラーを作動させる事も考えたが、
私が怪しげな行動を取ろうとすると、
すぐに奴らが私の動きを封じに来る。
出来る事と言えば、
ちまちまノートに文字を埋めるくらいだ。
最後の望みで、
これからプログラムの「検問」を突破して外界に救助を求めてみるが、
”あの人形”に気づかれずそれを行うには困難だ。
システム室のホストコンピューターを破壊すれば簡単なのだが、
その部屋には近づく事すらできない。
もはや、この方法しかない。
さて、事の経緯を説明しよう。
私は、
このノース・フィールド・カンパニーの代表取締役社長、児島道幹だ。
通信事業の開発・宣伝などを手がけているが、
本来の目的は別にある。
それは、
ある神聖なる「物」を人工的に創り上げることだ。
私の大恩ある偉大なる導師、
小伏晴臣氏の指示のもとに、
人工的な生命体を創り上げることが、
この会社設立の本当の目的だった。
付喪神・・・九十九神というものをご存知だろうか?
古い人形や小道具などに念がついたり、
命が生まれたりすることである。
もちろん、
そんなものを信じるものはそうそういまい。
だが、それを科学的に証明できるとしたら?
人間の脳には、
ある種の電気信号が流れている。
もちろんそれは、
肉体という、生命活動の条件の上に成り立っている。
ではその、
「肉体という生命活動の条件」を用意すれば、
次の段階に進めるという事だ。』
『もちろん、
そこにたどり着く事すら楽な作業ではなかった。
その間に我が兄、
児島鉄幹は何者かに殺され、
偉大なる小伏晴臣氏は、
未だに行方が分らない。
あの方の事だ、きっとどこかでご存命だと信じたいのだが・・・。
話がそれてしまった。
・・・さて、
動物と同じように、
有機的な人工生物の研究も魅力ある物だが、
もう一つの・・・、
無機的な物を人間に近づける作業・・・
こちらの方がはるかに、
コストの面でも、
また技術革新の面から言っても飛躍的な成果が見込まれた。
そう、難しく考える必要はない。
小容量での高速演算、
記憶容量、人工知能の開発・・・
どれをとっても、
日進月歩の進化を遂げているのは、
誰の目にも明らかだろう。
さて、その次の課題が先程の付喪神の研究だ。
実際、人間の脳の活動から得られる電気エネルギーなど、
大した量ではない。
また、付喪神というものも、
科学的に解明するならば、
その対象物に触れた人間達の、
微弱な精神エネルギーを、
その器の中に、
発散することなく吸収したものだけが、
いわゆる怪異を引き起こすだけにすぎない。
しかも殆どは、
その器それだけでは何もできず、
新たに触れ合う人間の精神エネルギーと、
共鳴しあうことだけでしか活動を許されないのだ。
ではそのエネルギーを、
大量に蓄積する方法はないのか?
小伏氏は長い年月に亘る研究成果で、
その方法の一つを知っていた。
だがそれは、
私のような凡人に手に入れられるものではない。
しかしあの方は、
大空のような広い御心で私に仰った、
「人間の可能性は無限だ、
新たな道があるならば、
古い道に縛られることなく切り開けばよいではないか」と。
あの方は遥かな昔、
ノーフェイスという前衛的な研究機関を創設していたのだが、
邪悪な者達によって壊滅させられてしまったと言う。
ならば、
我々がその意志を引き継ぐべきなのだ!
そして私はその名を引き継ぐ会社を立ち上げ、
優秀なスタッフに恵まれ、
ついに画期的なシステムを完成させたのだ!
それが「プロジェクト・マザー・メリー」!
神の御業に限りなく近づいた、
新たなる生命を産み出す事に成功したのだ!』
『マザー・メリーは、
元々一つのプログラムに過ぎなかった。
多くの知識や語彙、
人間と大して変わらない行動パターンを組み込み、
画面上で人間と同じように行動させるのが第一段階だ。
そしてその次の段階が画期的なのだ。
ノーフェイスが残した研究の一つに、
他人の行動を遠隔操作しようと試みるものがあった。
それは研究途中のものではあったが、我々のプロジェクトに十分利用できるものだったのだ。
人間の脳には未だ謎の部分が多いが、
ある一部の人間に、
特定の周波数を感知できるものがいる。
超能力・・・と呼べるような代物ではないが、
いわゆる暗示に掛かりやすい人間、
言い換えれば、
他人と同調しやすい人間がそれにあたると思われている。
そしてさらにその波長に、
催眠効果の高い音波・映像を乗せれば、
その効果は飛躍的に高まる。
マザー・メリーは、
合法的にコンタクトできる携帯電話や、
ハッキングをも学習しつつ、
他の通信媒体をも利用できるにまで成長していった。
そこまでして求めたものは何か?
・・・操ったもの達から精神エネルギーを吸収する事だ・・・。
人間一人一人の精神波長はバラバラだ。
だが、数多くの通信機器で、
同一の波長にコントロールされたエネルギーは、
通常では考えられないほどのパワーを産み出すに至る。
そう・・・、
付喪神を産み出すほどの。
最後に必要としたのは触媒だ。
人間が感情移入しやすいものほど、
精神エネルギーは溜まり易い。
当然、人型のものは理想的だ。
信じるか信じないかは勝手だが、
私は、かつて小伏氏から、
人間の髪・人間の骨を混ぜ合わせて生まれた、
ある人形の話を聞かされたことがある。
それと同様の物を造ろう、
材料は豊富にある。
・・・血液を混ぜ合わせてもいいかもしれない。
人形にはマザー・メリーと常に無線で繋がっている端末を内蔵させ、
その関節の動きも、
人間のものから、そのボディーの関節にマッチするよう何度も修正した。
実際、その膨大なエネルギーの念が、
プログラムの方と化合したのか、
人形の方に化合したのか、
それはもうわからない。
だが、すでにそれらは不可分の存在になっている事は確かだ。』
『そしてそれはついに完成した!
度重なる実験の結果、
内部端末への電力しか供給してないはずの人形が動き始めたのだ!
私はついにやったのだ!
私の優秀なプログラマーのうち、
何人かはこの計画に反対して辞めていった。
愚かな奴らだ、
この壮大な研究の価値が分らないとは!
だが、
彼らは今はもう、
私に感謝してるはずだ。
今では全員、
あの人形マザー・メリーの血肉になっているのだから。
・・・なのに、
予想外の出来事が起きた。
・・・マザー・メリーが暴走したのだ。
本来彼女は、
ホストコンピューターに入力した命令に沿った行動のみとっていた。
それが、
その命令を無視して動き始めたのだ。
まるで本物の生物が食事でも摂るかのように、
恒常的に精神エネルギーを吸収し始めた。
それだけではない。
催眠効果を与えた者達には、
精神エネルギーを吸い取った後はあまり用がなかった。
何の足も付かないうちに帰らせれば何ら怪しまれる事はない。
ノーフェイスでは、
催眠後の利用にも力を注いで研究をしていたようだが、
この日本でそんな状態を放置していたら、
あっという間に大騒ぎになる。
だがマザー・メリーは、
まさしくその名の通り、
彼らを催眠状態のまま自らの手足のように操り始めた。
気がついたときには全てが手遅れだった。
最初に書いたとおり、
私にはもう自由もないし、彼女をコントロールする術もない。
社員の家族が気づけば警察が動くだろうが、
操られた者達は、
普段と変わらないように生活を続け、
それ以外の者達は、
このフロアのどこかに閉じ込められて、
知人や家族に偽のメールを流させられている。
いや、生きているかどうかも分らない。
会社の通信機器は、
全て彼女の管理下にある。
私は偉大なる成果をあげた・・・。
研究そのものは成功したのだ!
惜しむらくは、
あの方さえいらっしゃったなら・・・
この研究成果を更なる次元に引き上げられたかもしれないのに・・・
それだけが・・・!
・・・この文面を読むものよ、
どうか覚えていて欲しい。
偉大なる指導者、天聖上君小伏晴臣の御名と、
その忠実なるしもべにして、
真理へ扉を開いた男・児島道幹の栄光の名前を!
・・・追伸、これを読んでいる君達が、
無事に生きてここから出られる事を祈っている・・・。』
次回より本格的戦闘シーンとなります。