第8話
さぁ、いよいよです。
エレベーターの扉が開くと、
まるで何事もなかったのように、
その一団は規則正しくオフィスの廊下に出て行った・・・。
静かな音と共に扉が閉まる。
「びびったぁ~・・・!」
「心臓、止まるかと思ったわ・・・
あぁ~・・・。」
美香は天井を見上げて壁にもたれる。
さすがに外を観察できる余裕はなかったようだ・・・。
「でも美香姉ぇ、
今の電話、偶然・・・?」
タケルの言葉に美香は壁にもたれたまま首を傾けた。
「あなたも怖いこと言うようになったわね・・・?
その可能性も考えなきゃね?」
エレベーターはすぐに上のフロアに着いた。
幸いな事に、
そのフロアに入っている会社は、
各部屋ごとに一テナントとして独立している会社であり、
共用廊下は自由に歩けそうだ。
電気がついている部屋もあるようだが、
気をつければここの社員に見つかる事はないだろう。
「・・・たぶんだけど、
あの電話はランダムじゃないかしらね?
あなたの友達やあなたにも掛かっている。
タイミングはバラバラだし・・・。
一定の時間ごとに、
何百人単位とかで携帯に掛けているんじゃないしら?」
「そうかぁ、
・・・でもそしたらなんで無言なんだ?」
「無言じゃないわ、・・・きっと。」
二人は非常階段を探しながら会話を進めていた。
・・・同時に美香はフロアーの間取りを記憶する。
もちろんタケルはそこまで気が回らない。
階段を探すのと、
美香との会話でいっぱいいっぱいだ。
「ええ? どーゆーこと!?」
「テレビの映像や音声を聞いたでしょ?
無言じゃないのよ、
ある一定の波長でしか聞こえない音声を使っているんだわ。
むしろ何故、
一部の人間にしか聞こえないのか?
そっちのが方が不思議よ。
映像にしても私たちが意識できないだけで、
脳にはしっかり届いているわ。
そして、それらに反応した人間だけが、
異常な行動パターンをとっているのよ・・・。」
タケルはしばらく考えて、
そのうち身の毛のよだつような考えが頭に浮かんだ。
「・・・美香姉ぇに聞こえなくて良かった・・・。
あのタイミングで美香姉ぇもおかしくなったら・・・。」
「うっわぁ~、それはキッツイわねぇ~・・・。」
美香も苦笑いしか出てこない。
そんなことを話しているうちに、
二人は非常階段の扉にたどり着いていた・・・。
「さーてーと・・・?」
タケルは皮手袋をはめた。
その後、非常扉のドアを開けようと試みる・・・。
大丈夫だ、鍵はかかってない。
「タケルも用意がいいわね?
指紋対策? 泥棒にはならないでね?」
「あーのーねーっ!
いざっつー時のため!」
実際、皮手袋は指先が露出している。
完全な指紋対策とは言えない。
もちろん、そのことはタケルも頭にはあったが、
別に犯罪を起こしにきたわけではない。
皮手袋の本来の目的は、
争いごとになった時の、拳の保護の為である。
そして静かに・・・非常扉のドアは開かれた。
美香も肩に掛けていた竹刀袋から、
木刀をいつでも取り出せる状態へと準備した。
竹刀袋といっても、
厚手の布地のデザイン性のあるものなので、
他人には、
中にそんな物騒なものが入っているとは思われないだろう。
二人はゆっくり扉を閉め、
眼下に広がる階段を見下ろした・・・。
目的地はこの下の13階。
階段には薄暗い蛍光灯が光っている。
このビルは、
決まった時間になると客用エレベーターは止まる。
残業や、何らかの理由で居残る場合は、
離れた場所にある業務用エレベーターか、
この非常階段を使用するらしい。
一階の出入り口には守衛がおり、
居残り組みはそこを出入りするわけだ。
美香やタケルにはそこまでは知る術はないが、
例の奇妙な一団も、
深夜になるその時間は出入りしてはいない。
では、
彼らはここで何をしているのであろうか?
何もせず、
ただじっとしているのであろうか?
・・・二人は足音にも気を配り、
静かに階段を降り始めた・・・。
彼らの長い影が揺れる。
踊り場を曲がり、
目的の13階に向かって一段ずつ・・・。
あの非常扉の向こうには何人ぐらいいるのだろう?
普通に今日子の所在を聞き出す事ができるのか?
いや、その前に、
彼らと「会話」することが可能なのか?
美香もタケルも、
目的の扉を開くギリギリまで思案を続けていた。
だが、
タケルが13階の非常扉のノブに手をかけた瞬間、
辺り一体に響く奇妙な声が聞こえてきた。
「クスクス・・・、
私メリーさん、勝手に人の家に入る悪い子は、
死んじゃいましょう?」
突然、階下の踊り場から、
数人の男女が異様な叫び声をあげて階段を駆け上がってくる!
「 ぎ ぇ ぇ え え あ あ ッ !!」
見れば各々、
手に刃物や鉄パイプを握り締めているではないか!?
「うわわわわぁッ!?」
彼らの突然の出現と奇声にタケルのカラダは固まってしまう。
だが美香は怯まない・・・、
意を決して木刀を構える。
「イヤァッ!!」
電光石火とはまさにこの事!
彼らが階段を昇りきる瞬間に、
美香の木刀は目にも留まらぬ突きを繰り出した。
一人目は、
後続のものを巻き込みながら、
下の踊り場まで転げ落ちる。
運良くその転倒から逃れた者も、
次々美香の打撃を喰らう。
・・・いや、運悪くか・・・。
一応、これでも手加減はしているのだ。
彼女がその気になれば、
竹刀でも、その切っ先を正確に咽喉元へ的中させ、
あっという間に彼らをあの世まで案内する事が出来る。
今回も、
みぞおち以外に彼女の攻撃を喰らったものは、
全員、骨の1、2本はイカレていることだろう。
もっともそれは男共だけだろうが・・・。
終わってみればあっという間である。
この一連の騒動は、
時間にして10秒も経っていまい。
彼らはうめき声をあげながら、
階下の踊り場や階段の途中でのたうち回っていた。
それらを眺めてタケルもようやく事の重大さを認識し始める。
こいつら、全員、
問答無用で襲ってくるのかよ・・・?
一方、美香は、
この段階でも冷静に状況分析を行っていた・・・。
自分が攻撃を与えた者で、
まだ意識が残っている者はいるはず・・・。
それでも再び立ち上がらないのは、
痛みの感覚の方が強いから・・・?
もし完全に操られているなら、
骨が折れようが内臓が破裂しようが、
立ち上がってくるのでは・・・?
その点については、
むしろ美香はほっと胸を撫で下ろした・・・。
少なくとも最悪の事態は避けられそ・・・
「 ぎ や ぁ ぁ ぁ !!」
今度は頭上からいきなり大声が降ってきた!
間一髪で直撃が避けられたが、美香の服が破られた!
だが、そんな事などどうでも良かった。
何故なら、
そこに現われた少女は、
まさしく彼らがよく知っている人物だったからだ。
タケル達の目には、
短いデニムスカートをはき、
バタフライナイフを手にしていた、背の低い少女の姿が・・・。
「・・・きょ・・・今日子ッ・・・?
お前!!」
タケル「こ、こいつ、普段からそんなもん持ち歩いてんのかよ!!」
今日子(ち、ちげーよ! 勝手に持たされたんだよ!!)
というやり取りがあったとかなかったとか。