第6話
「美香姉ぇ・・・早く警察に!」
美香はキーボードを打ちながら静かに答える。
「そう、
善良な一民間人としてはそれが正しい行動よね・・・?
でもこれじゃ、すぐに警察は動かないわ、
行方不明や殺人は・・・
このテレビの映像と電話とは、
何の関連性も挙げられないもの・・・。」
「ええ?
だってこんなはっきり・・・!」
「出来るのは電波法違反とか威力業務妨害・・・
そのぐらいよ、
普通に考えて電話やテレビで呼びかけたぐらいで、
他人の行動を操れるわけがない。
少なくとも、これらのものに、
強い催眠効果や洗脳的なものがあることを立証しないと・・・。」
「じゃぁ、どうすればいいんだよ!」
美香は振り返りタケルに真剣なまなざしを向ける。
「タケル・・・ごめんなさい、
もう一度聞くわ。
これから何が起きるかわからないけど・・・、
今日子ちゃんの為に、
最悪の危険を覚悟できる?」
タケルは先程の電話の口論を思い出す・・・
だが美香の言いたいことは、
今度はちゃんと理解できる。
「美香姉ぇ!
あいつとは腐れ縁だ、
何でもやってやるぜ・・・!」
「暴力団の事務所に乗り込むより危険かもよ?」
さすがにその言葉には、
タケルも一瞬、退いた。
だが、ひるんではいられない。
「やる・・・!
それしかないんだろ!?」
その言葉に美香も覚悟決めたようだ・・・。
立ち上がり、
奥の部屋から木刀を持ってくる。
「タケル、使う?」
「美香姉ぇ、おれの腕は知ってるだろ?
素手で十分だよ!」
美香はクスッと笑った。
代々、神職にありながら、
緒沢家は古流剣術の流れを汲む家柄でもある。
当然、美香もタケルも、その訓練をさせられた。
そして美香は、
幼い頃からその才覚をめきめきと伸ばし、
神童とさえ呼ばれるようになっていた。
・・・ところが泣き虫小僧のタケルには、
その才覚は微塵も現われなかった。
いや、
同世代の男子に比べれば、
それなりの運動能力はあったのだろうが、
あまりにも美香の才覚が突出し過ぎていたため、
家督の継承は美香に委ねられたのである。
タケルのコンプレックスの元の一つでもある。
しかし、
男女の成長パターンとしては当然なのだが、
タケルの能力が伸び始めたのは、
その身長と共に中学の半ば頃からであったのだ。
高校でも、
タケルの運動能力についていけた者などいない。
それでもタケルの深層心理には、
「美香姉ぇには敵わない」
というすり込みが為されてしまっているので、
家督が美香に継がれることが決まったあとでは、
もはやタケルは、
竹刀や木刀を握ろうとはしなかったのである。
結果、彼は代償行為のように、素手で戦える中国拳法の門を叩いた。
それも一つや二つではない。
東京近辺で習えるところがあれば何処へでも行った。
やはり血は争えないのだろう、
緒沢家剣術の下地があった為か、わずか数年で師範クラスの強さに至る。
もちろんその後の美香の成長とて、
他人の追随を許すものではない。
実際、男子大学生の実力者でも、
美香には一本も入れられないのだ。
さっきの携帯で名前すっとばされた人の事だが、今回は割愛する。
タケルひとりでも、
そこらのチンピラ一人二人ぶっとばすのは余裕だが、美香と行動を共にすれば、
誰かに後れを取ることなどありうるはずがなかった。
「それじゃ行くわよ!
でもあくまでもコレ(木刀)は護身用、
殴りこみに行くわけじゃないからね、
今日子ちゃんを助けるのと・・・
向こうのシステムを抑えるか・・・
それを解明する。
そしたら後は警察に任せればいいんだからね。」
「オッケー!
さっきの変な女が言ってた六本木に行くんだな!?」
タケルはすぐに仕度を始めた。
美香も大人っぽいタイトスカートから、
動きやすいワークパンツに履き替える。
その後彼女は、
思い出したかのように携帯を開いた。
「もしもし、先程はどうも・・・、
ありがとうございます。
ええ、やはり予想通りでした・・・、
それで・・・。」
タケルの用意が完了する頃には、
美香も電話を終えていた。
「美香姉ぇ、今の電話って、
昼間会ってたっていう、探偵屋さん?」
「ええ、そうよ、
私たちだけで動いても危険が大きいから、
保険の意味でも・・・ね。」
「相変わらず手回しいいなぁ・・・。」
既に時刻は夜になっていた・・・。
まだ人通りは多い。
二人並んで歩くと、
遠目からはカップルのようにも見える。
美香の身長は170cm弱、
女性にしては結構高いほうだろう。
一方、
タケルはさらに美香より頭一つ分、背が高い。
美香の美貌も中々のモノなので、
街中でも彼らの姿は十分、目立つ。
よぉく見れば、
二人の顔には特徴があるので、
姉弟であることは判別つきやすいかもしれないが・・・。
「なぁ? 美香姉ぇ?」
途中、タケルは美香に話しかける。
「なぁに?」
「美香姉ぇって・・・
何でここまで協力してくれるんだ?
イヤ、オレとしては全面的にありがたいし、
美香姉ぇの行動は正しいと思うけど・・・、
その、
・・・普通の女性だったら・・・さぁ。」
美香はしばらく黙って歩き続ける・・・。
それでも、
終いには諦めたようにタケルに聞き返した。
「何でだろうね?
タケル、あなた私をガッチガチの完璧主義者だと思ってる?」
「い、いや、そんな事ねーよ、
ただそのー、オレだって男だぜ、
そおりゃ、
家を継ぐのは美香姉ぇって事になってるけど、
オレだってその大変さは分るよ?
オレがまだ、
だらしないのもあるからしょーがないんだろーけどさぁ、
こぉ・・・弟としても、
美香姉ぇには楽させてやりたいっていうか、
青春を楽しませてあげたいっていうか・・・。」
美香は弟の意外な発言に目をパチクリした。
「オレはさぁ、
美香姉ぇに楽になって欲しいんだよ・・・。」
それを聞いて、
美香は視線を下げた後、
しばらくしてタケルの腕に彼女は手を回した。
「な・・・なんだよ、
気持ち悪りぃ・・・!」
「タケルがそんなこと言ってくれるなんてね?
ちょっと嬉しいわ・・・。」
「やめろよ、
近所の人に見られたら恥ずかしーだろ!?」
とは言っても、
タケルは自分から腕を離せない。
やっぱりシスコンだ。
「美香姉ぇ、オレ、
いつもの車の人が彼氏候補かと思ってたけど・・・
さっきの探偵さんが実はそうなの?」
驚く美香の顔は、
鳩が豆鉄砲食らったかのようだ。
「はぁ!? 何でそう思うのぉ?」
「いや、だって、
いつもと違ってたじゃん、
香水も今日はグッと来るような奴だし、
さっきも電話、
なんかノリが違ってたぜ?」
「・・・(コイツ鋭くなってきたなぁ)
イヤね、
緒沢家を継ぐといろんな付き合いが必要なの!
相手によっては学生のノリじゃ済まないのよ。
・・・それより!
私を楽させようと思ったら早く就職しなさい。」
「・・・へい、頑張ります・・・。
あ、あとさ・・・、
さっき電話、ごめん、
美香姉ぇが冷たい人間だなんて・・・
全然思ってないからさ・・・。」
美香は弟の腕を掴んだ指に力を込める。
「わかってるわよ・・・、
二人っきりの姉弟だもの・・・。」
おい、シスコン、ブラコン、
今日子ちゃんを心配してやれ・・・。
なお、この後、戦闘シーンありますが、
この章では中国拳法の演出はございませんので・・・。
この章では。