第4話
「あんの野郎、
またつながらねぇ・・・!
まだ寝てんのか?」
タケルはのん気にテレビを見ていた。
そのついでに電話をかけていたのだが、
まだ事の重大さに気づいていなかった。
彼は機嫌悪そうに、
だらしのない格好でニュースを見ていたが、
時々テレビの画面が乱れたり、
雑音が多く入る事に注意をそがれていた。
「なんだぁ?」
その現象自体はすぐになくなったが、
しばらくして昼飯を作ろうかとしている時に、
都内各地で、
交通事故のニュースが多発しているとの速報が流れだした。
運転中の携帯電話が原因と判明しているケースもある。
その時点から、
タケルにも「何かおかしくねーか?」
という直感が生まれていた。
彼はニュースを注視しながら、
もう一度電話をかけてみることにした・・・。
今度は今日子の自宅の電話に・・・。
何となくだが、
携帯電話を使わせることに不安を感じてしまったからだ。
・・・何度コールしても誰もでない・・・。
タケルは異様な胸騒ぎを覚えた。
すぐさま家を出て、原チャで今日子の家に向かう。
嫌な予感が当たらなきゃいいが・・・。
不安な気分になると、
全てが悪い方に考えられてしまう。
やけにパトカーや救急車が多い。
自分の向かう先に走ってないのがせめてもの救いだ。
今日子の家はマンションだが、
その玄関の前では、近所の主婦らしき人が何人か集まってた。
タケルの背中に冷たいものが走る・・・。
おいおい・・・
もう考えている余裕なんかない。
タケルはすぐに主婦たちに話しかけていた。
「あ・・・あのすいません、
何かあったんですか・・・!?」
主婦達は驚いたようだが、
動揺しながらもその内の一人が答える。
「さ、さっき大きな叫び声が聞こえたのよ、
呼び鈴鳴らしてるんだけど、誰も出てこなくて・・・。
それより、
あ、あなたどちら様・・・?」
「ここの今日子さんの高校の時の友人です、
電話しても誰も出ないから・・・!」
タケルは体格もでかくやたらと目立つ。
このマンションの下まで、
よく今日子と歩いているのを一人の主婦が思い出した。
変な疑いは避けられたが、問題はここからだ。
タケルはない頭で必死に考える。
玄関の鍵は掛かってる・・・、
どうすればいい?
「あ・・・あの、
お隣の方、すいません!
ベランダに入れてもらえませんか!?」
誰が隣の住人かは分らなかったが、
主婦達の視線は、少々の混乱の後、
一人の中年女性に注がれた。
「お願いします!
何かヤバイかもしれないんです!」
その女性は、
しぶしぶタケルを家にあげることにした。
万一の為にご近所の人にもついてもらう。
「ありがとうございます!」
奥まで案内されると、
タケルはベランダに出て、あっという間に避難用通路のしきりを蹴り壊した。
・・・あっけにとられる主婦達・・・。
タケルはそのまま部屋のガラス戸をチェック・・・、
鍵はかかってない。
心臓の動悸を早めながら、
部屋のガラス戸を開ける・・・
うっ!?
なんだ、この匂い!?
「すいません!
窓からごめんなさい!
誰かいませんか!?
今日子!? いねーのか!?」
後ろから主婦達もついてくる・・・
「橋本さ~ん、ごめんなさ~い・・・。」
部屋は2LDK・・・
隣の部屋が今日子の部屋っぽいが、
彼女はいない・・・。
ダイニングは・・・
「・・・!?」
床に一面に・・・
血だ・・・赤い血が広がっている・・・。
さっきまで勇ましかったタケルもショックで動けない・・・、
口も開けな・・・
「キャーアアアッ!!」
後ろの主婦達が叫び声を上げた。
タケルは震えながら一度、後ろの主婦達を振り返り・・・
ビクビクしたまま、
その首をテーブルの奥へと覗こうと決心した。
血の海の床に、誰かが寝そべっている・・・
嘘だろ・・・
やめてくれよぉ・・・
「お・・・おばさぁ~ん・・・
あ、あぁ・・・ 」
今日子の母親が、
目を見開いて天井を見つめていた・・・、
瞳孔が開ききっている・・・。
カラダ中に切り刻まれた跡がある・・・
テーブルには、
同じく血まみれの包丁がおいてあった。
今日子はどこにもいない・・・。
「・・・いったい、誰が・・・
なんでこんなことに・・・? 」
タケルは泣きそうな声をあげながら、
ダイニングに一歩も入れずに、
その場に力無くしゃがみこんでしまった・・・。
『・・・アンタねぇ?
後先、考えて行動できないの?』
タケルは警察にこっぴどく搾られた後、
予想通り、美香にも電話で責められた。
下手したら家宅侵入罪で立件されても仕方ないくらいだ。
昨晩の事件と並べて説明したおかげで、
警察は何とか納得してもらったけども。
『ふぅ、
・・・今はそんなこと言ってる場合じゃないわね、
で、今日子ちゃんは見つからないの?』
「ああ、
知り合い総動員で探してもらってっけど、
まだ見つからねーんだよ・・・。」
『そう・・・、
せめて、昨日彼女がどこにいたのか分れば、
まだ調べようがあるんだけど・・・。』
美香の言葉が止んだあと・・・
タケルは消え入りそうな声で姉に訴えた。
「なぁぁ、美香姉ぇ?
昨日の事件と、
今日のっ・・・て関係あんのかなぁ・・・?」
『・・・・・・』
美香はしばらく黙っていた・・・。
「なぁ? 美香姉ぇ・・・!?」
『タケル・・・!
今日子ちゃんを心配するのはわかるけど、
そんな情けない声出さないで・・・!
また泣き虫小僧の時代に戻るつもり!?』
「だぁってよぉ!!」
『やめなさい!
・・・それに今回はあなたが考えてるより、
もっと恐ろしい事になるかもしれないのよ?
そうなった時の覚悟はできてる?』
「な・・・なんだよ、
もっと恐ろしい事って・・・?」
『もしものことよ・・・、
今日子ちゃんのお母さんは誰に殺されたの?』
今度はタケルが答えに詰まった・・・。
誰って・・・。
「そ、そんなんわかんねーよ!
昨日の誘拐犯か暴漢か・・・!」
『家の鍵は掛かってたんでしょ?
で、近所の人は叫び声を聞いた後、
犯人らしき人を誰も見てないんでしょ?
・・・つまり、
あっという間にお母さんは殺され、
あっという間に犯人は鍵を閉めて出て行った。
鍵の場所も把握している・・・。』
タケルは頭は賢くないが、
姉の言いたい事は直感で感じ取っていた・・・。
「・・・何が言いたいんだよ、
美香姉ぇ・・・?」
『私は最悪のことを覚悟しなさい、
と言ってるのよ・・・、
どんな残酷な事も・・・。』
「やめてくれよ!
人を不安がらせるような事、言うなよ!」
『タケル、違うわ、
・・・そうじゃないのよ、
どんなことが起きても、
それにちゃんと向き合わないと、
困難を解決する事はできないわ・・・。
そうでしょう!?』
タケルは拳を握り締めた・・・。
彼の心の中で、何かが弾ける。
「・・・いつも美香姉ぇはそうだよな!?
父さんや母さんの時だって・・・。
オレがわんわん泣いてる時も、
美香姉ぇはみんなの前じゃ涙一つ流さねーで・・・!」
美香は突然の弟の変化に狼狽えた。
『何、言い出すの!?』
「分ってるよ・・・、
オレがガキ過ぎたんだ。
いつもそーだよな!
オレがガキ過ぎるから、
美香姉ぇは、余計しっかりしなくちゃって、
自分に言い聞かせてきたんだろ?
・・・でも、その為に・・・、
いつの間にか・・・
どっかに心を無くしちまったんじゃ・・・ 」
『タケル!!』
その瞬間、タケルも気づいた。
姉の自分を呼ぶ潤んだ声に、
普段冷静な姉にない、悲痛な感情が込められていた事を・・・。
「あ・・・ご、ごめん・・・姉ちゃん。」
その呼び方は子供の頃までの呼び方だ。
いつの頃からか、
タケルは何とか姉に追いつこうとして、
少しでも大人びた言い方にしようと、
「美香姉ぇ」と呼び出したのだ。
『タケル・・・、
今は・・・今日子ちゃんの事よね、そうよね?』
美香の声も上ずっていた。
それが余計にタケルの罪悪感を責め立てる。
「そ、そーだよ、
ごめん、悪かったよ、オレはどうすればいい?」
『実はね・・・、
昼間、知り合いの探偵さんに会って
、興味深い話を聞いてきたんだけど、
確証がないの・・・。
あと30分ぐらいで家に帰るけど、
その間に試して欲しい事があるの。』
「なに・・・?」
『まずね、テレビを録画して欲しいの、
30分で撮れるかどうかわからないけど・・・、
そうね?
なるべくバラエティやタレント・アイドル物がいいかも?』
「ええ? なんでそんなモン・・・?」
『後で説明するわ、
それと、出来る限り友達に電話を回して欲しいんだけど、
ここ何日かで、
無言かイタズラ電話のようなものを受け取った人がいないか聞いてみて?
もし、着信履歴にその番号が残っていたら、
それを聞き出して欲しいの。
ただし、そこに掛け直しては絶対にダメ!
いい?』
「ああ・・・わかった!
やってみる!」
訳が分らなかったが、
昨日の今日子の行動や、
行方不明になった家族の証言が、タケルの記憶に蘇った・・・。
確かに何かありそうだ、
今は姉の言葉に従おう・・・。