リーリト麻衣は手を汚さない 第十四話 リーリト麻衣は正体を曝す
ぶっくまありがとうございます!
時間はほんの数秒の出来事だ。
だがもうすでに、答えは出てしまっていた・・・。
「ごめんね、岡島君、もういいよ?
理事先生も、これ以上、誤魔化しようないですよね?」
それでも望月理事は、
暴れるように岡島君の腕を外し、
床にぶちまけた荷物を奪おうとした。
「うああああっ!」
だが・・・!
麻衣は素早くスタンガンとはさみを教室の隅に蹴とばしてしまう。
凶器さえ奪われなければ、この人数でどうにでもなる。
ただ、麻衣にも意外だったのは、
望月理事が奪い返したのはブロンズ製の杯だった・・・。
今度は理事が後ろに飛び跳ね、
この場の誰とも接触されないよう、
慎重に距離を取る。
両手で抱えるように杯を持ち・・・
なるほど、一番大事なのはこの杯ということか・・・。
もはや、望月理事の形相には「憎しみ」の感情しか読み取れない。
この場で、はさみやスタンガンと言った物騒なものを選ばず、
あんな年代物のような杯を選んだということは・・・。
麻衣は警戒態勢こそ解かないまでも、
すでにケリはついたと考える。
「永島先輩?」
意識は全て望月理事の方に囚われていたので、
いきなり横の麻衣から呼ばれてびっくりする永島先輩。
「ふぁっ! な、なに? 伊藤さん?」
「・・・もう筋書き、読めたんじゃないですか?
鍵も使わずどっから入ったなんてのは、
もうどうでもいいでしょうけど、
ここに転がってる黒いロングのウィッグ・・・
人間を簡単に拘束できる道具一式、
そして蹴とばしちゃいましたけど、
人間の首をも掻っ切れそうな鋏・・・。
ようやく、そこの出来そこないの魔法陣につながる証拠が揃ったってとこですか。」
そうは言われても、
「常識」が邪魔してなかなか言葉が出てこない。
もう喉元までは出かかっているのに。
「で、でもいくらなんでも・・・
学園の経営や運営に携わる理事の人が・・・
そんな・・・っ。」
「まぁ理由は本人に聞かないとわからないでしょうけどね、
もう、あたしの能力要りませんよね?
簡単に解説お願いします。」
麻衣があまりにも冷静すぎるので、
ようやく永島先輩もいくらか落ち着いたようだ。
「・・・黒髪のかつらがここにあるってことは、
前々からこの部屋で髪の長い女性が目撃されてたってのは、
・・・すべてこの望月理事先生だってこと・・・よね?」
「ですね。」
「それで・・・さっきの伊藤さんの話通りだとすると・・・
先にこの部屋に入ってた男子2人・・・照屋君と岡島君を・・・、
どうにかして気絶させて・・・ロープで拘束・・・
そしてこの魔法陣で・・・
じゃ、じゃああの手にしてる杯って・・・
嘘よ! そんな恐ろしいこと!!」
続いて岡島君も騒ぎ出す。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!
伊藤! じゃ、じゃあ俺たち、下手すっと殺されるとこだったってことかっ!?
そ、それも、この旧校舎に入り込んだって理由じゃなく、
生贄みたいな扱いのためにってことなのかよっ!?」
「よくできました。」
照屋君も納得できないことがあるらしい。
「で、でも伊藤さん、
そんな事件今まで一度も起きてない・・・いや、見つかってないよね!?
ど、どうやって・・・っ。」
確かにそれは解説が必要か。
麻衣は望月理事の様子を窺ったのち、ゆっくり答えた。
「ギリギリだったね、それは。」
「えっ、伊藤さんどういうことっ?」
「みんなあのブロンズっぽい杯見て・・・。」
麻衣の指は、
望月理事が抱える杯に向けられた。
他の生徒はもちろん、
当の望月理事ですら他の行動が取れない。
彼女の心理は、
これまでの自らの凶事を隠そうとするよりも、
この生徒、麻衣がどこまですべてを見抜いているのか、
それを確かめずにいられなかったに違いない。
「あたしはこの旧校舎に、
霊的なものは一切感じられないって最初に言ったよね?
でも、あの杯からは少しだけ霊的なエネルギーを感じる。
ほんの少しだけね。」
そう、それは誰よりも望月理事本人が知りたい内容なのだ。
だがここでそれを聞くのは永島先輩だ。
「い、伊藤さん、それはどういう・・・?」
「まぁ、簡単に言うと、
あの杯で、ここで動物の生贄の血を注いでいたってことです。
たぶん鶏とか猫とか・・・。
その辺りでしょう。
溜まってる霊的エネルギーなんてそんな微弱なものですよ。
何しろ、動物が他の動物に殺されるときなんて、
人間同士のように恨みや憎しみなんて、そうそう発散されませんからね。」
「じゃ、じゃあ・・・。」
「当然、今までここでどんな儀式を行おうが、
あの理事先生の願いや目的なんか叶いっこない。
そこで、考えたんじゃないんですか?
人間の生き血でも捧げたほうがいいんじゃないかってね?
どうですか、理事先生?」
これまで静かだった望月理事は、
ようやく抑えてきた欲求を噴出させる。
「い・・・いったい何なの、あなた!?
どうしてそんなことまで!
あ・・・、
さっき霊感があるって言ったかしら?
ああ、なんてこと!
これまで何年も時間を無駄にしてしまったわ・・・!
わざわざ噂を作ってまで生徒を誘き寄せる必要もなかった!
そうよ! あなたよ!
あなたのような子がいれば、
もっと簡単に『彼ら』を呼ぶことができたのに!!」
いつの間にか望月理事の目には狂喜の色が浮かんでいた。
そうだ、この伊藤とかいう霊感少女の言う通りなら、
この少女の生き血を使えば・・・
「いい加減にしてっ!」
麻衣の冷酷な一喝が、
望月理事の妄想を粉々に吹き飛ばす。
「理事先生がおいくつか知りませんけど・・・
こんなラクガキからは何も生まれない!
あなたが思い描くような化け物なんかこの世に存在しない!
あなたの子供じみた願いなんて誰も叶えてくれない!
ただの人間なら・・・ 、
自分の夢と現実の堺目ぐらい、
わきまえなさいっ!!」
「ぅぅぅ、うそよーっ!!」
耳を塞ぎたくなるような金切り声が教室中に響く。
「わ、私の祖父はこの杯を使って、財をなした!!
祖父はかつてただの町医者だったのが、
この杯を使ってここにあった病院のトップに躍り上がったのよっ!
それを私が使って何がわるいのっ!!
これを使用する権利は私にしかないのよっ!!」
なるほど、
医者なら人間の生き血を手に入れることは・・・
しかも当時の社会体制ならそんなに難しくないだろう。
だがもう一度現実に引き戻してやろう、
悪夢を見せるのはその後だ。
「理事先生・・・
それはね、その杯の力なんかじゃないよ・・・、
単純にあなたのお祖父さんの才覚だよ・・・。
まぁまともな人だったのかどうかは知りませんけど。」
「あなたみたいな小娘に何がわかるのっ!?
思い知るがいいわ!!
ここが使えなくなっても、別の場所でまた魔法陣さえ敷けば・・・
きっと『彼ら』は現れるっ!!
その時にあなたは私の偉大さがわかることでしょうっ!」
ふーっ、やれやれ・・・。
麻衣はため息をついた。
「だからね、『彼ら彼ら』って、
そんなものはいないんだよ、理事先生。」
麻衣は一歩、
また一歩、その距離を詰める・・・。
周りの生徒から、
自分の顔が見えなくなるまで・・・。
「あなたに何がわがるのぉっ!!」
麻衣の口元が歪んでいく・・・
「わかるよ・・・せんせい・・・」
「『彼ら』はっ!
実際に・・・魔界の彼方にっ・・・!?」
「そんなものないんだよ・・・せんせい・・・」
そして再び・・・麻衣の瞳の色が、
妖しく・・・濃緑色から翡翠色に・・・そして
緑色の色素も消え始め・・・
黄金色に光り輝いてゆく・・・!
「あああ・・・あなたその目はっ!?」
「だって、せんせい・・・
あなたの目の前にいるでしょうっ!」
ギィヤアアアアアアアアアアアッ!?