リーリト麻衣は手を汚さない 第十話 変化(へんげ)
永島先輩もそこは気になったのか、
麻衣の意見を求めようとする。
「伊藤さん、
こういうのって、何か効果あるの?」
専門外だ。
麻衣に分かるはずもない。
だが、
仮にも人間という枠の外にいるかもしれない自分に、
問いかけられて何の見解も持たないというのもプライドに障る。
少なくとも自分のこれまでの経験からすれば・・・。
「永島先輩、私の話には根拠がないので、
信じろとは言いませんけど、
幽霊の話以上に悪魔なんて存在しないと思います。
そりゃあ、悪魔扱いされた人間はいるでしょう。
でも少なくともこの魔法陣で、
そう言ったものを呼び出す力はないと断言します。」
ほっと胸を撫で下ろす永島先輩。
岡島君は少しつまんなそうだ。
「伊藤、お前の話はつまんねぇ、
そこは嘘でもいいから・・・。」
やかましい。
いい加減にしろとでも言わんばかりに、
麻衣は岡島君の余計な一言をぶった切った。
「なら、岡島君の好きそうな話にしてあげようか?
悪魔なんていない。
でもね、
人間の濁った悪想念ていうものは存在する。
それは普段なら、敏感な他の人間に、
不快な感情を呼び起こす程度のものでしかない。
ただ時として、
それは四方八方に拡散されず、
その場所、その器物、その物体に留まり続ける場合があるの。
その時は、そこに集まった人間と共鳴作用を起こして、
いわゆる心霊現象とか、
或いは人の心に入り込み、
その人間を狂気に走らす、なんてこともあるのよ。
その挙句、
自分の家族を刃物で滅多刺しにするケースもね・・・。」
「え、伊藤、それ・・・
いま、自分の家族って言ったかっ!?」
「伊藤さん、まさかっ?」
岡島君と永島先輩の反応はほぼ同時だった。
だが、
麻衣はそれを見てケラケラ笑う。
瞳の色も何かおかしい・・・?
「例えばっ、例えばの話だよ。
あたしの時はもっと複雑で、
本当に悪霊と呼べる代物だった。
まさか、
人間の悪想念にあそこまでの力があるなんて、
本当に思いも寄らなかったんだよ。
あ、別に君を怖がらせようなんて思ってないから。
精一杯の忠告だよ。
ただの好奇心で得体の知れないものに首を突っ込むと、
ロクなことにならないっていうね。」
永島先輩は麻衣に直接語りかけられているわけではない。
それでも麻衣の雰囲気が、
これまでと全く異なっているのに気づいて背筋が凍りつく・・・。
「い、伊藤さん・・・。」
その声は震えている。
怯えているのだ・・・
麻衣の本当の姿の片鱗を目にして。
もちろん麻衣には、
永島先輩まで怖がらすつもりもない。
早く安心させなきゃ。
「永島先輩、大丈夫です。
もう終わった話ですし、
誰かを悲しませたりするような失敗は二度としません。
自分の能力を過信したりもしないし、
わざわざ危ないものに手を突っ込んだりもしたくないんですよ。」
そこで麻衣はふっと我に返る。
ちょっと悪ノリしちゃったかな、というより、
先程の喋り方が、
自分の大嫌いなどこかの誰かのセリフみたいで、
知らず知らずのうちに影響受けていたことに、
改めて自分の心の不確かさを実感したのである。
麻衣の表情は、
まだ幼そうないつもの顔に戻っている。
先ほどの、
目の光さえも変わったように見えたのは錯覚だったのか?
そう言えば、西陽もオレンジ色の度合いが強くなって来た。
あと数十分で陽も沈むだろう。
今回の取材はこれだけでも十分だ。
謎がまだいくつか残っているが、
生徒会への報告や、
校内新聞のネタとしては十分である。
「い、伊藤さん、
とりあえずこの件に関しては、
何の脅威も事件性もないってことなのよね?」
「少なくとも心霊的要素は皆無です。
でも、さっきの岡島君の話じゃないですけど、
動物虐待とかここでしてないとも言い切れません。
誰か定期的に侵入しているなら、
生徒会に対策練ってもらうとかした方がいいかもしれませんね。」
永島先輩の態度がぎこちない。
でもこれでいいんだ。
他学年の先輩と仲良くなれたかもしれない機会だったが、
もともと人間の友人など、
そうそう作れる筈もないのだから。
仲良くなり過ぎて、
自分の正体がばれたら大変なことになる。
今までと特に何も変わらない。
これまで通り、静かに学園生活を送ろう。
それでいいんだ。
麻衣は自分の感情を抑えた・・・。
もともと感情など存在しない生物だと言われている。
実際はそんな事はない。
単純に、
感情を抑えないと、
周りじゅうからの激しい感情の荒波が押し寄せた時、
自分たちの心が耐え切れず崩壊してしまうからだ。
感情を無にする・・・。
それが、
一万年以上の長きに亘る種の存続の中で、
いつの間にか獲得した自分たちの種の特性なのだ。
そんな話は、
麻衣と同じ生物の仲間には、
納得できない話かもしれない。
彼女たちは、
皆、幼い頃から感情など自分たちには存在しないと教わり続けてきた。
ルカ先輩でも例外ではない。
だが、これが、
麻衣が16年かけて気づいた真実の1つなのだ。
人間にも、
麻衣達の祖先にも、
隠された真実はまだまだ残されている。
麻衣は、
自らにそれを明らかにする義務も感じはしないが、
もしかしたらこの先の人生で、
まだまだ様々な怪異に関わることになるかもしれない、
そうなった時、
いかに自分や家族たちを守れるのか、
有意義な学園生活とやらよりも、
そちらの方が遥かに重要なことだったのである。
まあ、何はともあれ、
この探検はこれで終わり。
感情のスイッチをオフにしたまま、
麻衣は周りの様子を窺った。
もちろん通常の五感を使ってだ。
だが、
その状態でも霊的アンテナは作動する。
感度自体は低いとしても。
「・・・そんな・・・?」
何があったのか、
麻衣の突然の変化に永島先輩が反応した。
「伊藤さん、どうしたの?」
麻衣は信じられないとでもいう風に顔を上げる。
「・・・この建物の中に、
誰か入って来てるっ!!」
少年「あれ? 誰の喋り方の影響受けたって?」
麻衣「ううううう・・・。」
少年「好奇心で首を突っ込むとろくな事にならない? どこかで聞いたようなセリフだなあ?」
麻衣「もうやめてー!!」