リーリト麻衣は手を汚さない 第七話 旧校舎2階西側
ぶっくまありがとうございます!
2階西側部分は普通に教室が続いている。
廊下には壁際にロッカーが並んでいる。
あまりきれいには使われなかったのもあるようで、
マジックで落書きされたものや、
ステッカーが貼られたりもしている。
無造作に教室の扉を開けると、
沢山の机が教室の後ろに重ねて積まれていた。
掲示板には何も貼られていないが、
画鋲がいくつも刺さったままだ。
「まぁ、普通に考えて・・・。」
永島先輩がボソッとつぶやく。
「6年前まで普通に授業や学園生活を送れていたなら、
その後の短期間で怪奇現象が始まるなんて考えにくいわよね?」
麻衣もその通りだと思う。
だからこそ何かあるなら、
この建物に誰かが侵入して仕出かしたことと考えるのが自然なのだ。
この時、麻衣は、
この場に男どもがいない、
そして永島先輩と二人きりなのだという状態に改めて気づいた。
迂闊な事を喋るとかえって危険なのだが、
岡島君から、
変な情報を永島先輩が入手してるとしたら・・・。
「先輩、・・・あの。」
「ん? 伊藤さん、何?」
「永島先輩、
本当にあたしに霊感なんてあると思ってるんですか?」
永島先輩は一度、
麻衣の顔を正面から見据えたが、
すぐに周りの教室の景観を眺めながら口を開いた。
「どうだろう・・・半信半疑かなぁ?」
「そんな、
・・・ならなんであたしを?」
途端に笑い始める永島先輩。
「伊藤さん、
あたしそんな真面目キャラでもないよ?
そりゃ、
記事はちゃんとつくるつもりだけど、
内容はお堅いものにする必要もないの、
エンターテイメント要素というかね、
面白おかしく作るのに抵抗なんて全然ないのよ?
そりゃ、嘘やヤラセはダメよ。
でもこの調査で、
霊感少女に協力を要請するって、
読む方としてはワクワクドキドキしない?」
ということは、
実際に、麻衣に霊感があろうがなかろうがどうでもいいということか。
なるほど、
それは麻衣にとっても都合のいい考え方だ。
事実は正確に書く。
ただ、それについての解釈や想像は、
色をつけてもいいと思っているのだろう。
「それより伊藤さん?」
「はい?」
「あたしのほうも聞きたい事あるんだ・・・。」
「・・・。」
永島先輩のほうからの質問なら、
その内容はある程度想像できる。
むしろ麻衣こそ、
はっきりさせておきたいことだ。
2人は、どちらからということもなく、
今いる教室を出て次の部屋に向かう。
「聞きたい事って何ですか・・・?」
「う・・・ん、
聞きたい事っていうか、
先にあたしの方から言うね?
まず、伊藤さんを今回誘ったのは、
伊藤さんに、
霊感めいたものがあるって話もそうなんだけど、
伊藤さん、
お父さんルポライターなんでしょ?
そっちの方がメインの理由に近いんだよね。」
「え?」
それは意外な理由だ。
麻衣の父親の仕事と今回の調査と、
どんな関係があるというのか?
麻衣が戸惑っているのを横目に先輩は話を続ける。
「それと・・・もう一つ、
ごめんなさい、
聞くつもりはなかったんだけど・・・
伊藤さんの中学の事件・・・
小耳にはさんじゃって・・・。」
麻衣にとって重要な話はそれだ、
一度麻衣は足を止める・・・。
「はっきり言ってくれて構いませんよ、
岡島君から聞いたんですね?
大丈夫です、
最初から彼に好感、持ってないですから。」
いいところないな、岡島君。
「伊藤さん、
あなたは中学時代に恐ろしい事件に巻き込まれたかもしれない、
私には想像もできないような過去を体験してるかもしれない、
でも今現在、
あなたは何もなかったかのように生活を送って・・・
それって凄いことだと思うの・・・。
ルカちゃんは、すぐこの話を断ったけど、
伊藤さん、あなたは例え消極的でも、
この校舎の謎の話を聞いて、
逃げようとも避けようともしなかった。
それって、
もしかしてお父さんの仕事というか、
お父さんの生き方を受け継いでいるのかな・・・って。
だからあたしは、部活動とはいえ、
報道の世界にいるものとして、
伊藤さん、
あなたを参加させたいって思ったの!」
麻衣にとっては予想だにしない話が飛び出してきた。
「あたしが・・・パパの!?」
「うんそう!
あたしの想像だけどね?」
今まで麻衣の行動パターンに、
父親の影響が介在していた例などあっただろうか?
単に、普通の人間種である父親と、
人間以外の生き物である母親との、
中間に生きる存在としての自分については、
嫌という程考え抜いてきた自覚はあるが、
父親のパーソナリティについては・・・。
しかし、言われてみると思い当たるフシも・・・。
確かにかつて、麻衣の父親は、
余計な正義感を振りかざして、危険な目に遭い、
いや・・・、あれは正義感とは少し異なるのでは・・・。
「あれ、伊藤さん?」
「ああ、すいません、あまりに意外な話で・・・。」
「ええ~、そうなの~?」
「買いかぶりですよ、
それこそ私もパパも、そんな真面目ちゃんじゃありません。
知らない人の為にカラダ張る気なんて一切ありません。
中学の時は、
あたしの大事な人が命を狙われた。
だから危険だろうがなんだろうが、
立ち向かわなくてはならなかった。
今回は、今の所何もなさそうだから、
気軽に探検できるってだけのことです。」
「そっか、残念・・・、
でも、それだけでも凄いと思う。
その、伊藤さん、大事な人が狙われたって、
あの連続猟奇殺人犯に狙われてたって事?
あ、確か友達が狙われたとか・・・
ううん? もしかしてご家族の方?」
「・・・そうです。」
「あ、答えたくないなら無理しなくていいのよ?
確か岡島君は、
連続殺人犯は死体となってる所を発見されたって。
でも、あなたのご両親は、
命は助かったけど、二人とも被害に遭ったとも・・・。」
永島先輩は極力、
表現を柔らかくしているようだ。
それなりに気を遣っているのだろう。
まあ、麻衣はそんなにデリケートではないが、
相手の気遣いぐらいは感じ取れる。
「新聞部員としての血が騒ぎます?」
「ごめんなさい、
人が嫌がることまで記事にしたり、
根掘り葉掘り聞き出すつもりなんかないから、
でも、結果的にみんなご無事だったのなら・・・。」
無事・・・?
確かに身内に死者はいない。
だが、二度と帰ってこない人がいる・・・。
普通の女の子ならここで涙を堪えることなどできないだろう。
だが、もう涙は全て出し尽くした。
自分の歩みを止める必要はない。
「永島先輩、
一応、言っておきますけど、
岡島君は何も知りませんし、
当時の報道以上の事実は誰にも明かすつもりもありません。
もし、真実が明らかになれば、
あたしたちの命を救ってくれた人に迷惑がかかるし、
きっと、次の日から、
誰もあたしに声をかける人などいなくなるでしょうから。」
「え、それって、他にも関係者が?
あ・・・まさか、
連続殺人犯を誰が殺したか分からないって聞いたけど・・・。」
「それはですね、
あたし達が殺されそうになった時、
そこにヒーローが現れたんです。
まあ、警察に知られれば、
その人は指名手配されるかもしれません。
正当防衛になるとは思うんですけど、
その件以外に知られたくないことがいっぱいある人だと思うんで。」
ちょっと嬉しそうに喋ってしまったんだろう、
永島先輩は、
わざわざ腰を横に曲げて麻衣の顔を見上げた。
「・・・なんかカッコよさそうな人ね、
伊藤さんの好きな人?」
「いえいえっ! とんでもとんでも!
ただ、凄い恩人なのは間違いないです!
その人こそ正義の心の持ち主です!
でも・・・世間一般の常識や法律からは、
犯罪者扱いされるかもしれないので・・・。」
永島先輩はしばらく口が開けなくなった。
聞けば聞くほど、この子が過去に、
凄い体験をしているのがわかってしまったからだ。
もちろんこの話を掘り下げて聞き出してみたいという欲求はあるのだが、
そこに土足で足を踏み入れてしまうわけにもいかないと考えていた。
まあ、ここは最低限のことだけ・・・。
「でも、やっぱり伊藤さん、
その殺人犯に直接危ない目に遭ってたんだね。
ご両親はその時に?
でも確か連続殺人犯はすでに・・・。」
それは・・・
「その件は喋りたくないです。
言えることは・・・
ロクでもないものですよ、
他人に見えない物が自分に視えるっていうのは・・・。」
二人はその場所で立ち止まってしまう。
ちょうどこのエリアの探索が終わったのだ。
結局何もなかったということか・・・。
リジー・ボーデンの事件の結末は、
麻衣にとって、子供のころの赤い魔法使いに掴まった時よりもトラウマになってます。