リーリト麻衣は手を汚さない 第五話 麻衣の手は汚れている
永島先輩から見て岡島君は、
まさに、
「お調子者」
「口から生まれてきたやつ」
「女の敵」
とまで言い切っても良さそうな、
「下種」の部類に入る男の子との印象を受けた。
でも今の目的は、
「伊藤麻衣」という女の子を誘うことだ。
少々のことには目をつぶろう。
「あ、伊藤っすか?
オレ、中学いっしょっすよ!」
「そう、
・・・あのいきなり変なこと聞くんだけど、
伊藤さんて、霊感とかあったりするの?」
一度、この唐突な質問に、
岡島君は目をパチクリとさせた。
「だ・・・誰がそんなことを?」
「あ、う、うん、生物部の人からね・・・。」
「ああ、伊藤、生物部だもんな。
えーっとオレ、
そういうジャンルには詳しくないすけど、
あいつ・・・ヤバいやつですよ、
そういう意味で・・・。」
「え? ど、どういうこと?」
永島先輩が、
「伊藤麻衣」という生徒を、
この岡島君から聞いた概略はこうである。
クラスで「伊藤麻衣」は殆ど目立つ場所にいない。
同じように大人しいグループの女の子の近くにいるか、一人でいる時が多い。
例外的に、隣クラスで、
やはり同じ中学出身の、
なつきちゃんと言う子とだけ活発に会話するが、クラス内では基本、大人しいままである。
(ルカちゃんみたいだなあ・・・)
ところが中学校時代、
この伊藤麻衣という女生徒は、
とんでもない事件に巻き込まれたという。
「実はっすね・・・
ウチの中学で、
当時殺人事件が起きたんすよ・・・。」
「えっ? 中学校校内で!?」
岡島君の目が輝いてた。
こういう話をするとき、
彼の眼は生き生きとしている。
「ある日、体育館で、
死体が二つ見つかったんです。
一人は見回りの用務員さん、
そしてもう一人が・・・
当時、その街を賑わせていた猟奇連続殺人犯なんです。
用務員さんは、
そいつに殺されたってのが警察の見解。
ただ警察でも、
誰がその猟奇連続殺人犯を殺したのか分からないって言ってました。」
「そ、それ、伊藤さん関係あるの?」
「へへっ、ちょっと待ってください、
順を追いますんで。
用務員さんは鋭利な刃物で滅多刺し、
・・・猟奇連続殺人犯の方は、
人間の力じゃあり得ないほどの力で、
ほぼ真っ二つに身体が切り裂かれていたってことです。
しばらく校内はその話で持ちきりでしたよ。
新聞にも載りましたからね!
で、
その後なんですけど・・・
その殺人事件の追加情報でもないかと、
オレ、
いつも以上に注意して新聞見てたんすね、
そしたら二日後の新聞に、
目を引く記事が載ってました。
ウチの学校の近所で殺人未遂事件が起きたって。
普通の民家の夫婦が刃物で滅多刺しにされて
一人無事だった中学生の少女が、
心神喪失状態で発見されたって内容だったと思います。」
ゾクリ・・・
なんだろう・・・
今聞いたばかりの連続猟奇殺人事件の話より気味が悪い・・・。
「オレは思いましたね、
これってウチの学校の生徒じゃないかって。
で、ちょうどそのニュースが載った後2週間ぐらい、
学校に来てなかった生徒がいるんですよ。」
「え・・・まさか・・・。」
「その子が・・・伊藤さんだっていうの?
ご両親が殺人犯に襲われた現場にいたのっ!?」
「その場にいたのかどうかは・・・、
ただ、一度、本人に確かめたことあんすよ、
あの事件、伊藤お前んとこじゃねーのって。
否定も肯定もしませんでしたよ、
でもそれって、
・・・そういうことですよねぇ!!」
何て嬉しそうにしゃべるんだろう・・・。
それが事実なら、
こんな風に楽しそうにしゃべる事じゃない。
デリカシーとかそれ以前の問題だ。
この岡島君、
間違いなくこのまま大人になったら、
最低な人種になる・・・。
「否定も肯定もしなかったって・・・
そんなの思い出したくもないでしょうに。」
「へっへっへ!
ただ待ってください、
この事件でおかしいのは時系列なんです。
その家の夫婦が刺された時、
もう猟奇連続殺人犯は、
死んで遺体も回収されてるはずなんです。」
「へ? 意味がわからない。
じゃ、だ、誰が伊藤さんのご両親を刺したのっ?」
永島先輩は、
ここから先の話を聞いて後悔したそうだ。
あんな話、聞くんじゃなかったって。
でも・・・もう後戻りはできなかったんだ、
この時もうすでに・・・。
「あー、ていうかっすねぇ、
あの時の連続猟奇殺人犯・・・、
精神に異常を来たした者の犯行だって言われてました。
ですけどね、
犯人は見つかった時にはもう死体だったんで、
町で起きてた殺人事件が、
本当に同一犯によるものかどうか、
決め手に欠けてたらしいんですよね、
まぁ、被害者の死因や状況は全て同じだったし、
連続殺人事件はそれでストップしたわけで、
誰も疑うこともなかったんでしょうけど、
じゃあ、そしたら、
猟奇殺人犯の死体が見つかったすぐ直後に、
伊藤の両親が滅多刺しにされたってのは、
本当にただの偶然なんだろうかってね。
伊藤の親父の仕事がルポライターっ、
てのも関係ありそうな気もするし。
ただの俺の想像なんすけど、
もしかしたら、連続殺人事件は、
伊藤の両親まで本来続くものだったのかとか?
警察も新聞も、
誰が二人を刺したか公表しないみたいだけど、
状況として考えると、
その二人を刺したのは・・・
他の誰でもない、伊藤本人ってことはありませんかね?」
「そ、それ、全部君の想像でしょう!?
証拠や根拠は何もないのよねっ!?」
「そうですよ、言ったじゃないですか、
で、ここで気になるのが、
伊藤には不思議な霊感があるって話なんですよ・・・、
オレがそれ知ってるのは、
隣クラスに伊藤と仲いい女がいて、
そいつも猟奇連続殺人犯に一度襲われかけたんですって。
で、それを事前に伊藤が予知だか霊視したとかで、
彼女無事に逃げ出せたって話聞いたんですよ。
その話題が出ると、その女いつも、
『まいちー、マジ霊感少女!』って伊藤の事、
崇め始めるんでおもしれーんですけどね。」
「で、でもだからと言ったって、
その伊藤さんて子がそんな恐いマネするなんて・・・。」
「いやあ、
オレも専門家じゃないし、
わかりませんけどー?
霊感ある奴って色んな人の電波っていうか、
良くない波長の影響受けるって言うじゃないすか、
もし明日、
伊藤連れて旧校舎行くんだったら、
今の話覚えていて、損はないっしょ?」
岡島君の話は、
あくまでも彼の想像であり、
事実起きた話とは異なる。
だが麻衣の特殊能力が招いた事態という意味では間違いない。
この時、
永島先輩は、
あまり恐怖という感情は起きなかったらしい。
それよりも、
そんな恐ろしい事件に巻き込まれ、
自分の両親が滅多刺しにされたという、
麻衣の心情を哀れむだけだった。
岡島君の、無茶苦茶な想像については気に留めることもない。
ただ、
自分の学年にいる御神楽ルカ・・・
彼女も霊感があるというならば、
麻衣と同じような、
他人に明かせない過去でも持っているのだろうか、
そして、
2人が共に他人とコミュニケーションを取りたがらないのも、
そんな過去や能力に起因しているのだろうか、
そんな風に考えることしかできなかったのだ。