メリー新世界篇6 拷問
ユージン、オブライエン・・・
いや、他の船員や海賊達にしても、
この一騎打ちを固唾を呑んで見守るだけしかできない・・・。
闘いの行方が全く予想できないのだ。
体格では、メリーが圧倒的に押されるはずなのだが、
その遠心力を利用した攻撃は、頭目の豪腕に一歩も引くことがないのである。
・・・だがそれでも・・・!
ここは波に揺れる甲板、
船上の戦いでは海賊に地の利がある。
時々大きな揺れにカラダのバランスを崩すメリー、
その隙を狙わぬ頭目ではなかった・・・!
バキャッ!!
メリーが、波の揺れにカラダの動きを止められたその瞬間、
頭目の冷徹な斧が、人形メリーの右手を砕いた!
その勢いで、たった一つの武器である死神の鎌は、
握っていた左手からも外れ、大きな音をたててデッキに弾け飛ぶ。
互いの陣営からは歓声と落胆の声があがる。
頭目は、メリーの手から武器がなくなるのを確認すると、
息つく暇もなく、彼女の腕を抑えつつ背後にまわった。
彼はメリーの脇の間に腕をねじりこみ、そのまま首根っこを捕まえる。
もう、斧は必要はないと判断したのか、彼も斧を床に落とし、
人形メリーの動きを封じる事に専念するようだ。
・・・しかしコイツは・・・。
確かに硬ぇ人形の肌だが・・・、この抱き心地はホンモノの女と変わらねぇ・・・。
銀色の髪の隙間から見え隠れするうなじからは、クラクラしそうな女の匂いがする・・・!
ダメだ・・・たまんねぇぇ・・・っ!
相手が人形とは頭で分っているのだが、その限りなく人間に近い精巧な造りに、
頭目は、自分の下賎な欲求が、ムクムク高まっていくのを抑えることも出来ない。
気を抜いたら、この甲板に彼女を押し倒してしまいたくなりそうだ。
いやいや、まだダメだ! 抑えろ抑えろ自分!
「・・・ほぉ~ら、捕まえたぜぇ!?」
頭目は、メリーの頬に擦り寄るような仕草で語りかける。
一方、メリーは何の感情の変化も見せずに、その顎を傾け背後の頭目の顔を見上げる。
互いの顔の距離は10センチも離れていまい、
その気になれば、口づけだって交わせるのではないか?
「・・・おい人形!
なんでおめぇは動いてるんだァ!?
それになんでおめぇは仲間を殺す?
持ち主の命令かぁ!?」
頭目は尋ねながら、戯れにメリーのふくよかな胸をまさぐる。
当たり前に硬い手触りだが、そのなだらかな曲線の触り心地は良い・・・。
もはや、相手が人形と言えど、
海賊の頭目は、「彼女」を手に入れたいという欲望を露わにしていた。
こんな美しく、奇怪な人形をそばに侍らすことができるなら、
失った手下の命など安いものだ。
自分のカラダをいじくられている事など気にも留めず、人形メリーは頭目に答える・・・。
「・・・私はメリー・・・。
私を動かすは、非業の死を遂げた哀れな子羊達の無念の情・・・。
そして私に持ち主などいない・・・。
この船の持ち主も、一国の王も、例え神だろうと私を従わせる事は出来ない・・・。
ただ、永劫なる運命だけが・・・私の主・・・。」
「・・・難しい事はわからねぇが、おめぇは誰のモンでもねぇんだな?
なら、オレ達の船に乗れ!
楽しくやろうじゃねぇかぁ?」
「それはムリ、あなたは人の命を奪いすぎた・・・、
あなたのカラダに多くの人の恨みがこびりついているわ・・・。
感じないの?
あなたにまとわりついている死者達の怨念を・・・。」
「・・・へっ! バカなこと言ってんじゃねぇ、
このオレがそんなもん・・・ に・・・?」
なんだ?
腕の感覚がおかしい!?
頭目は、メリーの胸をまさぐる手から、
その感触を味わうはずの感覚が、完全になくなっているのに気づいた・・・!
「私はメリー・・・、
あなたの肉体は、いま、
『死』に染まり始める・・・。」
メリーは、そのグレーの瞳を頭目に定めたまま、
ゆっくり、そして冷たくつぶやいた。
「・・・なにぬかしやがる!?」
そうは言っても、頭目の右手首から先には既に感覚がない。
もう、メリーの胸の感触すらつかめない・・・。
メリーは首を曲げ、その頭目の右腕を見下ろした。
「あなたの右手には、もう体温がない・・・、死んじゃったわね・・・。」
そんなバカな!!
だが、頭目は自分の右腕を直視して、その形相を変貌させる。
・・・右腕が・・・どす黒く・・・紫色に混じって変色してるのだ・・・!
「な・・・なぁにィこぉれぇぇぇぇッ!?」
メリーはゆっくりと、力の無くなった彼の右腕を払い、
カラダを翻し、海賊の頭目に正面から向き合う。
そして彼女は、頭目の左腕をさする・・・。
「・・・お、おい!?」
「ほら・・・? 今、私はあなたの左腕を掴まえた・・・、
感じる?
あなたの左腕も死んでいくのを?」
「う、うっわぁぁぁっ!!」
ようやく、頭目は彼女に何をされているのか理解し、
そして彼のカラダそのものが、死への恐怖からの拒絶反応を生じさせた・・・。
や、やっぱりコイツは化け物だァ!!
彼の足は、考えるよりも早くこの場から逃げ出そうとしたのだが、もう遅い。
そのままメリーは屈んで、頭目の太い足に抱きついた。
そして彼女は頭目の顔を上目遣いに見上げる・・・。
「ほら・・・?
今、私はあなたの足を掴まえた・・・、
ねぇ、どんな気持ち?
あなたはどんどん、『死の世界』に引き擦り込まれているのよ?」
もはや海賊の足は動いてくれやしない。
逃げようとしていた彼は、力なくその場に崩れ落ちてしまう。
「・・・あっああ~ッ、アアアッ!
よ、よせっ! やめろっ!?」
だが・・・手足をもがれたのと同然な海賊は、
芋虫のように身を悶える事しか既に残された自由はない。
次回、海賊処刑。