第19話
「パパァ!!」
「麻衣!!」
・・・そしてその隣には、
赤いローブを纏った男・・・バァルがそこにいた・・・。
義純もフード越しの顔は見た事があるが、
その顔をはっきりと見るのは初めてだった。
大きく見開いた、色素の薄い灰緑色の瞳が不気味に見える・・・。
「麻衣を放せっ!!」
伊藤の呼吸は荒い・・・。
「ふむ・・・。」
逆に先程とは、打って変わって落ち着いた声を発するバァル・・・。
だが、
やはりその感情の起伏は大きい・・・。
「可愛いいいぃ女の子じゃないかぁぁ!?
麻衣ちゃんって言うんだねぇぇぇ?
可愛いぃ、可愛いぃよぉぉおおおお!
しかも見たところ・・・
この子は『リーリト』かいぃぃ!?
見ぃたぁのぉはぁわたしもはぁじめてだぁぁぁ!」
この場でその単語、「リーリト」を理解できる者はいない。
オカルティズムに詳しいマーゴですら、
辛うじてその単語を知っているだけに過ぎない。
もちろん、
伝説にある古い魔物の名称を、
こんな状況下で現実に結び付けられるはずもなかった。
当然、伊藤も娘の事だけしか今は考えられない。
「何を言ってるのか分らない!
そんなことより娘を放せ!」
伊藤の要求を無視し、
バァルは目を見開いたまま穏やかに質問する。
「あの糞じじい・・・、
クネヒト・ルプレヒトとエミリーはどこに行ったぁ・・・?」
これには義純が答えた。
「・・・おまえの仕業じゃないのか?
突然姿が消えたぞ!?」
「ほう?
あのジジイ、魔王の使いっ走りのくせして、
まぁた何か企んでいるのかああぁ?
だが、
どの道、エミリーはわたしに攻撃できなぁぁい・・・。
全ては無駄だと思い知らせてくれるぅぅ!」
「魔王の使いですって!?
何ばかな事、言ってるの!?」
マーゴも短い時間ながらも、
レッスルの人間臭さをその目で見てきた・・・、
「赤い魔法使い」の言葉に過敏に反応する。
「アーッハッハッハァ!
知らなかったのかいぃ!
あいつの正体をををっ!?
お前たちはあいつに利用されてるのさぁッ!
あいつのご主人様が誰だか、
お前たちは知ってるのかぁぁぁああ?
それはお前たちが悪魔と呼ぶもの・・・。
大いなる過去においてぇ、
神に逆らいぃ、
地獄へ落とされた邪悪な蛇・・・!
それが奴の主人、魔王ヴォーダンさぁ!!
この世で有史以来、
多くの争いが起きているのも・・・、
それもあいつの主人が、
ウラで糸を引いていると知っててお前たちはつるんでいるのかぁぁ!?
・・・それに比べればぁ、
わたしがやっている事はぁ・・・
可愛いもんだろおぉぉ?」
マーゴを含め騎士団のメンバーに衝撃が走る。
元々彼らは神の教えを奉じる者たちだ。
今のバァルの話は聞き流すことができない・・・。
「命惜しさに出たら目、言うんじゃないわっ!!」
「アーハッハッハ、
信じる信じないは君たちの勝手だともぉ・・・。
まぁどうでもいい話だよねぇ!?
・・・それより、大事な話をしよう・・・。
エミリーをここへ連れて来いッ!
すぐにだ!」
ライラックが前に出た。
・・・懐に手を入れている。
「・・・今の状況を把握しているか?
ほんの一瞬でお前の命を絶つ事ができるぞ!」
彼の射撃は神速だ、ハッタリなどではない。
「ほぉぉ!?
なるほどぉ、わたしは一瞬で殺されるのかァァ?
でぇ、君はこの可愛い女の子をその一瞬で守れるのかあぃ?
人形達はわたしが殺されてもぉ、
命令は忠実に実行するようぅ!
・・・例えばわたしが殺された瞬間・・・、
そいつらはこの子の目玉をかきむしるかもしれないぃ、
それとも耳を引きちぎってしまうかもしれないねぇぇぇ・・・!
・・・あ~あはっ!
あははははぁぁぁぁああ!
痛いッ、痛そうだぁぁぁああッ!!」
「やめろ! やめてくれ! 頼むっ!」
伊藤は半狂乱に近い状態だ・・・。
交渉はマーゴに任せた方がまだ確実だろうか。
「・・・人形を、
メリーを連れてくれば・・・麻衣ちゃんを放すの・・・!?」
「そうだねぇぇ!?
考えてもいいなぁぁ?
でも、もし連れてこなかったら・・・、
まだ魂を入れてない人形がいくつかあるからぁ・・・
その器の中に、
この子の魂を突っ込んじゃおうかなあぁぁぁぁははははあっ!!」
「やめてくれっ!
麻衣を放してくれたらなんでもするッ!!」
「だぁったらさっさと連れて来るんだよぉ!!」
マーゴが後ろを振り返って、
ガラハッドにメリーの探索を指示しようとした時、
先程自分達がやってきた道から、
足を引きずる音が聞こえてくる事に気づいた。
(おじ様・・・?)
老人は自分の姿を隠すでもなく、
ゆっくり、
確実に洞窟の中央を進んできた・・・!
「メリーを探す必要はない!」
「アーハッハッハッハー!
クネヒト・ルプレヒトー! 待っていたよぉ!!」
「バァル!
お前の考えは読めるぞ!
メリーの洗脳に失敗した次の手口は・・・、
その子、
麻衣ちゃんの魂をメリーに封じ込める事じゃな!!」
全員に衝撃が走る!
伊藤のカラダは寒気どころか沸騰しそうだ・・・。
レッスルは言葉を続ける。
「エミリーの時と同じように、
無茶な取引を持ちかけて・・・、
今まさに父親が言いかけたような『取引』にまで持ち込んで、
その子を殺す気じゃろう?
いつまでも思いどおりにはさせんぞ!!」
「ククックックックック・・・、
ご名答だよ、ルプレヒトォ・・・!
相変わらず小賢しいジジィだなぁぁぁっ!?」
レッスルは手ぶらだった・・・、
伊藤から自分の杖を受け取る・・・。
そして・・・、
「彼女が攻撃したら、
一斉にお嬢ちゃんを救うんじゃ・・・。」
とだけ、小声でライラック達に伝えたのだ・・・。
「彼女」・・・?
「何、ぶつぶつほざいてるんだぁ!?
状況は何も変わっていないぃぃ!
早くエミリーを連れて来いといってるんだああああぁ!!」
老人は威厳たっぷりに落ち着いていた。
そしてニヤッと、
その顔にいつもの笑みを浮かべる。
「彼女ならそこにおるじゃろう?」
思わずバァルは左右を見渡す・・・。
「?」
彼はそこで見慣れぬものを目撃する・・・、
いつのまにか、自分のいる台座の上に、
一匹の白い蛇が登ってきているのを・・・。
既に物語上ではある程度明かしていましたが、
レッスルやフラウ・ガウデンの背後にいるのは中欧神話のヴォーダンです。
いつかこの地上に復活すべく、雌伏の時を過ごしています。
その意味で北欧神話のオーディンとはまるで異なる性格と言えるでしょう。