緒沢タケル編16 神々の王ゼウス 黒十字の者達
半ば強引にサルペドンは話の筋を誘導する。
「モイラよ、もったいぶらずにはっきり言ってもらおうか?
これ以上、何が我らを待ち構えているのだ?
ゼウスたちとの戦いが終わった今、何が我らの脅威となるのか?」
地上には騎士団の最精鋭たちが未だ残っている。
彼らに全てを任せているはずだが、
再び彼らが心変わりしたとでも言うのだろうか?
すると、
ゼウスの背後に控えていた盲目の女神のうち一人、
末妹、黒髪のモイラが立ち上がる。
「過去を識るモイラでございます、
大地を揺する御神、ポセイドン様、
今のご質問に対し、私が視たことをお話させていただきます。
あなた方・・・スサと仰るあなた方が、
この地下世界に下りてきた後も、地上では多くの戦火が途切れることは有りませんでした。
あなた方が以前、戦ったという・・・騎士団というのですか?
彼らが懸命に大きな混乱を鎮めようとはしていたようですが、
地上はあまりにも広大すぎたのでしょう、
それは焼け石に水を浴びせる程度のもの・・・。」
末のモイラは一度、口を閉じる。
それは次に語る事実が、あまりにも重大な話であるからなのだろうか。
「そして、
あれは・・・この地下世界、及び地上をも途方も無い大地の揺らぎが起こったとき・・・、
あなた方が『嘆きの荒野』の辺りにいらっしゃった時でしょう、
地上の海に面した地域では、想像を絶する規模の津波が起こり、
大勢の犠牲者と、更なる悲劇の混乱を産み出しました・・・。
その後、地上の最も広大な大陸の一部から、
禍々しい程の強さと残虐さを持った軍団が、
地上世界を席巻し始めたのです・・・。」
マリアやサルペドンのショックは計り知れない・・・。
サルペドンは何度か、自らの大地を揺する能力を使用した。
勿論、彼は自分の能力の凶悪なる側面も理解しているので、
地上に影響を及ぼすだけの能力は使うまいと、コントロールしたつもりではいる。
そう、地上に被害が及ぶような地震を起こしたのは自分ではない。
あの時だ・・・、
タケルがタナトスに生命力を奪われた時・・・、
あの時、何者かが起こした、ポセイドンをも遙かに凌ぐ超絶サイキック・・・。
サルペドン達の反応を確かめつつ、末席のモイラは話を続ける。
「その猛き刃はあまりにも圧倒的でした・・・。
地上のいかなる軍隊も、彼らの歯牙に打ち砕かれ、
その軍勢はあっという間に地上を飲み込んでしまったのです・・・。
私には視えました・・・。
あなた方と戦った騎士団のうち、
二つの剣を同時に振るう者が立ち向かいましたが、
彼らにその剣は届くことも無く・・・。」
誰だ!?
タケルの記憶にある騎士団の者と合致する人物がいないが、
それはマリアがフォローした。
「二つの剣・・・、
恐らくはアフリカ方面を担当していた双剣の騎士ベリンでしょう、
私たちとは戦ってはいなかったはずです。」
自分の見知った人物でないのは、幾分ほっとしたタケルだが、
安心など出来はしない。
今、聞いているのは過去に過ぎ去った事件・・・、
現在・・・そしてこれより、どうなっているのか全く予測も出来ないからだ。
アーサーや、そしてランスロット・・・
ガラハッドや李袞も・・・、果たして彼らは今も無事なのか?
さしものサルペドンも動揺を隠せない。
なんとか話の詳細を掴もうとする事で精一杯だ。
「モイラよ、それは一体如何なる集団なのだ?
あれだけの混乱の中で、そこまで強力な軍隊を残していた集団など、
私たちの予想も出来ない。
いったい・・・。」
末妹のモイラは、一度、サルペドンの顔を向いた後、
静かに・・・、
ためらいがちに一言、口を開けた・・・。
「私めに見えたのは・・・
無機質な鉄の塊に浮かぶ黒い十字架・・・。」
その反応はマリアが最も早かった・・・。
「黒い十字架・・・
まさか、ドイツの傭兵部隊黒十字団っ!?」
その黒十字団とか言う組織の名は、タケルには初耳である。
だがサルペドンは勿論、壁際に控えているクリシュナや酒田には聞き覚えがあるようだ。
「おいおい? クリシュナさんよ、
確か黒十字団って・・・。」
「何かと黒い噂の絶えない組織だったと記憶しております・・・。
一番詳しいのはマリア様かと・・・。」
そして当のサルペドンはマリアに問い詰める。
「マリアよ、黒十字団は依頼を引き受けさえすれば、
どんな不可能と思われるようなミッションをもこなすと聞いているが・・・、
たかが傭兵組織がそんな軍事力や政治力を発揮できる物なのか?」
マリアは難しそうに首を振る。
「・・・いいえ、
確かに黒十字団は傭兵組織・・・、
ですがその党首には気味の悪い者達との繋がりも噂されています。
それは傭兵組織でありながら、カルト的な所業を行なっているとも・・・。
また未確認ではありますが、
あの壊滅したはずのノーフェイスの残党も紛れ込んでいるとか・・・。」
裏の世界に足を踏み入れたばかりのタケルには何がなんだかさっぱりだ。
もう周りの話を聞いているだけしか出来ない。
せめて少しでも頭を追いつかせないと・・・。
「マリアさん、話がさっぱり見えねーよ!?
とにかく今、地上はその黒十字団ってのが世界を侵略してるってことなんだよな!?」
そこでゼウスの残酷なる言葉が・・・。
「そうだ、小僧・・・、
そしてモイラが予言したことは、
その集団に・・・
貴様らスサのほとんどの者が殺されるという事態なのだ。」
ムカァッ!!
理屈はいらない、
いや、後から考えてみれば、地上で騎士団とあれだけの戦いを生き延びて、
今更、他の軍隊に遅れを取るなど考えられなかった。
それをこうも、上から目線できっぱりと決め付けられて、タケルが憤慨するのは仕方ない。
「てめぇ、ふざけんなっ!
オレ等やサルペドン、それに騎士団の主力は残っている!
そう簡単に負けるはずねーだろうがよっ!!」
次回「悪魔崇拝」
まぁ、そういう噂です、噂。
なお、戦いは終わったとはいえ、このまま平和に物語が終わるとは限りませんので・・・。