緒沢タケル編16 神々の王ゼウス それぞれの思い
最終章です!!
タケルたちがアグレイアの街を出たのは、
あの死闘から二日後のことであった。
タケルに関しては、松葉杖ごときでは埒があかないために、
おそらくヘファイストスあたりの技術によって作られたであろう、車椅子に乗せての旅となる。
肝心の王都ピュロスまでは二日とかからないそうだ。
タケルの回復力なら、それまでに両掌の傷は塞がるに違いない。
最悪、天叢雲剣を握るぐらい、どうにかなるはずだ。
・・・相変わらず上空の太陽の輝きは鈍い・・・。
ただでさえ、不安材料は山ほどあるのに、余計メンバーの気分を落とし込むことになりそうだ。
ハデス戦の後とは大違いだ。
隊の士気が下がっているのには、もう一つ理由がある。
ミィナの表情が暗いことだ。
・・・原因ははっきりしている。
仮に、サルペドンがオリオン神群に和平案を提示し、
ゼウスがそれを飲んでしまった場合、
彼女の村や家族を殺された恨みの矛先が、どこへいけばいいか判らなくなるためだ。
もちろん、ミィナも話がわからぬわけでもない。
理屈では、これ以上犠牲者を出すことが、いかに無益なことか理解はしている。
しかし彼女はまだ若く、それを心の底で受け入れることが出来ないのだ。
・・・特にタケルを含め、スサのメンバーたちは、オリオン神群に家族を殺された者はいない。
仲間が犠牲になっているとは言え、それはあくまでも既に戦闘の覚悟を決めた者たちの死だ。
ミィナは違う。
平和な暮らしをしていたはずの自分たちを、
いいように踏みにじられたままで、どうして耐えることができるであろう。
それも、自分が言い出すことなら話は別だ。
今回は自分のいないところで、話が進められてしまった。
「あたしの気持ちを、少しでもおまえら気にしてくれてんのかっ!?」
アグレイアの街を発ってからというもの、それがミィナの心中で渦を巻いていたのだ。
・・・ちなみに今、どんな状態かと言うと、
包帯とギブスだらけのタケルの車椅子を、ミィナが押している。
複雑な乙女心というのか、
彼女は死にそうな目にあったタケルを労ってやりたくてしょうがない。
でも頭の中には、いろんな感情が幾つも幾つも沸いてきて、自然と寡黙なまま車を押しているのだ。
そんな状態は、タケルにとっても居心地がいいんだか、悪いんだか・・・。
彼もミィナの心情には気づいているが、
それを言葉にどう表していいか、わからないのだ。
車椅子の背もたれに上体を預けると、自然とミィナの柔らかいお腹に、タケルの頭が当たる。
ん~・・・
取り立ててミィナに反応はない。
嫌がってる風でもないし、喜ぶわけもないだろうが・・・。
実際、当のミィナも別に悪い気はしていない。
自分のお腹で、タケルの頭が時折揺れるのを黙って遊ばせてやる。
タケル君、調子に乗ってそーっと、頭を寝かし、視線をミィナに・・・。
「んぁ?」
前でも見てろよ、とでも彼女は指先でタケルの頭を弾いてやった。
あいたっ!
二人の間に特に会話があるわけでもないが、傍から見ていたら思わず口元が歪む光景に違いない。
おっと?
数メートル隣で、グログロンガが意味深な視線を送っている。
タケルもミィナもほぼ同時に気づく。
・・・でも誰もそのことで口を開けない。
グログロンガは元々寡黙な性質だし、
ミィナはそういう駆け引きで、悪戯心を抱く性格だが、今はそんな気も起きない。
タケルはタケルで、
本来、悩まなければならないこれからの難題に、気持ちを戻さねば!
・・・と我に返った。
「・・・ミィナ、おい。」
「ん、なんだよ、
なんか言いたかったのか?」
「あ、いや、この先、どんな展開になるかオレもわからねーけど・・・、
どんな結果になっても、お前、満足できるか?」
しばらく彼女は考え続ける。
でも実際、その場になってみないと・・・。
「わかんね・・・。
でもいいよ、タケル、
お前らはお前らで最善の行動をしてくれよ。
少なくとも、問答無用で暴れることはしねーからさぁ・・・。」
そう言って、ミィナはタケルの右頬に手をあてがった。
ちなみにそれは、グログロンガからは見えにくい角度にしてみた。
その時、後ろにマリアさんが控えていたようだ。
これはフォローだか、違うんだか判らないが、
マリアさんの言葉が場の空気を引き締める。
「でも、二人とも・・・。
一番に優先すべきことは・・・、
私たちが生き延びることよ。
これ以上・・・誰も欠けることなく・・・。
戦力は・・・あくまでも向こうの方が大きいということを忘れないでね・・・。」
ミィナも判ってはいる。
でも素直に反応できない。
ただ・・・マリアのほうを向いて、軽く頷くのみ・・・。
今はそれで十分なのだろうか。
そして最大の懸案はサルペドンだ。
タケルにああは言ったが、ゼウスと一騎打ちを挑むにあたり、
実際の勝率は、恐らく限りなく低い・・・。
かつてデメテルの村において、アテナ経由でモイラの予言を聞かされている。
100年前に手も足も出なかったゼウス・・・。
そしてこの戦いでほとんどのスサのメンバーが死に絶えるという不気味な予言・・・。
もちろんサルペドンに、切り札というか、戦いに勝てる根拠を有していないわけではない。
ただ、自分の作戦が通じるか通じないか・・・、
それは蓋を開けて見なければわからない。
そして、
最悪でも・・・タケルやミィナ・・・、
自分の命などどうでもいいが、彼らスサの仲間だけは生きて地上に送り返すことさえ出来れば・・・。
それが、
サルペドンの確固たる意志だった・・・。
もう、マリアには伝えてある・・・。
マリア自身も、そのサルペドンの決意に叛旗を翻したい気持ちはあったが・・・、
彼の気持ちを変えることなどできないのはよくわかっていた。
果たして、その時が来たら、自分はサルペドンの意志を実行することができるのだろうか?
次回、王都ピュロスに到着。
またまたですが、
線文字Bで表記された、ミケーネ文明ピュロス文書に実在の人物をお出迎え役にさせます。
「神の奴隷」じゃありませんよ。