緒沢タケル編15 混沌たるカオス 決戦前の深まる謎
カオス編最終話です。
このまま、この章を終わりにして、
いよいよ最終目的地、ピュロス王国王都ピュロスへと話を進めても良いのだが、
タケルが重傷を負ったために、
しばしこのアグレイアの町に留まらざるを得ないので、
今度の戦いのその後の状況も記しておこう。
タケルにとって幸運なことに、
カオスに止めを刺した後、すぐにスサの捜索部隊によってタケルは発見された。
だが、
その後、この神殿の状況が明るみになるにつれて、
誰もがこの日起きた、異常な事態と謎に、明確な答えも出せずに混乱していたのである。
アグレイア神殿を襲った惨劇・・・、
神殿に従事する全ての人間が虐殺されていること、
光の女神・アグレイアの殺害、
そして謎の人物カオス・・・。
そして謎はそれだけに留まらない。
タケルが戦った地下室の貯蔵庫から、カオスという人物の遺体を運び出そうとしたとき、
いつの間にやら、その死体が消失していたのだ。
この町の兵士や役人らと共に、神殿の入り口は全て封鎖してあったはずである。
どんな人間も、その目を欺いて出入りできるはずもない。
タケルを救出したときには、確かに死体はそこにあった。
サルペドンでさえもその男の死体を目撃している。
そしてさらに、
その年若いと思われるオリオン神群に、
サルペドンが面識がないのは別に驚くには当たらないにしても、
サルペドンはおろか町の人間すらも、
「カオス」という神の存在すら知らないという事実は、
その場の全員の背筋を凍らせるに十分な事実だったといえよう。
さて、タケルの怪我のほうだが、
もうこれは戦いどころか、旅を続けることも不可能といえるほどの重傷だった。
両手の傷はともかくとしても、
胸元はガッチガチに固定する必要があり、右腕をあげることすら厳禁といえる行為だ。
そして、致命的なのは右膝だ。
関節が破壊されている・・・。
持参している治療用具では、
石膏で固めて悪化しないようにするのが精一杯で、
本来、切開手術を要するほどの怪我なのだ。
いくらタケルの回復力が化け物じみているとは言え、
関節や骨が間違った角度で修復してしまえば、
一生、足を引きずりながら生活しなければならない危険もある。
ここでサルペドン達は、最後の決断を下さねばならなかった。
「・・・タケル、
本来ならお前の怪我の回復を待ちたいところなのだが・・・。」
体中、包帯とギブスだらけのタケルは力なく口を開いた・・・。
「ああ、もうオレの事はほっといてくれ・・・とは言っていいのかな?
あ、天叢雲剣の電撃なら可能だぜ?
今日はともかく、一晩寝れば回復できるはずだ。
ただ・・・
敵の本拠地に行くだけでも、オレはかなりの足手まといなんじゃあないか?」
「やむをえないな・・・、
一応、私としては休戦協定も視野に入れて考えている。
個人的に決着をつけたいのはやまやまだが、
互いに大勢の犠牲者を出して、どちらも余裕はないはずだ。
地上に住む人間の立場からすれば・・・、
相互不可侵さえ守れるのなら、戦う理由はなくなると思うのだ。」
「ああ、・・・それで済むなら一番だよな・・・。」
「だが、タケル、
お前のためにも、ゼウスを力ずくで屈服させなければならない。」
「ん? オレのために?」
「ああ、ピュロスには医療の神アスクレーピオスが控えている。
彼ならお前の怪我も完全に元に戻せるはずだ。
ただ、普通の休戦協定では、
向こうにお前の怪我を治す義務など生じるはずもあるまい。
だから、全てにおいて優位に立つためには、
我らが完全に勝利を収めるという形が不可欠なのだ。」
タケルは自分の怪我の様子を改めて認識した。
この地下世界じゃあな・・・、
最悪、地上に戻ればそれなりの治療は出来ると思うが・・・。
「いや、サルペドン、オレの怪我は考慮してくれなくていいよ。
ここから先のことはアンタに任す・・・。
そのつもりでここまでやってきたんだろ?」
「すまない、
そしてありがとう、タケルよ・・・。
できるだけゆっくりと休んでくれ。」
途端にタケルは吹き出した。
「・・・なんだ、タケル?」
「プッ、だ、・・・だってサルペドンの口から『ありがとう』って、
スゲー違和感ありまくりだぞ?」
「・・・からかうな、
これでも私の本音なんだ。
たまには素の自分を晒したっていいだろう。」
このまま軽口で会話を済ませたいところだが、
タケルは今一度、神妙な顔つきとなる。
「ははっ、素ねぇ?
・・・それより、しつこいようだが、もう一度確認させてくれ。」
勿論サルペドンにしたところで、
和やかな会話を行う余裕などありもしない。
それは自分自身が一番よく知っている・・・。
「なんだ?」
「オレの力・・・進化している・・・。
天叢雲剣も同様だ。
敵の親玉・・・ゼウスの能力も想像だが、なんとなくわかるぞ?
きっと、オレと同系統の雷の能力だろう?
なら、オレの力は役に立たないか?」
サルペドンはタケルの胸元の紋章を一度見つめた・・・。
確かにタケルのパワーと進化は凄まじい。
仮にもオリオン神群の首魁の一人であったサルペドンですらも、
タケルの潜在能力に驚愕の念を抱かざるを得ない。
しかし、それでも・・・。
「残念だがタケル・・・、
まだお前では、ゼウスの足元にも及ばない・・・。
ヤツは・・・オリオン神群の全ての王なのだぞ・・・。」
タケル自身、もう自分が戦いの役に立たないカラダになっていることは承知している。
だが、今のサルペドンの言葉は、
翻してみれば、逆にサルペドン自身が、
どれだけ無謀な戦いに身を投じようとしているかを指し示すものである。
それを黙って見過ごすことのできるタケルではない。
「ちょ、ちょっと待てよ!
そんな奴相手にお前、どうやって戦うってんだよ!?
100年前だってコテンパンにやられたんだろ?
じゃあ・・・!?」
サルペドンは笑ってタケルの言葉を遮る。
「ふっ、案ずるな、
お前たちは私の力もよく知らないだろう?
少なくともこれだけは言える。
私とゼウスの精神力はほぼ同等だ。
タケル、お前のサイキックパワーが、仮に数値にして20から40にあがったとしよう。
・・・それも天叢雲剣や紋章の力を借りてな・・・。
そしてヘファイストスやアテナが60から70としよう。
ならば、私とゼウスはともに200だ。
心配するとしたら唯一つ・・・。
私たちの全力の戦いに巻き込まれないように、遠くに避難しているがいい。
下手をしたら街や王国自体が滅ぶ・・・。
だから、私もゼウスもこれまで、
積極的に戦いの場に出ることができなかったのだ。」
もう、
それはタケルの想像の域を絶する状況になるようだ。
もちろん、タケルはこれまでの旅で得た知識をもって、
それでもサルペドンが不利なことは感づいている・・・。
ポセイドンの能力ではゼウスに打ち勝つことは出来ない・・・。
恐らくサルペドンは、
誰よりもその事を自覚しているはずだ。
きっとタケルやみんなに、心配をかけさせまいとしているに違いないだろう。
タケルは自分のカラダが、
もう、使い物にならなくなっている状況を悔しがるしかできないのだ。
ここまで来て・・・
自分の無力さを痛感することになるなんて・・・。
そして決戦の時は近づく。
いよいよ次回から
オリオン神群編最終章となります。
文章化して完結させている物語はこれでラストです。
長かったです・・・
皆様とももうじきお別れですね・・・。