緒沢タケル編15 混沌たるカオス 黒十字の四人
懐かしい人たちの登場です。
彼らを忘れてしまっている方は、メリーさん編までどうぞ。
タケルがカオスを倒した同時刻、
ここは地上・・・。
いや、地上とは言えないかもしれない・・・。
ヒマラヤ山脈の麓・・・。
その天険の要害の、さらに大地の下に、
通常の手段では決して足を踏み入れることの出来ない町がある。
その都市の中心部・・・、
その心臓部ともいえる宮殿の暗い一室に、
一人の女性がカラダを横たえていた・・・。
周りには重厚なつくりのカーテンや絨毯が敷き詰められ、
独特の白檀系の香が焚かれている・・・。
電気の照明は存在せず、ただ数本の蝋燭だけが、
部屋の中を照らしていた。
女性はベッドの上で仰向けの態勢になってはいたが、眠っていたわけではない。
突然、両の瞼を開くと、二つの大きな瞳が露となる・・・、
黒く病的なまでに妖しい光を放つ瞳が・・・。
「ふー・・・っ。」
「彼女は」ゆっくりと上体を起こした。
暗がりだが、彼女は黒を基調としたサリーのようなものに身を包んでいる。
細い手首にはブレスレット、
首元には沢山の装身具を垂らしている。
服装や顔つきから見るとインド系の女性なのだろうか?
やがて彼女は、服の裾からはみ出した、浅黒くも美しい足を投げ出してベッドから下り、
軽く身だしなみを整えると、気だるそうに部屋を出て行った。
しばらくして彼女が向かった先は、
少し間取りの大きい、集会所か休憩室のようなスペース。
そこには人の気配がある・・・。
その部屋には扉というものはなく、
外側から入ってくる人間は、廊下のランプの照らし出す影で、
容易に、中の人間に気づいてもらえる事が出来るだろう。
そして彼女は・・・、
ゆっくりと部屋に入る。
中の部屋も薄暗い。
どうやら先客はアルコールを飲んでいたらしい。
その「男」は、入ってきた彼女に軽く挨拶をする。
「よぉ、お目覚めかぁ?
一杯どうだい、『黒の巫女』様よぉ?」
「黒の巫女」と呼ばれた女性は、
何の感情も浮かべぬ黒い大きな瞳でその男を見下ろした。
男の誘いには全く興味はないようだ。
「『狼男さん』、
・・・他の方々はいらっしゃらないのですか?」
狼男とはまた失礼な?
確かに男は下卑た感じで毛深そうだが、そんな化け物じみては見えはしない。
ただ、
男のほうも気にはしてないようで、
軽くグラスを上げると、首を傾けて薄ら笑いを浮かべる。
「ああ~ん?
そこにいるじゃねーかよ、『静かなる旅人』さんがよ・・・。」
その言葉に、黒の巫女は自分が入ってきた入り口付近の壁を振り返る。
そこにいつの間にか、
くるぶしまでの長さの民族衣装に、腰布を巻きつけたサングラスの男が壁にもたれかかっていた。
さっきまで、そこに存在していなかったのは間違いない。
そして誰もこの場に近づいてくる気配もなかった。
どうやって、そこに立つことができたと言うのだろう?
「御用があるのは私に、ですか?
黒の巫女様・・・。」
黒の巫女は驚きもせずに、少しだけ口元に笑みを浮かべると、
先ほどの「狼男」と交互に顔を見比べながら、ため息混じりに口を開いた。
「・・・全員、集まっていてくれたほうが話は早いのですが、
とりあえず貴方がここにいてくれれば、最低限の用は済みます。
実は、例の・・・
『下の世界』に送り込んでいた『坊や』の意識が途絶えました・・・。
恐らく・・・もう生きてはいないでしょう・・・。」
「狼男」は一息にグラスの液体を飲み干してから、オーバーなアクションで驚いて見せた。
「ありゃりゃ~?
かわいいツバメ君が大変なことになっちゃったなぁ~?
ショックがでかいんじゃないかぁ、先生よぉ?」
からかわれた黒の巫女は、
その黒い眼差しで、レーザービームでも発射するのではないかと思われるような、
きびしい視線を狼男に叩きつける。
さすがに彼も、トラの尾を踏んだことに気づいたようで肩をすぼめた。
とは言え黒の巫女は、もうそんな事はどうでもいいらしい。
気にせず背後の民族衣装の男性に説明を始める。
「・・・まだ彼は発展途上でした・・・。
もう少し鍛えれば、あなた方にも並ぶ才を発揮できたでしょうに残念です・・・。
それで申し訳ないのですが『旅人さん』、
あなたに後始末をお願いしたいと思うのです・・・。」
『旅人』と呼ばれた男も、あまり顔に表情は浮かべない。
そのまま首を縦に振り、
静かにゆっくりと部屋を出て行った。
それを見て、「狼男」は独り言のようにつぶやいた。
「もっとゆっくりしてりゃあいいのに、
せっかちだなぁ、ヤツはよぉ・・・。」
再び黒い瞳を瞬かせる黒の巫女。
「あなたはこんな所でゆっくりしていていいのですか?」
「いやあ、
『あの方』から直々に留守番仰せつかってるんだよぉ、
何でも今、日本ってところで行ってるミッションは、
少しデリケートらしく、オレじゃあ任せられないんだと。
まぁ、オレは手加減できねーからなぁ?」
「・・・別に他にも仕事はあるでしょうに・・・。」
「そう言うなよ、
あの方は、ご機嫌な酒でも飲んでてくれと、とわざわざ仰ってくれたんだ。
ホラ?
オレだけじゃねーぜ?
あちらの『赤い魔法使い』の旦那も同様だぁ。」
すると、
薄暗い部屋の片隅からピアノが聞こえてきた・・・。
比較的、有名だろう、
フランツ=リストの「愛の夢」・・・。
この場に相応しい曲かどうかは怪しいが、
そこそこ聴ける腕前だ。
ところが、ピアノの曲を聴いていた彼女たちに向かって、
何か絨毯の上を、小さい何かが這いずってきている・・・。
これは・・・人形?
黒の巫女は、驚きもせずその近づいてくる人形を見下ろして小さくつぶやいた。
「『人形遣い』・・・
あなたもお暇そうですね?」
一体、どんなからくりなのか、
その30センチ程度の人形は動きを止めると、
黒の巫女を見上げ、なんと普通の人間のように会話をし始めたのだ。
「アーハッハッハァ!
ご機嫌いかがかなぁ、『黒の巫女』ぉぉ!
こぉれでもぉ、私は研究熱心なんだぁぁ、
くぅだらない争いよりぃ、研究や実験のほうが忙しいのさぁぁぁっ!
まぁ、用があったら気軽に頼んでみておくれぇ?
ああぁ?
もちろん、私のぉ、かわいい、人形たちにねぇぇ~っ! 」
今回、登場した方々は、元々「緒沢タケル編」第三部黒十字軍編のキャラたちです。
「私メリーさん」の物語を作るにあたり、赤い魔法使いバァルをメリーさんの敵役にし、
マルコ、ルキ、カーリー先生は「南の島」編で登場させました。
ネロは同じ黒十字「団」所属ですが、彼が本来登場するのは「天使シリス」編です。
ただ、物語を同時制作していくにあたり、ネロも「緒沢タケル」編のどこかで登場シーンを作ります。
・・・ただ、「黒十字軍」編は皆様のお目にかけられる機会は・・・ないかも。