緒沢タケル編15 混沌たるカオス 虐殺の跡
さて一方、
サルペドンたちは神殿の中心部に辿り着こうとしていた。
タケルが落下した後、
自分たちの荷物の中からライトを取り出していたので、移動には困らなかった。
ただ相変わらず、そこに着くまで誰もいないし、誰かいる形跡すら見えない。
しかしやっとと言うか、
通路のど真ん中に、ここに至るまでの中でも、最大の大きさの二枚扉が出現していた。
これがアグレイア神殿の中央部だろう。
・・・なのに扉の前に誰もいない・・・。
ミィナが有り得ないほどの馬鹿げた発言をする。
「これさぁ、
扉開けた瞬間に『いらっしゃいませー!』ってクラッカー焚かれたりすんじゃね?」
タケルがいないので、今は酒田さんが突っ込み役。
「なわけねーだろ・・・
・・・むしろ槍とか弓矢が飛んでくる可能性、考えよーな? お嬢ちゃん。」
酒田さんがミィナにどつかれている間、
サルペドンが扉の前で考え込んでいる。
「マリア・・・、一応念のためだが・・・、
この扉に手を当てて何かわかるか?」
その向こうに殺意とか敵意が存在するのならば、
マリアの感知能力で何かわかるかも・・・。
慎重なサルペドンがそう考えるのは当然のことだろう。
マリアは、猛烈な殺意を放っているミィナを鎮めてから、
サルペドンの言われるように扉に両手を添えた・・・。
全員、マリアの能力の行方を固唾を呑んで見守る。
何もなければいいのだが・・・。
マリアの眉がピクリと反応する・・・。
他の人間にはまだわからない。
なお・・・この時マリアですら、神殿そのものに結界が張られていることなど思いもよらない。
結界内部に入り込んだこの状態だからこそ、その感知能力を使うに何の支障もないが、
もし、神殿の外から感知能力を使おうと試みていたならば、
この建物に結界が張られていることだけは気づけたのかも・・・。
やがてマリアは「全て」を視てしまった・・・。
長い髪が、肩から胸元に落ちても、気にする余裕などもはやない。
腕や指先が小刻みに揺れている。
彼女にできたのは、震える声を必死に喉元から搾り出す事だけだった・・・。
「お、大勢の・・・夥しい『死』・・・
殺戮の跡・・・っ?」
「何だとっ!?」
サルペドンですら想定していなかった事態がマリアの口から告げられた。
いや、マリアも自分が視た事を信じたくはなかった・・・。
その情景は余りにも惨たらし過ぎる・・・。
マリアはもう、その扉に手をかけることすら耐えられない。
信じられないとでも言うように首を振って、
よろめきながらその場から離れた。
となると次の行動を決めねばならない。
クリシュナや酒田が、その決断を求めてサルペドンにすがる。
求められなくても答えは一つだ。
「開けよう・・・。」
そのサルペドンの指示の元に、スサのメンバーは慎重に扉を開こうと試みる。
・・・だが開かない・・・。
中から閂がかけられている様だ。
数人がかりで門をぶち破ろうとするが、さすがに堅い。
手持ちの武器では、壁や扉を破壊するに適したものがないのだ。
ようやく、彼らが扉を開けたとき、
彼らスサを迎えたのは・・・、
予想をも出来なかったほどの血肉の臭気であった・・・。
「うっ! こ、こりゃ・・・!?」
全員、その尋常ならざる光景に足がすくんでいた・・・。
その光景が何を意味するのかもすぐに理解できない。
いや、一番「それ」に近い場所は屠殺場か・・・。
何十・・・、下手をすると三桁に及ぶかもしれない人間たち(?)の死体が、
広間一帯・・・
そこいらじゅうに積み上げられていたのだ・・・。
これは果たして現実の光景なのだろうか?
ミィナですら、青ざめた顔で入り口から一歩も立ち寄れない。
マリアさんは、未だ広間の外でうずくまってしまったままだ。
グログロンガやサルペドンが、何とか犠牲者の姿を把握しようと努めているが、
彼らだって、一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られている。
呻くようにグログロンガは口を開いた。
「・・・惨い・・・、
兵士、神官、老人、女子供、見境ない・・・。」
そう、
これらの死体は、恐らくこのアグレイア神殿にいた、全ての者を無差別に殺していった結果だろう。
だが、どうやって?
神殿の周りや建物に戦いの痕は一切見られない。
これだけの人数を、この広間から出さずに、
そしてどんな手段で殺して回ったのか?
兵士たちの多くは剣や槍を抜いている。
中には手ぶらで殺されているものもいるが、反撃は可能だったはず。
そして殺戮者はどうやってこの広間から出て行った?
中から閂がかけられているからには、
外に出ようと思ったら、空中を舞って天井付近の隙間から出ていくか、
壁を這い上がっていくか・・・、どちらにしても人間業じゃない。
サルペドンも出来る限り、状況を推測してみようと試みるが・・・。
「まだ死体もそんな冷たいわけじゃない・・・。
殺されてから恐らく数時間も経っていまい。
・・・入り口にいた男が怯えていたのは・・・
この事と関係あったのか・・・。」
やがてサルペドンは一番怖れていることを確かめに、
広間の中央、玉座の部分に近づく・・・。
そこにも多くの死体が折り重なっているが、
やがてサルペドンは一人の老婆の変わり果てた姿を発見した・・・。
「め、女神アグレイアっ・・・、
何という痛ましい姿に・・・。」
その言葉にクリシュナや酒田さんが集まってきたが、
すぐに「うっ」と呻き声を漏らすと、
そのあまりに残酷な死体から目を背けざるを得ない。
顔面もカラダもズタズタに切り裂かれているのだ。
何の恨みがあれば、これだけ人間を破壊しようなどと思いつくのだろう。
オリオン神群だって、ミィナの村で殺戮行為を行ったが、
ここまで死体を損壊させてはいない。
これじゃまるで、子供がおもちゃを、
面白半分に壊していく行為と、大差ないと言った方が良いのではないだろうか?
やがて酒田さんは、
まるで拒絶するかのように、サルペドンに向かって騒ぐ。
「ちょっと待ってくれよ!?
何がどうなれば、
オリオン神群の女神がここまで殺される事態が起きるって言うんだよ!?」
サルペドンも、自らに沸きあがった忌まわしい感情に支配され、
吐き捨てるようにしか答えを返せない。
「私にも判るものか!?
私たち以外に、誰がオリオン神群を攻撃しようなどと思うのかっ!?
・・・私のいない間に反対勢力でも出来ていたのか?
いや・・・穏健派であるはずのアグレイアを殺すなど考えられないっ!!」
出来うる限り冷静に考えようと試みるが・・・。
やはり朝から太陽の光が弱まっていたのは、
光の女神アグレイアを凶刃が襲ったからに違いあるまい。
入り口にいた猫背の男は脅されていた・・・?
ということは・・・我らを・・・。
混迷を続ける彼らに、たった一つだけ危急に行動せねばならないことがある。
「タケルはッ!?」
「みんなタケルを探せっ!!」
万が一、このアグレイア神殿を襲った者にタケルが一人で出くわしたら・・・。
そしてサルペドンは更なる奇妙な事実に気づく・・・。
「アグレイアのマントがない・・・。
まさかマントを奪われたのじゃあるまいな?
オリオン神群の身分を示すマントを・・・。
何の為に?」
立ち尽くすサルペドンを尻目に、直ちにタケル捜索の編成が組まれる。
ただ、今やスサの部隊も余裕のある人数ではありえない。
5人組みで武器を完全に装備させ、4方向に散るだけだ。
先にサルペドンは1部隊を入り口に戻らせた。
あの場所にいた猫背の男から、情報を引き出そうとしたからだ。
だが・・・
その目論見は最悪の事態をさらに悪い方向に引きずり込むだけだった・・・。
猫背の男は、
全身から血を噴き出して事切れていたのだ・・・。
その顔は恐怖と苦悶の表情で、醜く歪んでいたという・・・。
どうやって殺されたのだと言うのだろうか?
次回、いよいよ
タケルの「地下世界」最後の戦いです。