第16話
伊藤は娘の言葉にただ驚くだけで、
その言葉を正確に理解する事はできない・・・。
レッスルだけが、その言葉の意味を捉えていた。
(・・・恐ろしい才能じゃ、
この状況下でそこまで見通せるとは・・・。
『リーリト』の力だけではないぞ・・・?
アダムとイヴの子孫との混血によって現われた能力なのか?
ヴォーダンは、
最初からそこまで見越していたのじゃろうか・・・?)
「伊藤さん・・・!」
レッスルの低い声が響く。
「はい!?」
「麻衣ちゃんとあんたでメリーに呼びかけてくれ・・・!
まだ、洗脳は完璧でないようじゃ・・・。
あんたは大声でメリーを・・・!
お嬢ちゃんは心の中で、
迷子のメリーに呼びかけるのじゃ・・・!」
「そんな!
それでこっちに注意を向けて襲ってきたら・・・!?」
「正直、わしも自信がない・・・。
じゃが、
今ならあの若者どもが抑えてくれておる、
・・・それにあんたたち親子には一度、
メリーとラインが繋がっておる、
他に方法は考えられん・・・。」
そんな事を言われたって・・・!
だいたい何故、
こんな事に自分達親子は巻き込まれているのだろう?
元々自分達は何の関係もないはずだ、
普通の一般人だ!
何故こんなに何度も命の危険に晒されねばならないのだろうか?
伊藤の思考は普通の人間として当たり前の事である・・・。
だが、
彼は自分の視線を娘に落とさずにいられない。
麻衣は口を結んで、
黙って父親を見つめている。
父親の決断を待っているのだ、
自分の大好きな父親を信じて・・・。
麻衣の無言の表情に、伊藤は全てを思い出した・・・。
「・・・そうだ、メリーは、
あの子は可哀想な女の子なんだ・・・。
誰かが、
あの子を助けなきゃいけないんだ・・・。」
レッスルは黙って伊藤を見つめていた。
・・・遺伝なのか教育なのかは分らないが、
おそらくこの父親の元に生まれたから、
この新しい『リーリト』が誕生したのかもしれない。
エデンの園に生えていた禁断の果実、
「知恵の実」と「生命の木」・・・、
「知恵の実」とは後世の俗称であり、
正確には「善悪を知る心」のこと(それもまた比喩なのだが・・・)。
すなわちどちらの樹の実も、
動物界に自然に存在し得ない因子であり、
人間種だけが持ち得るものなのだ。
かつて、
レッスルの主人ヴォーダンは、
「心」の実をイヴに・・・、
「生命」の実をリーリトに・・・、
天空の神に恐れられたそれらの実を、
人間に与えたからこそ、
冥府の暗き底に、
鎖で縛られてしまったのである。
・・・その戒めから解き放たれるその時まで・・・。
そして自分が創り上げた人間達が、
適正に進化しているのかどうかを確かめるために、
いつの時代にも存在する男、
ヴォーダンの分身とも言えるレッスルを送り込んでいるのである。
レッスルはただの監視者であり、
レッスル自らはヴォーダンの真意は測りかねない。
だが、
今ここに進化の奇跡の可能性を垣間見て、
レッスルはヴォーダンの真の意図が見えたような気がした・・・。
「レッスルさん・・・、
やってみます・・・!」
「あたしも協力した方がいいっ!?」
白い髭をはやしたレッスルはニヤッと笑った。
「いつの時代にも勇気在る者はおるのだな!
頼んだぞ!
わしもやってやるからの!!」
そして自らは麻衣の為に、
杖を冷たい鍾乳洞の地面に叩き始めた・・・!
「メリー! こっちじゃぁ!
お前の名前はメリーじゃろおおぅ!?」
「メリー!! 私を覚えてるかぁー!?
あの赤い手袋はどこにやったんだぁー!?」
「えーと・・・、メリーちゃーん!
・・・仲良くしーましょーぉ!!」
人形の目がギョロリと反応し、
突然メリーはライラック達のもとから後方に飛びのいた。
・・・だが、
もちろん戸惑ったのはメリーだけではない。
「い・・・一体何を・・・?」
義純達は当然、
伊藤やマーゴ達の行動を理解できない。
そんな事には構わず、
ライラックは距離が取れた隙に懐から拳銃を取り出した。
ガラハッドと義純で人形の足を止められれば、
頭部にさえ命中させる自信があった。
・・・もっともそれで人形を倒せるかどうかは全く自信がない。
だがやるのは今しかない。
そこへマーゴの制止がかかる。
「ライラックッ! 駄目ぇ!
攻撃をやめてーッ!」
(ば、馬鹿な!
さっきの女性達より強力な攻撃を繰り出しているのに・・・?)
義純はある程度、
伊藤との過去の人形との、不思議なやりとりの話しを聞いているので、
彼らの意味不明な行動に、
何らかの意図があるのかと解釈した。
「ライラック、ガラハッド!
警戒したまま様子を見よう・・・!」
「おいおい、お前まで・・・!?」
だが、
間違いなく人形の動きに変化が現われている。
今では、死神の鎌を構えたまま、
ゆらゆらとカラダをうすく揺らしているだけだ。
レッスルや伊藤はなおも声をはりあげている・・・。
そして、
麻衣は目をつぶって、
真っ白な空間にいるメリーに呼びかけていた・・・。
メリーさん・・・!