緒沢タケル編15 混沌たるカオス 奇妙な門番
「あー・・・、あなたは女神アグレイアさんの神官?
そんなにビクつかなくても大丈夫ですよ、
オレらは敵対する者以外に剣を向ける事はありません。
現に、デメテルさんやアテナさんとは友好的に迎えてもらいましたし・・・。」
タケルの言葉に、猫背の男は精一杯の笑顔を浮かべる・・・。
ぎこちなさは相変わらず取れないが・・・。
「あ、ああ、はい、私はこの神殿の神の奴隷です、
そ、そうですね、
アグレイア様もあなた方を歓待したいと仰ってます。
ど、どうぞ、この奥へお進みください、
私は役目でここを動くことは出来ないのですが、
アグレイア様の玉座へは、
この石段を登って、真っ直ぐお進みになれば迷うこともないかと・・・。」
そんなんでいいのか? と思いつつも、
タケルは指し示された神殿の入り口に足を運ぶ。
一方、違和感を感じているのはサルペドンも同様だが、
彼は別のことも気になっていた・・・。
サルペドンはその疑問を神の奴隷に向ける。
「もし?
すまんが一つ聞きたい・・・。
これだけの規模の神殿なのに、
そなた以外の人間の姿が見えないのはどういうわけか?」
その質問自体にも、猫背の男はビクついているようだ・・・。
言われてタケルも辺りを見回す。
町には普通に労働者や商人、子供たちの姿があった。
それだけに、神殿の周辺に人がいないというのがアンバランスだ。
まさか・・・待ち伏せ・・・。
そう考えるのが自然な気もする。
だが、マリアがその考えに否定的だ・・・。
「この方からは敵意も害意も感じません・・・。
単に怯えているだけ・・・。」
じゃあ、やっぱりオレ達スサを怖がっているのか?
猫背の男は慌てて否定する。
「あ、えっ! その、
神殿を守る兵隊は、あー、王都ピュロスに召集されましたっ!
で、他の者達はあなた方の歓待の用意でバタバタと・・・っ!」
ふーん・・・、
なるほど、それはそれで一理ある。
決戦が王都ピュロスになるのであれば、
周りの村や町から兵士を集めるのは自然だろう。
事によると、神殿の守備が疎かになっていることが原因で、
この猫背の男は怯えているのかもしれないし。
ある程度、人が見えない理由に納得したタケルたちは、そのまま神殿の石段を登り始めた。
クリシュナや酒田さんたち、ミィナもあらかた神殿の入り口の中に入り、
最後尾のサルペドンで終わり、
・・・という直前でサルペドンは足を動かすのを留まった。
再び一つの疑問が沸いたからだ。
「ついでにもう一つ聞きたいんだが・・・。」
猫背の男はまだ怯えている。
「は、はいっ!?」
「アグレイアの神殿に入る我らの武装解除は必要ないのか?
・・・全員、武器を携えたままだぞ?」
とはいえ、どうやら本当に待ち伏せなどの類の罠ではなさそうだ。
さもなければ武装解除やボディチェックを怠ることは考えづらい。
・・・それとも、単にこの猫背の男が無能なだけなのだろうか?
「ああああ、
そ、それは・・・その・・・。」
今頃思い出したって・・・。
猫背の男は、先を行ったタケルたちをすぐに呼び戻しそうな勢いだったが、
サルペドンすら意外なことに、直前でその行動を思い留まったようだ。
「あ、い、いえ、
そ、そのまま、お入り頂いて大丈夫です・・・。」
本当か?
アグレイアはそんな呑気な人間だったか?
だが、神殿の男が「必要ない」と言い切るなら、スサとしてもわざわざ武器を置いていくこともない。
宴でも用意されているなら、控え室にでも荷物と一緒に置いていけば良さそうだ。
サルペドンが用を済ませ、タケル達に追いつこうとすると、
今度は猫背の男がサルペドンを呼び止めた。
「あ、あの・・・。」
「ん? まだ、何か・・・?」
「もしかしてあなた様は、大地を治める・・・」
もう、サルペドンの正体はピュロスじゅうに広まっているのかもしれない。
「私か・・・、
いかにもかつてこの地にあったポセイドンだ・・・。」
すると、
初めてこの猫背の男の顔は明るくなったような印象を受ける。
「さ、さようでございますか!?
これはご無礼を・・・!!」
「気にすることはない、
私はもはや、この地で何の権力も持たない。
普通に客人として扱ってくれればいい。」
だが、男はさらにサルペドンを引き止める。
「あ、は、あの、・・・その・・・。」
「? まだ何かあるのか?
私としても、早く女神アグレイアに挨拶しておきたい気持ちがあるのだが。」
「ああ、すいません、
そ、そのアグレイア様ですが・・・。」
やはり様子がおかしい、
・・・女神アグレイアに何かあったのか?
「どうした?」
次の瞬間、サルペドンは異様な光景を目撃する。
「じ・・・実は、女神は・・・」
ブッ!
「!?」
突然、猫背の男の鼻から赤い鮮血が滴り落ちたっ!
それもドバドバとっ!
慌てて駆け寄るサルペドン。
「おい! どうしたっ!?」
「ハッ?
・・・ラ、らいじょーぶれすっ!
こ、これは、すぐに・・・っ!」
大丈夫と言いたいのだろうが、
その言葉に反し、そのまま猫背の男はへたりこんでしまった。
最初から具合でも悪かったのだろうか?
サルペドンは一度、先に神殿に入った者たちに聞こえるよう、
大声で怒鳴ってから、簡単に猫背の男を介抱した。
「頭を上げるな、呼吸はできるか?
そうそう、顎を上げて横になれ・・・。」
「な、なんと怖れ多い・・・、
わ、わらくしめに・・・。」
「いいから喋るな、
中に入って誰か呼んで来る。
それまで休んでいろ・・・。」
立ち上がるサルペドンは、後ろ髪を引かれる印象を持った。
・・・猫背の男が自分を見る目は・・・、
何かを訴えるような・・・
懇願するような・・・。
だが、すべきことは決まっている。
サルペドンもまた、先頭のタケルたちより少し遅れて、
このアグレイア神殿に足を踏み入れたのである。
これまでにない展開かな・・・?
次回、異様な光景は更に続きます。