緒沢タケル編15 混沌たるカオス アグレイア神殿へ
スサの一団がその町に辿り着いたのは、
まさしく正午を過ぎたころであった。
元来、町の防護というものを考慮していないらしく、
城壁や城門のようなものはない。
ただ、スサという侵入者を警戒しているためだろう、
即席に作られたと思われる柵のようなものが町の入り口に並んでいる。
何名かの兵士も配置されているようなので、
ここは一つ手順良く交渉を進めよう。
もう、ある程度この世界の言語になじんでいるクリシュナが、
緊張気味の兵士たちに声をかけた。
「・・・すでにお聞き及びとは思いますが、
我ら地上より参ったスサの一団、
この町を抜け、王都ピュロスへと参りたい。
もし叶うものであれば、この町の主、光の女神アグレイア様にもお目通り願いたいのですが・・・。」
すぐに一人の兵士が、その主への裁可を求めてこの場を後にした。
それまで、残されたメンバーたちは大人しく町の外で静かにしている。
ミィナはやることもないので、今も空を見上げている。
「やっぱり暗ぇよなぁ?」
そうなると、ミィナの挙動を不審に思ったタケルも声をかけずにいられない。
「どしたよ? ミィナ。」
ミィナは口を結んだまま指を空に向け、ちょいちょいと動かしてみる。
釣られたように視線を見上げるタケル。
「ほえ?」
「ほえじゃねーよ、
暗い気がしねーか?」
「ああ、そう言われてみれば・・・。」
その様子はサルペドンやマリアも気づいたようだ。
「確かに薄暗くなりましたね・・・、
サルペドン気づいてました?
って・・・そうか、
そのサングラスじゃわかりませんよね?」
・・・もう正体はバラしてしまっているので、サルペドンもサングラスを外すことに抵抗はない。
彼も、軽くサングラスをずらせて、裸眼で擬似太陽を覗く・・・。
「ふむぅ・・・、奇妙だな。
あまり聞いたことのない現象だ・・・。」
タケルはすぐに一つの疑問が沸く。
「あれって・・・確かヘリオスとか言うオリオン神群がコントロールしてるんだよな?」
すぐにサルペドンは顔を戻し、タケルの問いに答える。
「うむ、基本的にはそうだ。
太陽の神ヘリオスが、
自分が眠っているときですら、ある程度稼動できるように、
特殊な術を以って運行させている。
・・・そういえばだが、この町のアグレイアもその術に参加していた筈だな・・・。
何しろ彼女は光の女神だから・・・。」
そこまで喋ってサルペドンは口をつぐんだ。
自分の喋った言葉に違和感を感じ取ったのだ。
そして、その「引っ掛かり」は、マリアやタケルにも伝染する・・・。
その太陽の光が弱まっている?
それってつまり・・・?
すぐに一つの考えが彼らの脳裏に浮かぶ・・・。
それは術者であるヘリオスか・・・
この町の女神アグレイア自体に、何か不測の事態でも?
そうこうしているうちに、使いの兵が帰ってきた。
アグレイアは、スサの一団を宮殿に迎えるという。
すぐにこのまま、宮殿に立ち寄ってくれとのことだ。
擬似太陽の件は、杞憂だったのだろうか?
タケルたちはほっと胸を撫で下ろし、全員、町の中に入る。
ここでも町の人々は、警戒心と奇異の目を以ってタケルたちを迎えた。
何事もなく無事に過ぎることが出来ればいいが・・・。
さて、伝令に走っていた兵士の一人は、役目を終えたせいもあるのだろうが、
落ち着きのない態度で首をかしげている。
当然、町の入り口で待ち続けていた他の兵士は、彼の態度が気になり始める。
「おい、なんだ?
気持ちの悪い動きをするな。」
「あ? ああ、悪ぃ・・・、
ちょっと気になることがあって・・・。」
「気になること?」
「ん、ああ、アグレイア様の神殿で、
オレの伝令を取り次いだ『神の奴隷』の様子が変でさ、
ビクビクっていうか、そわそわっていうか・・・。」
「単純に、侵入者たちに怯えてるんじゃねーのか?
ハデス様がやられたばかりだろう?
まぁ実際に見ちまえば、そんな怯えるほど粗暴な奴らでもないようだったけどなぁ?」
「ああ、そうかぁ、そうかもしれねーなぁ・・・。」
入り口を守る兵士たちの胸中などわかる筈もなく、
二十数名のタケルたち一団は、
案内されたとおりに、町の大通りを進む。
ここでも多くの住人たちが、彼らを静かな目で見つめている。
やはりデメテルやヘファイストスのテメノスほど、友好的な視線ではない。
さすがに空気を読んだのか、ミィナですらいつもの大胆な振る舞いを抑えている。
せいぜい、あまり難しいことを考えなさそうな子供たちに向けて、
小刻みに手を振る程度だ。
あ、子供たち、はにかみながら物陰に隠れちゃった・・・。
ま、それはともかく、町の中央に位置するアグレイア神殿は一目でわかった。
イメージ上にあるギリシア建築とはまた様相を異にする。
日干し煉瓦で積み上げられた塔状の建造物・・・。
メソポタミアのジグラットを連想すれば良いだろうか?
神殿の入り口には簡素な堀が設けられて、
幅の広めな橋がしっかりと架けられている。
入り口は幾つかあるようだが、
石段を登った先の大きな正門の奥は、日の光が射さずに薄暗い・・・。
神殿の入り口を守るは・・・
ここでタケルたちは違和感を感じた・・・。
これだけ大きな神殿にあって、守備兵がいない。
いや、たった一人、猫背の男が入り口に控えていた。
「神の奴隷」とやらだろうか?
彼は遠目から見てもそわそわと、
落ち着きない態度を見せながら、タケルたちを出迎えた・・・。
「あ・・・ああっ、ち、地上の方々ですねっ、
アグレイア神殿によ、ようこそっ・・・。」
緊張しているのだろうか、
外見同様、落ち着きのない喋り方をしている。
それとも自分たちを恐れているのだろうか?
ここでタケルはサルペドンを頼らずに、自分から挨拶を切り出した。
・・・やはり、ハデスとの戦いの時に起きた不思議な体験が、
どちらかというと、これまで引っ込み思案だったタケルの精神や行動パターンに、
大きな変化を与えているようだ・・・。
次回、ちょっとした事件が。
いえ、大した出来事ではありませんよ。
まだ。