緒沢タケル編14 冥府の王ハデス 笑顔
歪む?
いや、これは溶け始めているのか?
霊体である美香のカラダが、剣が刺さった喉元を中心に溶け始め、
なんと天叢雲剣の剣身を伝って、タケルの腕に・・・胸元に流れ込んでいく・・・。
いつの間にかタケルの喉へも、美香の木刀が吸い込まれていく。
「こ・・・こんなことが・・・ 」
マリアでさえ、今まで見たことも聞いたこともない現象!
まるでこれは・・・。
「美香様の意識が・・・魂が・・・、
タケルさんに吸収? 同化してゆく?
二人が一つに・・・ 」
如何なる事態なのだろうか?
術者ハデスの干渉を無効化し、霊それ自体の意志の力に拠るものなのか?
死してなお、その神性を有していた美香の魂の力なのか?
それとも、被術者であるタケルの心の中の変化が、
「幻」だったかもしれない美香の姿を変質させたのだろうか?
・・・それとも・・・
「死の神」タナトスの術を使いこなしたように、
タケルの魂の奥底に眠る謎の存在・・・
或いはポセーダーオンとやらの力の一端だと言われれば・・・
いや、
今は、そんなことはどうでもいい。
この現象の続くシーンはさらに異なる様相を呈する。
美香の体がほとんど維持できなくなるころには、
再び、タケルの呼吸活動が可能になったのだ。
そして残すは・・・
美香の頭部が・・・。
「ゴホッ!
美・・・美香姉ぇ・・・っ!?
オ、オレはっ・・・!」
自分を責めないで・・・
あなたもきっと判るときが来る・・・
自分の命よりも大事なもの・・・
そして私は自分の望みを叶えたの・・・
美香の本心・・・、
それは偽らざるものだろう・・・。
あの時の満足そうな表情を忘れるものか・・・。
だがそれは美香の本心かもしれないが、
タケルは違う。
タケルが望んだのは、姉の幸せ・・・。
子供のころからあまりにも重過ぎる責任と重圧を背負わされ、
その青春を犠牲にさせてしまった美香へのせめてもの償い・・・。
彼女を全ての重圧から解放させることが自分の望みだったのに、
それも叶わずあんな目に・・・。
「でも姉ちゃん!!
オレにとって!!
オレが望んだものは・・・!」
そこから先の会話は不能だった・・・。
もう美香の顔はタケルに吸い込まれる寸前だ。
幻聴すら聞こえない。
美香はタケルの言葉に反論も否定もしない代わりに、
最後に、
とびきりの笑顔を見せたのだ・・・。
今まで一度も見たことがないような・・・、
いや、遠い昔、
無邪気に二人で遊んだころのような・・・。
「あ・・・あっ・・・
美香・・・ね ぇ 」
美香の姿が消えた・・・。
すべて・・・
彼女を構成していた全ての「因子」はタケルのカラダに吸い込まれたのだ。
そして、
タケル本人にしかわからない変化がもう一つ・・・。
カラダの底から込みあがる、マグマの胎動のようなエネルギー!
まるで二人分の力が絡み合ったかのような・・・!!
タケルはしばらく動けないままでいた。
自らに起きたカラダの変化・・・。
美香の「魂?」・・・
彼女の意識を構成する何かが、自分の中に入り込んでくるという感覚の意味、
それらを自分なりに解釈しようと、
どう消化を試みていいのかわからなかったのである。
だが・・・一つ確実なこと・・・。
美香姉ぇは自分と共にいる。
もう、その笑顔、あの声、
・・・それらを見聞きすることなどないのだろうが、
恐らくこれから自分が出会うであろう、様々な経験、出会い、
喜び、苦しみ・・・
それらはきっと自分ひとりで味わうものでなく、
いつも美香とともに乗り越えてゆくことになるのだ・・・。
今はそのことだけ、理解すれば十分・・・。
タケルの目が見開く!
その視線の先には、オリオン神群・死者の王ハデス!!
今、タケルに起こった不思議な現象を、誰よりも理解できない者がこの男だ。
傍から見てもその狼狽振りが良くわかる。
「・・・何故だ!?
何故、死者に自我がある!?
何故、お前は無事でいられるのだ!?
い、いったい・・・!?」
そんな問いにタケルが答える義務などない。
タケルはゆらり、ゆらりと近づいていく。
対照的に、ハデスの足は震えながら石段を後ずさろうとして、よろけてしまう。
バチィッ!!
天叢雲剣に再び雷電が甦るっ!
そう・・・タケルの精神エネルギーは、
今や回復するどころか、
今までよりも更に巨大なエネルギーが沸き立つかのようだ。
タケルと美香・・・二人の力の結晶・・・。
先程、ハデスが自ら吐露したとおり、
もうこの男に奥の手など残っていない。
本来ハデスの戦術は、
霊体攻撃で自我を崩壊させた者に、手持ちの槍を止めに突き食らわすという、
至極明快なものだった。
スサという多勢を前にした状況にあっては、
自らの姿を透明にして、
絶対的安全を確保してからの攻撃という手順である。
勿論、この状態にあっても自らの姿をくらませて、
何事か謀っても良いのだが・・・。
ハデスにも理解できている事が一つだけある。
これまで化け物並みの強さを見せ付けられてきたタケルに、
これ以上、迂闊な手など通じない。
後は・・・逃げるだけしか・・・!
一方、タケルの右足は一際大きな石の上を踏みしめ、
これまでの「借り」を一気に返すつもりだ。
「・・・ハデスっ!
いろいろとやってくれたよなぁっ!!」
次回、ハデス戦決着。
今回をもって、タケルはシスコン卒業となります。
なお、タケルの精神力が倍増したからと言って、
すぐにゼウスに敵うというわけではありません。
「まだまだ」勝てません。
そして一番混乱している者「ハデス」
その次に混乱している人「マリアさん」
その訳は次回に。